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お題

 投稿者:さくら  投稿日:2018年10月16日(火)09時06分41秒
  裸木の君は知らずや不可解なアレルギーとふ拒絶反応  

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2018年10月16日(火)07時55分34秒
編集済
  骨格のシンメトリーの崩れきて右肩さがりの上絃の月  

黒路さま

 投稿者:  投稿日:2018年10月16日(火)07時51分10秒
  真夜中の理科室の闇 骸骨の人体模型カタカタ鳴つて

前の歌で「コツコツ」はひらがなにした方がよいとご指摘がありましたが、上の歌の「カタカタ」もひらがなにした方がよいのでしょうか?

この類のオノマトペは全てひらがなにした方がよいのでしょうか?
 

人体

 投稿者:  投稿日:2018年10月16日(火)07時32分16秒
編集済
  プラナリア死んでしまつた もう二度と生えてはこないきみの感情

プラナリア再生しないこともある たとへば死んでしまつた心
 

人体 

 投稿者:  投稿日:2018年10月16日(火)07時30分55秒
編集済
  真夜中の理科室の闇 骸骨の人体模型カタカタ鳴つて

置き去りのビニール傘の骸骨が笑ふ傘立て きみ去りし部屋
 

ハリマオさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月15日(月)22時57分37秒
  今日もまた秋らしい涼しい気候の一日でしたね^^
今年の秋は涼しくてほんとに過ごしやすいのですが、その分食欲が増してまた太ってしまいそうなのが困ったところです(笑)
入院生活でせっかく少しだけ痩せたのになあ~~

さてさて、そんな秋の味覚も美味しいこの頃ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>夕暮れの驟雨に沈む街並みに赤信号が主張を続ける

うんうん、ハリマオさんのこの歌も、夕方の驟雨の街で出逢った赤信号に心を留めた魅力ある一首ですね。
赤信号の主張への感情移入なのか、あるいはその主張への抵抗なのか。
無機質な物を擬人化するのは日本人独自の感性だとも云われますが、光景を詠いながらそこに主張を見出すことで作者自身の姿が浮かび上がってくるところにいかにも現代短歌らしい魅力を感じます。

そうですね、そんな急に降り出した雨と赤信号の暗示するものを背景に感じて惹かれるものを感じますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
あるいは夕暮れの驟雨の街も、赤信号も、作者自身の心の映し鏡でもあるのかも。

ただまあ、結句については字余りになりますし、この歌の場合は助詞は省略しても問題ないよかも…

夕暮れの驟雨に沈む街並みに赤信号が主張つづける

うん、「つづける」をこんな感じでひらがな表記にすることで、助詞が消えた分の表記上の窮屈さも解消出来るように思いますので^^
でもほんと、街の情景や赤信号の停滞感から浮かび上がってくる作者の姿が見えてきて素敵な一首ですし、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>若楓葉先に膨らむ雨粒は翡翠の色に染まり落ち行く

こちらの歌も、若楓の葉先の雨粒を、翡翠の色と表した作者の感性が美しい初秋の一首ですね。
こう詠われることで、雨粒が翡翠であるようなイメージが重なって、言葉の力を巧く活かした歌のように感じます。

「翡翠(ひすい)」は、鳥のカワセミの意味もあるようですが、この場合はもちろん装身具としても用いられる石の翡翠ですよね。

そうですね、楓の葉の先の雨粒がまさにそんな翡翠になったかのような魅力も感じますし、この歌についてもほんとにこのままで素敵に仕上がっていると思いますよ。
雨粒を「膨らむ」と表現したのも技ありだと思います。

ただまあ、初句の体言の後に二句の字余りが続く「調べ(リズム)」は、この歌の場合はちょっと拙い甘さのようなものを感じてしまうので…

楓葉の先に膨らむ雨粒は翡翠の色に染まり落ち行く

うん、ここはこんな感じで初句を「楓葉【かえでば】の」としてみてもいいのかも^^
翡翠色の雨粒がメインのこの歌の内容だと、「若楓」である必然性はあまりないようにも思いますので。

個人的には落ち行く推移よりも落ちずに留まっている部分に魅力を感じるので、結句は「染まり留まる」のほうが良いようにも思いますが、ここはまあ、好みの違いの問題かな。

でもほんと、雨粒のような小さなものに心を寄せた作者の繊細さも素敵な一首ですし、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>傘を打つ雨の音を聞きながら今日一日に思いを馳せて

うんうん、こちらの歌も、先の二首に引き続いて秋の雨の一首ですが、傘を打つ雨の音を聞きながら今日一日に思いを馳せる作者の姿が目に浮かんでくるようで素敵ですね。

先の二首とおなじ日の歌だとするなら、赤信号の無機質さから楓の葉の先の雨粒を通して、傘を打つ雨の音へと移り変わってゆく情景が、作者の心をそのまま写しているようでもあり、興味を引き立てられます。

そうですね、そんな一日の終わりに雨の音を聞きながら沈思する魅力も感じますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

ただまあ、あえて言うのならやはり二句目の字足らずの「調べ(リズム)」のつまづきですが…

傘を打つ雨の音色を聞きながら今日一日に思いを馳せる

うん、ここはたとえばこんな感じで「音色」としてみても美しさが出ていいかも知れませんね^^
あるいはハリマオさんのイメージではもっと冷たい音だったのかも知れませんが、歌としては冷たい雨の中にも世界にも救いが欲しいように思いますので。

あと、昨日の結句の話でも書きましたが、この歌の場合の「て」止めは余韻よりもちょっと甘さのほうが強調されてしまうように思うので、「馳せる」で締めたほうが僕はいいかと。

でもほんと、ハリマオさんの中にあるセンチメンタルな部分も表出した秋の季節らしい魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、今週はまたさらに気温の下がる日があるそうですので、ハリマオさんも体調管理にはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

身体

 投稿者:夕夏  投稿日:2018年10月15日(月)22時42分20秒
  けんこうしんだんであびるほうしゃせんはっせいはっけんできることも
にゅうがんはいがんいがんすいぞうがんほうしゃせんうけはっしょうみつけ
しごとなるとうけいがくはとうでんのようになんとかならぬかとなり
 

人体

 投稿者:夕夏  投稿日:2018年10月15日(月)00時21分21秒
  生まれ付き股関節膝や足首間接的に九秒ならず
骨格が短距離走に無駄のない走りを生むと誰も言わない
機械器具作る為だけ活用のしごとなりし人間工学
 

★お題は『人体』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月15日(月)00時00分16秒
  ★今回のお題は『人体』、期限は十月二十一日(日)です★

「心臓」「胃痛」など、人体という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
(血管や筋肉などでも、もちろんOKです)。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞ、ご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m
 

ハリマオさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月14日(日)22時31分52秒
  たしかに短歌は、結句をどう着地させるか、あるいは着地させないかによって一首の印象が大きく変わってきますよね^^
僕も人に教えられるほどの知識などないのですが、かつて短歌誌などで読んだうろ覚えの記憶では…

たとえば、体言止めで終える結句は力強さやインパクトが出る反面、歌に安易にまとめに入ったような拙さや単調さが出てしまうことがある。
また、結句の「て」止めは、効果的に使えば余韻をもたらすことが出来ますが、安易な使用や多用(とくに口語調短歌などで)は歌が甘くなりすぎたり軽くなりすぎたりする。

結句の基本は終止形ですが、場合によっては(短歌の場合は特に)連体止めや連用止めを用いたりすることで余韻が生まれることもある。

など、おなじ言葉や表現の使用でも場合によって結果が変わってくるので一概には言えないように思います。
ですので、やはりその時々にあった工夫が必要と云うことでしょうね。

ちなみに、僕は結句の言い差し(「て止め」など)の表現をあまり好まなかったのですが、最近は結句に言い差しの表現をあえて使うことで自分の歌に広がりが出ないかを試してみたりもしています。
好みでない食べ物をあえて食べてみるみたいな感じですね(笑)


あと、少し話が変わってしまいますが、先日奈良市であった現代歌人集会春季大会でのパネルディスカッションで、アララギの歌人が愛した結句の「見ゆ」という表現について、(結句までの四句を写実で表現して)外の情景を写しながら最後を「見ゆ」で締めることで写実が自分に回収されてゆく巧い使い方であるというようなことが語られていて、なるほどなあ~と思いました。

写実の歌の最後を巧く「見ゆ」で締めることによって、写実の歌の中に作者自身の存在が立ち上がってくるということですね。

まあ、僕自身が歌にまだまだ迷ってるような状態なので、どれもハリマオさんの直接的な参考にならない話かも知れませんが、これもひとつの参考までにと云うことで^^

ではでは、また他のみなさんの歌にも時間を見つけて感想書かせてもらいますね~~♪
 

添削への御礼

 投稿者:夕夏  投稿日:2018年10月14日(日)17時52分4秒
  タニシの歌への添削と漢字の使い方への感想ありがとうございます。漢字の連続部分は動詞や形容詞的なものは送り仮名てき平仮名で記すつもりでいたのですが、前後の文字が気になって早耕されと熟語でも無いのに漢字を続けてしまいました。タニシは、その田んぼだけに居てまわりの田には居ません。所有者の方も不思議がっていて、無農薬栽培でもないとのことでした。黒路さんの地域よりも、千葉県は、海に囲まれて温かいのと台風の時期の関係で稲刈りが早いのかも知れません。歌は添削どおりでお願いします。急に寒さが増して来ましたので黒路さんも体調にお気を付けください。この掲示版にご投稿されている皆様も体調にご注意ください。
 

黒路様

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2018年10月14日(日)11時06分47秒
   私の歌の添削、ありあとうございました。人形、といえばイプセンを思い出したのですが
一時は、あの劇は女性の抵抗の象徴のようにいいわれたようですが、今ではすっかり影をひそめた感があります。それは女性の地位が向上した、ということなのかどうかはわかりませんが。

 ところで、いつも悩むのは、結句の押さえ方です。この掲示板でも、ほかの短歌雑誌でも他の方の歌を読んで、結句で「うーん、おしい!」と思う歌がいくつもあります。

 そこでさらに伺いたいのですが、結句について、基本的にどんな注意が必要かおしえていただけませんか?
 

黒路さま

 投稿者:  投稿日:2018年10月14日(日)00時39分51秒
  散文的短歌というのは、構文に捻りがない、語順入れ替えをしていない普通の文章のような短歌のことをいうのかと思いましたが、七五調のリズムなどを意識して詠まれていれば、それは散文ではなく韻文ですよね。韻文の縛りなどを外して意図的に詠まれた作品が自由律短歌、自由律俳句だと理解しました。お忙しい中、返信をありがとうございました。  

楓さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月13日(土)23時08分42秒
  ご質問の「散文的短歌」ですが、そう表現された状況によって意味はちょっと変わってくると思います。
良い意味での表現なら自由律短歌に近い感じで使われた言葉かな。

ただまあ、一般的に「散文的な歌」というと、あまり良い意味ではなく味気のない、趣のない、「意味」もしくは「調べ(リズム)」の単調な歌などを指す場合がほとんどかと^^;
ですので、散文的な短歌の例は出しにくいですね。
著名な歌人の方の歌では当然見あたりませんし。

僕もどれだけ理解してるかと言われればまったく自信はないですが一応…

短歌は基本的に五七五七七の韻文(韻律)詩なので、本来は「調べ(リズム)」の面で散文的になることはほとんどありません。
ただ、口語調短歌が増えてくるにつれて、意味がだらだらと続いた一首の意味や「調べ(リズム)」に単調さのある歌などが見られるようになって「散文的」と批評される歌も出てきたように思います。

俵万智さん的なライトヴァースやニューウェーブを真似て(失敗して)、〈話し言葉そのものになってしまった歌〉といえば分かりやすいかな?

主に口語調短歌で詩情や技巧がほとんど見あたらないような感じの歌…
会話部分などが冗長すぎる歌。
少し前に話題にした〈歌ことば的〉な表現のない歌。

そんなものだと思っていただければいいかと。

逆に、「散文的」にならないために、たとえば口語短歌でも句またがりの「調べ(リズム)」で定型に納めたり、「っ」などの促音を活きる形で用いたりなどの工夫があるのかと。

愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う  俵万智

俵万智さんの作品なども時に散文的と言われることもあるようですが、それでもこの歌などの句またがりの「調べ(リズム)」や、「言って」の促音の心地よさ。
「いいの」「言って」「ないの」の「い(I)」音の響き。
「いいのと」、「ないのと」の響き。

これらの工夫で散文的であることを巧く回避していますよね^^
意味的に見ても、一見、喋り言葉に見える口語調でありながらこの歌の内容をそのまま喋るなんてことはない面白味のある内容になっていますし。

まあ、説明している僕自身が完全には理解していない部分もあるので分かりにくい説明になってしまったかも知れませんが、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)
 

夕夏さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月13日(土)22時45分39秒
  いや~~、今日も少し肌寒い一日でしたが、みなさんも風邪など引かれてないでしょうか^^
この週末は稲刈りを行う農家さんも多いようで、わが家の回りでも稲刈り機の音があちこちから聞こえてきます。

さてさて、そんな稲刈りシーズンまっさかりの秋の週末ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも感想など書かせてもらいますね。

>機械化で早耕さる苅田あと何故かタニシはここだけに居り

うんうん、夕夏さんのこの歌も、機械で耕される田圃と、そこに居るタニシの情景を詠って素敵な雰囲気の一首ですよね。

最近は大きなタニシのように見える外来種のジャンボタニシばかりが繁殖してますが、この歌の場合のタニシは日本古来から居る小型のタニシのことなのでしょう。

「早耕」は辞書を見ても出てこなかったのですが、これは「そうこう」と読むのかな?
「さる」とあるのであるいは「早耕(はやたがや)さる」なのかも知れませんが。
「耕す」は初夏の田植えの準備のイメージが強いですが、秋の吟行歌ですし地域によっては稲刈りをしたと同時に何らかの理由で耕されることもあるのかな。
ちょっとそのあたりの事情がよく分からないのですが…

そうですね、でもそんな耕された苅田の跡に居るタニシに目を留めた長閑な雰囲気が何とも言えず魅力の一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていと思いますよ。

ただまあ、「耕さる」は苅田に続けるなら「耕さるる」(あるいは過去形で「耕されし」)と連体形にしなければいけないですし、耕された苅田あとと言うのもやはりちょっと意味が分かりにくいので…

機械化で早苅りされし苅田あと何故かタニシは此処だけに居り

うん、ここはたとえばこんな感じで「早苅りされし」とかにしたほうが意味がすっきりすりようにも思いますけど^^
あと、「ここ」は「此処」と漢字表記してもこの歌の場合は引き締まっていいかも。
「苅田」と「苅」が重なってしまいますが、この場合なら「調べ(リズム)」も繰り返しの心地よさとして感じられるようにも思いますので。

でもまあ、僕はこの歌の情景を見ていないので詳しいことは分かりませんし、あるいは「早耕」のほうが正しく感じられる実際の情景かも知れませんので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>自転車で谷津田の道を走り見る他には居らぬタニシの不思議

こちらの歌も先の歌とおなじくタニシを詠って面白い魅力の一首ですよね。
「谷津田(やつだ)」は、関東地方の台地と平野の境目にたくさんある田圃で、小さな谷間につくられた細長い田だそうですね。
夕夏さんのお住まいからも近いのかな。

そうですね、そんな谷津田の固有名も活きていますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
自転車に乗って長閑な谷津田を走り行く作者の視点を、読者として追体験できるような魅力も感じます。

ただまあ、先の歌との連作で読むなら問題ないのですが、この歌一首だとちょっと「他には居らぬ」が浮いてしまうようにも感じるので…

自転車で谷津田の道を走りゆく此処にだけ居るタニシの不思議

うん、ここはたとえば同じ意味で逆に「此処にだけ居る」としてもいいかも知れませんね^^
こうすることでちょっと説明っぽかった二句目の「走り見る」も、「走りゆく」と自然な感じにすることが出来ますし、おなじような表現を用いて先の歌との連作としての関連性も強調されるように思いますので。

でもほんと、長閑な谷津田の秋の情景が目に浮かんでくる素敵な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、夜になってますます気温も下がってきましたが、夕夏さんも風邪など引かないように温かくしてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

質問 黒路さまへ

 投稿者:  投稿日:2018年10月13日(土)14時01分27秒
  散文的短歌というのはどういう短歌のことですか? 俳句にも散文的な俳句というのがあるよう

ですが、韻文との違いがわかりません。散文的短歌の作例があったら教えてください。
 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2018年10月13日(土)11時08分42秒
編集済
  身をしずめあふれでる湯の恍惚に何ぞいまさら半身の浴

心臓の締めつけられる発作すらそぞろ待ち侘ぶ秋の夜かな
 

黒路さんへ

 投稿者:祐一  投稿日:2018年10月13日(土)07時50分13秒
  私の短歌の添削ありがとうございました。確かに説明っぽいですね。ひとり歩けばですか、そういうふうにしたほうが、いいですね。添削どうも有難うございました。  

祐一さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月12日(金)22時33分28秒
  いや~~、今日は涼しいを通り越して寒いぐらいの一日でしたね^^
僕もちょっと夕方に公園をリハビリ散歩してきたら、もう木々の紅葉もかなり進んでいてすっかり秋も深まったといった感じでした。

さてさて、そんな肌寒い一日の終わりに、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>線路脇誰も見ぬのにコスモスの花はただただ美しく咲き

うんうん、祐一さんのこの歌も、人知れず咲く線路脇のコスモスを詠って秋らしい美しさの一首ですよね。
初句切れの「調べ(リズム)」からコスモスの描写へと移行して言い差しで終わる余韻が心地よいです。

そうですね、そんな線路脇のコスモスの美しさに励まされているかのような作者の心情も見えてきますし、この歌についてもほんとにこのままで充分魅力ある一首に仕上がっていると思いますよ。
自然の植物の中にも自分自身の境遇に似た共感を見つけだす人間の、愛しさのようなものも感じます。

ただまあ、「誰も見ぬのに」はちょっと説明っぽく感じますし、あえて言わなくても「線路脇」の雰囲気と下の句の表現だけで充分それを想像させられるようにも思うので…

線路脇ひとり歩けばコスモスの花はただただ美しく咲き

うん、ここはたとえばこんな感じで作者の側の孤独感のほうをもう少しはっきりと表現してみるのもひとつの手なのかも^^
こうすることで、作者の孤独感と人知れず美しく咲くコスモスが相互に重なって、この歌への感情移入がよりいっそうスムーズに機能するようにも思いますので。

でもほんと、気取らずあるがままを詠って人生の愛しさを感じさせてくれる祐一さんらしい素敵な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、ほんとに今日はよく冷えますが、祐一さんも風邪など引かないように温かくしてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

楓さん、ありがとうございます(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月11日(木)00時09分40秒
  楓さん、ご指摘ありがとうございます^^
沙羅さんの歌の「閉じる」はたしかに旧かなだと「閉ぢる」ですね。
僕もうっかりしていて気づきませんでした(汗。。
「閉じる」の部分に閉まり(締まり)きらないものを感じたのはそのあたりにも原因があったのかも…

ではでは、また時間を見つけて他のみなさんの歌にも感想など書かせてもらいますね~~
今夜はこの辺で♪
 

黒路さん

 投稿者:沙羅  投稿日:2018年10月10日(水)19時26分3秒
  ありがとうございました。

>真夜中に雛のささやき漏れぬやう座敷の襖ぴつたりと閉づ

確かにこちらの方が最後が締まりますね。
 

沙羅さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 9日(火)21時56分34秒
  いや~~、今日も日中は少し暑いぐらいの日差しでしたが、夜になって過ごしやすい気温になってきましたね^^
丸めたまま吊るしてあるわが家の簾も、そろそろ外さないといけませんね(笑)

さてさて、そんな秋の一日の終わりに、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね

>真夜中に雛のささやき漏れぬやう座敷の襖ぴつたり閉じる

うんうん、沙羅さんのこの歌も、雛人形を擬人化して詠ったほんとに素敵な一首ですよね。
雛人形たちがおしゃべりをするという発想も、女の子の成長を祝う桃の節句らしくて面白いですよ。
雛人形が数人集まればやはりおしゃべりですよね(笑)
ほんと、三月三日生まれの沙羅さんらしい素敵な発想の一首に仕上がっているように思います。

そうですね、そんな雛人形たちのささやき声が実際に聞こえてくるような気がして楽しい一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に詠めていると思いますよ。
雛人形たちのささやきの内容はやはり恋バナかな。

ただまあ、あえて言うのならせっかく「ぴつたり」閉じたのに口語調で「閉じる」だとちょっとぴったり感が緩んでしまうようにも思うので…

真夜中に雛のささやき漏れぬやう座敷の襖ぴつたりと閉づ

うん、ここはこんな感じで最後だけは文語の「閉づ」で閉めたほうが一首としても引き締まって良いようにも思いますけど^^
こうすることで、外と内の空間が完全に隔離されて、内の空間に非現実的な世界を演出する力も増すように思いますので。

でもほんと、雛飾りを通して不思議で楽しい世界を演出した沙羅さんらしい魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、少しずつ秋も深まってきてますが、沙羅さんも油断して風邪など引かないように気をつけてくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2018年10月 9日(火)05時39分43秒
  ときめきの心の在り処蔵の中悩む脳味噌頭をかかえ
太っ腹肝の据わった拠り所月満ちる時生まれ来たるや
十六夜の月を見つめて時は満ちたと腹を括って出陣し
 

お題

 投稿者:祐一  投稿日:2018年10月 8日(月)09時15分56秒
  何故なんだ考えながら腹へれば意地がとけてく知恵がでてくる  

みなさん、おはようございます(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 8日(月)07時57分35秒
  楓さん、ご指摘ありがとうございます^^
お題の期限、間違えてました。
すでに修正しましたが、ご指摘の通り十月二十一日(日)までですので、またどうよろしくお願いしますね。

ではでは、連休最後の祝日、楓さんも、祐一さんも、他のみなさんも、どうぞよい一日になりますように♪
 

お題

 投稿者:祐一  投稿日:2018年10月 8日(月)04時12分29秒
  夏の朝心地よき事限りなしひんやりとして頭もすっきり  

★前回の投稿作品★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 8日(月)00時01分12秒
  前回のお題『秋の吟行歌』に、みなさまから投稿していただいた作品です。
Yahoo!トピック終了にともない、これからはこちらで投稿作品の発表をさせていただきますね。

★前回の投稿作品★
お題『秋の吟行歌』(敬称略)

夕夏

機械化で早耕さる苅田あと何故かタニシはここだけに居り

自転車で谷津田の道を走り見る他には居らぬタニシの不思議

冬桜ぼつりぽつりと咲きにけり秋雨の中こぶりの花が

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ハリマオ

夕暮れの驟雨に沈む街並みに赤信号が主張を続ける

若楓葉先に膨らむ雨粒は翡翠の色に染まり落ち行く

傘を打つ雨の音を聞きながら今日一日に思いを馳せて

柚子レモンの鉢を倒して過ぎ去りぬ嵐のあとの空気粘れる

夜更けて酒場出(いず)れば風涼し本郷菊坂一葉暮らせし

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さくら

いづくにか金木犀のかほりするふかきみどりの真ひるの庭園(にわ)に

このみちは萩の小道ぞうす紅の花をちらしてしじみ蝶舞う

風雨ごうごうと闇を裂きあかときを黄金にそめて台風去りぬ

あめかぜに地を這おうとも首もたげ共に空みる吾亦紅(われもこう)かな

ふく風になびくすすきの葉擦れには過ぎゆく秋を惜しむ音する

-------------------------------------
沙羅

許されてコスモスは咲く真四角の休耕田にひしめきながら

-------------------------------------
祐一

線路脇誰も見ぬのにコスモスの花はただただ美しく咲き

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(以下、五首連作)
色褪せた写真のやうな初秋の街 白つぽい空にクレーン   初秋(はつあき)

時雨月 湿つた街の巻貝にじつとしてゐる 灰色の空

夏と冬の間の海を船は行く モノクロームに街は沈んで

モノクロの世界あふれて時雨降る、また時雨降る湿つた街に

緑の葉枝ごと落とし台風は去つた きらめく真夏の陽射し

-------------------------------------
かくさん

崩落の厚真の山に照り映えて色づく柿のさみしかりけり

-------------------------------------
 

★お題は『人体』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 8日(月)00時00分5秒
編集済
  ★今回のお題は『人体』、期限は十月二十一日(日)です★

「心臓」「胃痛」など、人体という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
(血管や筋肉などでも、もちろんOKです)。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m

PS.今回もお題、二巡目です(^・^)
 

ハリマオさん、こんにちは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 7日(日)15時19分26秒
  台風の影響なのか、昨日今日と少し気温が高い日が続きますね^^
僕も今日は仕事が休みなので、イオンモールで涼みながら時折リハビリのウォーキングをしたりしています。

そんなモールでウォーキングの合間ですが、また今日もこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>原宿を目映く行き交う君らにはイプセンなどは興味もなかろう

うんうん、ハリマオさんのこの歌も、原宿を行く目映い若者たちと、そんな若者たちを眺めながらイプセンに思いを馳せて歌を詠む自身との対比を詠って素敵な魅力の一首ですよね。

「イプセン」はノルウェーの劇作家ヘンリック・イプセンのことでしょうか。
代表作のひとつにお題の、戯曲「人形劇」があるそうですね。

そうですね、そんな劇作家と原宿を行く若者たちとの距離感を詠うことで、本来結びつかないふたつのものの間に関連を生み出した魅力も感じますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
相反したふたつのものが結びつく瞬間の二物衝突が生み出す魅力。

そして明確には登場しない作者の姿もそこに感じさせる構成にも惹かれるものを感じます。

ただまあ、あえて言うのなら「興味もなかろう」と言ってしまうとちょっと作者の意図に反して批判的な意味合いにも取れてしまうので…

原宿を目映く行き交う君らにはイプセンなどに興味も持たず

うん、ここはたとえばこんな感じで現代短歌的な表現の〈捻り〉を入れてみてもいいのかも知れませんね^^
文法的には上の句と下の句を倒置して最後(三句)を言い差しにしたような感じで…
こうすることで、作者の意図を匂わせつつ、言葉の迷路に迷い込んだような面白味も歌に加味できるようにも思いますので。

でもほんと、原宿の若者たちと、ノルウェーの劇作家が結びつくことで意外性のある化学変化を起こした素敵な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、この連休は少し気温の高い日が続きそうですが、ハリマオさんも体調管理に気をつけて楽しい休日をお過ごしくださいね~~♪
 

かくさんさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 6日(土)22時36分29秒
編集済
  いや~~、こちらではこの三十分ほどで急激に風が吹き始めて、そしてまた急に静かになりました^^
たぶん台風の影響だと思いますが、やはり油断は禁物ですね(汗。。

さてさて、かくさんさんは初めてのご参加ですので、僕のほうからも先に拙い感想など書かせてもらいますね。

>崩落の厚真の山に照り映えて色づく柿のさみしかりけり

うんうん、かくさんさんのこの歌、北海道地震で被害のあった厚真の情景を、色づく柿を通して詠った美しくも切ない一首ですね。
かくさんさんは実際に厚真方面の方なのかな。
あるいは、柿の成っている情景から想像を広げて、被災地への応援歌として詠まれた歌なのかも知れませんね。
北海道では先日もまた大きな余震があったようですし、ほんとに被災者の方たちが一日も早くもとの生活に戻れるように祈りたいものです。

そうですね、そんな被災地の地名を詠み込むことで復興を祈る呪術的な願いも感じられますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵な一首に仕上がっていると思いますよ。

色づいた柿の美しさを詠えば詠うほど、崩落した山や街の光景の悲惨さが読み手に想像されるようなそんな印象も受けます。
地震の傷跡と、陽に照らされた柿の美しさと…
そのどちらもが自然の作り出した光景であり、人間の無力さを感じさせられてほんとに寂しくなりますね。

うん、ひらがな表記で微妙な心情を表した結句も言い過ぎないで素敵ですし、光景の中に復興への祈りが込められたほんとに素敵な一首に仕上がっていると思います!

ではでは、かくさんさんも、台風の進路にはくれぐれも気をつけてよい連休をお過ごしくださいね~~
これからもまたどうぞよろしくお願いしますね。
今夜はこの辺で♪
 

かくさんさん、はじめまして~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 6日(土)21時49分55秒
  かくさんさん(かくさんとお呼びしたほうがいいのかな?)、ようこそです^^
この掲示板の管理人の黒路(くろみち)といいます。
どうぞよろしくお願いしますね。
素敵な歌の投稿、ありがとうございます!

えっと、かくさんさんはこちらの題詠掲示板のことをよくご理解してくださってるようなので細かな説明は省かせてもらいますが、一応、利用規約のほうだけは軽く目を通しておいてくださいね。

『題詠』短歌掲示板:利用規約
http://tanka.ikaduchi.com/contents04.html

こちらの題詠掲示板では参加者同士で自由に投稿歌を批評したり添削したりしてもよいことにしていますので、その点だけどうぞご理解のほどをよろしくお願いします。
すでにご存じかと思いますが、添削(てんさく)というのは他の人の歌を「ここはこうしたほうがいいのでは?」といった感じで手直しなどをすることです。
まあ、ここでの批評や添削はあまり真剣に受け止めすぎないで、かくさんさんがいつかその歌をご自身で推敲されるときの参考程度に気軽に受け止めてくださってけっこうですので(笑)

ではでは、またかくさんさんの歌にも後ほど僕のほうからも感想など書かせてもらいますね。
これからも、どうぞよろしくお願いします♪
 

青芽さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 6日(土)21時45分31秒
  三連休の初日ですが、こちらでは台風も逸れてくれてひさしぶりに汗ばむぐらいの気候になってます^^
ただ、台風はこれから東北、北海道方面に向かうそうなので、進路に当たる方面の方たちはくれぐれもお気をつけくださいね。

さてさて、そんな連休初日の夜ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>仲見世で人形焼きを買いてくる肌寒き夕独りの部屋へ

うんうん、青芽さんのこの歌も、地域色のある人形焼きを詠って作者の孤独感をも表したほんとに美しい表現の一首ですよね。
「仲見世」はお寺の境内などにある商店街のことですね。
人形焼きは僕もたまに東京方面の親類からお土産で戴いたりしますが、人の形のカステラ生地にあんこがいっぱい詰まっていて美味しいですよね(想像しただけで食べたくなって来ました・笑)

そうですね、そんな少し肌寒い日にはとくに甘いものが食べたくなる心情がよく現れていて、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
青芽さんのこの歌にも「独り」が上手く活かされていますが、歌人というのはやはりどこかで孤独を感じて生きているものなのかも知れませんね。

ただまあ、「部屋へ」と助詞をつけてしまうと説明っぽさが強調され過ぎてしまうように感じますし、「夕」は詩情を出して「夕べ」としたいところなので…

仲見世で人形焼きを買いてくる独りの夕べ肌寒き部屋

うん、ここはたとえば四句と結句の語を入れ替えてこんな感じでまとめてみてもいいかも知れませんね^^
上の句がある意味状況の説明なので、下の句を体言止めで繰り返すことでほど良い変化を歌に与えられるようにも思いますので。

でもほんと、仲見世や人形焼きの賑わいのイメージから詠み手の孤独な部屋へ、精神へと移行して行く視点の変化の魅力な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、台風の進路に気をつけて、青芽さんもどうぞよい連休をお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

無題

 投稿者:かくさんメール  投稿日:2018年10月 6日(土)17時31分33秒
  崩落の厚真の山に照り映えて色づく柿のさみしかりけり  

秋の吟行歌 五首連作(旧仮名)

 投稿者:  投稿日:2018年10月 6日(土)03時19分4秒
編集済
  色褪せた写真のやうな初秋の街 白つぽい空にクレーン   初秋(はつあき)

時雨月 湿つた街の巻貝にじつとしてゐる 灰色の空

夏と冬の間の海を船は行く モノクロームに街は沈んで

モノクロの世界あふれて時雨降る、また時雨降る湿つた街に

緑の葉枝ごと落とし台風は去つた きらめく真夏の陽射し
 

黒路さま

 投稿者:さくら  投稿日:2018年10月 5日(金)10時03分15秒
  ごていねいな添削ありがとうございます。

私も、夕夏さんと同じ、まさに目から鱗でございます。

妹は一歳の誕生日を迎えることなく亡くなりましたので、もう何十年も前のことです。
ところが昨年 兄の納骨の際に、その忘れていた人形が土の中から出て、ほんとに声も出ないほどの驚きました。職人さんが抱き上げた時に青い目を開けたんですから。
今のリカちゃん人形にそっくりで、衣装も顔もそのままでした。でも、この話はこの辺で止めますね。^ー^
目は青でなく「碧い」がいいですね、訂正いたします。

あなたも一人私も一人 → あなたも独り私も独り

私も「独り」にしたかったのですが、繰り返しになると強過ぎるかなと、思ってしまいいました。遠慮し過ぎでしたね、ほんとに孤独なんですから~(^_-)

発露の大切さ、難しさ身に沁みました。
これからもどうぞよろしくご指導くださいませ。
 

さくらさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 4日(木)23時11分24秒
  いや~~、猛暑の反動か今年の秋はほんとに涼しくて過ごしやすいですね^^
またまた台風も近づいていますが、今回はなんとか列島直撃は避けられる感じかな。
とはいえ、みなさんも、どうぞこの週末は油断せずに気をつけてお過ごしください。

さてさて、そんな秋の一日の終わりに、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>妹のかたえに埋めし人形は墓の手入れに青い目を開(あ)く

うんうん、さくらさんのこの歌も、妹さんのお墓に一緒に埋めた人形との何年ぶりかの邂逅を詠って不思議な魅力の一首ですよね。
墓の手入れという土の手応えのようなものが歌に〈リアル〉を与えてくれているようにも感じます。

人形を一緒に埋めたと云うことは、妹さんは幼くして亡くなられたのかな?
まあ、短歌なので必ずしも事実とは限りませんが、それでも歌の言葉を剥がしていった先にある〈真実〉のようなものも感じられて美しい歌のようにも感じます。

でも、実際に直面したらちょっとこれは怖いですね^^;
一応、最初から目を開けている人形だと解釈しましたが、瞼が動く人形とかだったら僕なら「ひやっ!」っと声を上げてしまうかも(いや、気が小さいので・笑)。

そうですね、そんなちょっと怖い感じと、それでいて妹さんに逢えたような喜びに似た複雑な心境も想像できて惹かれる一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

まあ、強いて云うのなら「青い」は表記にこだわって「碧い」とかでもいいかとも思いますけど…

妹のかたえに埋めし人形は墓の手入れに碧い目を開(あ)く

うん、こんな感じで^^
あまりに難解すぎる歌は読み手を遠ざけてしまいますが、一カ所ぐらい難しい表現などがあったほうが興味を惹く要素になりますので。
(ちょっとぐらい謎のある人間のほうが魅力的に見えるのとおなじで・笑)

でもほんと、人形を通して妹さんの存在やその人生にまで想像を広げさせる魅力ある一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで。



>人形に見つめられおる心地してあなたも一人私も一人

こちらの歌は先の歌との連作的な一首ですね。
連作でありながら別の歌として読んでも充分に通じる構成がなされていて、こちらも独自に素敵な一首に仕上がっていると思いますよ。
たしかに人形を見ていると、向こうもこちらを見ているような気がしてきますよね。

そうですね、そんな人形の視線に自身に共通する孤独を感じ取った主体の寂しげな心中へと収束して行く結末が素敵ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分魅力ある一首に仕上がっていると思います。
人形の瞳の中の孤独を見つめるとき、人形もまた主体の心の孤独を見つめているのかも。

ただまあ、この歌の場合の「一人」は、みなみさんの歌でも使ったように「独り」としたほうが歌がさらに活きてくるかも知れませんね。

人形に見つめられおる心地してあなたも独りわたしも独り

うん、こんな感じで孤独感が際立つように思いますので^^
二度目の「独り」は平仮名表記でもいいかも知れませんが、この歌の場合は孤独感を際立たせる為に、「独り」の漢字繰り返しのほうが効果があるようにも思います。
あと、「あなた」が平仮名表記なので「わたし」も平仮名でもいいかも。

でもほんと、人形と孤独感を共有することで作者の人格が立ち上がってくるような魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、深夜になってまた一段と気温が下がってきましたが、さくらさんも風邪など引かないように暖かくしてお休みしてくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2018年10月 4日(木)20時34分46秒
  あめかぜに地を這おうとも首もたげ共に空みる吾亦紅(われもこう)かな

ふく風になびくすすきの葉擦れには過ぎゆく秋を惜しむ音する

 

黒路さま

 投稿者:  投稿日:2018年10月 3日(水)17時29分51秒
  そうなんですか、私はいままで短歌も俳句も結社の句誌などに投稿したことがありませんでした。人の作品の影響は受けたくないのと、入りたい結社は予算が合わなくて。好きな俳人の方に選句をいただけるというので俳句の会に参加しました。選句だけかと思ったら思いもかけず添削をいただいて感激しました。  

目から鱗が落ちるような添削有難うございます。

 投稿者:夕夏  投稿日:2018年10月 2日(火)23時49分41秒
  わかり易い説明のコメントと添削ありがとうございます。言葉を選ぶ大切さは、短歌では、説明的な適切さより読み手に幅を持たせることも大切なのですね。語順の入れ替えや言葉の選択ももっと気を付ける様にしたいと思います。藁人形とネットの歌は、黒路さんの添削どおりでおねがいします。  

楓さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 2日(火)21時36分23秒
  そうですか、楓さんは俳句の結社に入られたのですね^^
短歌でも結社によっては指導者の方に添削された作品が掲載されることがありますよ。
それが良いことなのかどうかは判断が分かれそうですが、選歌された俳句や添削された箇所から学べることは多いように思います。
俳句で学んだこともそのまま短歌に活かせるかと思いますので、ぜひ結社のほうの勉強にも励んでみてください。

ではでは、また少しずつでもみなさんの歌にも感想など書かせてもらいますね~~
今夜もこの辺で♪
 

夕夏さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 2日(火)21時29分55秒
  いや~~、こちらでは今回の台風は大した被害は出なかったのですが、他の地域ではまた酷い影響が出たようですね^^;
みなさんところは大丈夫だったでしょうか。
週末にはまた台風25号もやってくるようで、ほんとに落ち着く暇もないですね。

さてさて、そんな台風一過の秋の夜長に、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>いなかには藁人形の呪いとかいまだに残る悪しき風習

うんうん、夕夏さんのこの歌も、藁人形の風習を詠って人間の心の闇を映し出した魅力ある一首ですね。
藁人形などの呪いは奈良時代後半の道教の影響を受けたものだそうで、僕の住んでいる地域では呪いの文化というのはあまり入ってこなかったのかそういう話を聞いたことはないのですが、場所によってはいまだにそういう風習が残っている場所もあるのでしょうね。

そうですね、そんな恐ろしい呪いの藁人形を詠って興味深い一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
呪いというのもまた、人間の醜い心が生み出した闇の歴史のひとつなのですよね。

ただまあ、作者の側で結句に「悪しき風習」と言ってしまうと読み手の側ではもうそれ以上なんの判断も想像も広がらないので…

いなかには藁人形の呪いとか怖き風習いまだに残り

うん、ここは四句と結句を入れ替えて「怖き風習」とでもして、結句を「いまだに残り」と言い指しの表現でまとめてみてもいいのかも知れませんね^^
「怖い」には怖いもの見たさの興味がそそられますが、「悪しき」という価値観だとそこで納得させられてそれ以上興味が膨らんでいかないようにも感じますし、こうすることで、歌が読み手の側に渡されて読み手の判断や想像力を掻き立てることが出来るようにも思いますので。

でもほんと、人間が生み出し受け継いできた風土や風習の暗黒面を詠って魅力ある一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)



>ネットのみえないいとにとらわれてわたしはみうごきできずにいきる

こちらはインターネット上の自身を操り人形に喩えて読まれた一首ですね。
ネットには実際の網の意味も掛けてあるのかな。
「いと」は「糸」と「意図」でしょうか。

そうですね、そんな夕夏さんらしい言葉遊びの要素が面白いですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵な一首に仕上がっていると思います。
ネット上に絡まる人の意志も束になれば神の意志のような力を持つものなのかも。

ただまあ、この歌も破調で三十一音に収めた意欲的な作風ではあるのですが、上の句は「めにみえぬネットのいと」とすれば掛け言葉をそのままに簡単に定型の「調べ(リズム)」に収まるので…

めにみえぬネットのいとにとらわれてわれはみうごきできずにいきる

うん、ここはたとえばこんな感じとかでまとめてみてもいいのかも知れませんね^^
こうすることで「め」が網の目にも読めて掛け言葉の面白さもさらに活かせると思いますので。

でもほんと、夕夏さんらしい個性の面白い意欲的な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、朝晩はほんとに冷える日も多くなってきましたので、夕夏さんもどうぞ風邪など引かないように気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

お題

 投稿者:祐一  投稿日:2018年10月 2日(火)20時50分6秒
  線路脇誰も見ぬのにコスモスの花はただただ美しく咲き  

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2018年10月 2日(火)10時18分53秒
  夜更けて酒場出(いず)れば風涼し本郷菊坂一葉暮らせし  

黒路さま

 投稿者:  投稿日:2018年10月 1日(月)17時34分47秒
  お忙しい中、感想、添削をありがとうございました。

感想をいただいた四首は、一首目、二首目、四首目はシリアスな歌ですが、三首目に傾向の違う歌が混ざっているので連作にできませんでした。

遊ばれるだけ遊ばれて汚されて捨てられる人形は悲しい

いつのまにか人形たちはゐなくなり気づけば大人の私は一人

一首目と二首目の歌は対になっていて、子供の頃の人形遊びを詠んだ歌にも読めるかと。薄汚れてぼろぼろになったぬいぐるみを思い浮かべながら詠みました。別の解釈をされたなら、それはそれでかまいません。

二首目の歌ですが、ほんとうに人形たちはいなくなったのです。女の子は物心つく前から人形を与えられて人形遊びをする。しかし、中学生になるともう人形遊びはしない。気がついた時、私は制服を着た女子学生になっていて、人形たちは母が勝手に捨ててしまって一つも残っていなかったのです。

三首目の歌、お察しの通り藁人形の歌。なるほどコツコツをひらがなにすると厳粛な感じがしますね。

四首目の歌は初句、上の句に詰め込んでしまいました。初句は「湖(みずうみ)の」も考えましたが海にしたかったので。

率直な感想を送っていただいて大変ありがたいです。またよろしくお願いします。風邪など引かれませんようご自愛ください。
 

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2018年10月 1日(月)11時07分35秒
編集済
  柚子レモンの鉢を倒して過ぎ去りぬ嵐のあとの空気粘れる  

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2018年10月 1日(月)10時53分40秒
  風雨ごうごうと闇を裂きあかときを黄金にそめて台風去りぬ  

楓さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 1日(月)00時02分52秒
  いや~~、今回の台風は大したことがないのかと思ってたら、先ほどからこちらでもちょっときつい風が吹き始めてきました^^;
各地で被害も出ているようですし、これから進路に当たる地域のみなさんも、どうぞ油断せずに安全を確保してくださいね。

さてさて、そんな台風の風の吹き荒れる中を、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>遊ばれるだけ遊ばれて汚されて捨てられる人形は悲しい

うんうん、楓さんのこの歌も、まさに「ぼろ雑巾のよう」に捨てられた人形の悲しさを詠って魅力ある一首ですよね。
四句目までを読むとまるで男に捨てられた女性を人形に喩えているようにも読めて、「汚されて」がそんな読みを引き立てるよい表現として活きているようにも感じます。
そういえば人形って圧倒的に女性の形が多いですものね。

そうですね、そんな捨てられた人形に心を寄せて詠んだ魅力ある一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
あるいは、楓さんにもそんな悲しい過去の恋の思い出があったのかな…
(いや、余計なお世話ですね^^;)

ただまあ、あえて言うのなら「捨てられる」よりは過去形で「捨てられた」としたほうが間延びした感じがしないでいいかも。
あと、結句もここは「人形の悲しさ」と言い差しの表現で余情を出してみてもいいのかも…

遊ばれるだけ遊ばれて汚されて捨てられた人形の悲しさ

うん、こうすることで、読み手に歌が渡されて読みの範囲がさらに広がるのではないでしょうか^^
「人形は悲しい」だと、少し作者の意見を押しつけたような感じが出てしまうようにも思いますので。

でもほんと、人形に心を寄せた魅力的な上の句の表現の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>いつのまにか人形たちはゐなくなり気づけば大人の私は一人

こちらの歌も、大人になることで失ってしまった人形たちの居る世界との決別を詠って不思議な魅力のある一首ですよね。
実際に居なくなってしまったのは人形たちでなく、人形たちの世界を去った作者のほうなのでしょうけれど…

そうですね、そんな大人になることの寂しさを詠って悲しい雰囲気の魅力の一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
大人になると云うのは時に孤独なことなのですよね。

ただまあ、「一人」はこの場合は「独り」と表現したほうが孤独感が際立っていいかも。
初句の字余りについても「か」を外して「いつのまに」でもいいと思うので…

いつのまに人形たちはゐなくなり気づけば大人の私が独り

うん、こんな感じでまとめてみるのもひとつの手かも知れませんね^^
あと、意見は分かれるかも知れませんが、大人の私にいま気づいたのなら助詞は「は」よりも初出の意味合いのある「が」のほうがいいかも。
さっきまで居た人形たち〈は〉居なくなり大人の私〈が〉独りで居る、と云った感じで。
歌としても、孤独感を初めて提示するほうが読み手へのインパクトも強くなりますので。

でもほんと、大人になることで人形たちと居た世界から孤立してしまう寂しさのようなものがよく表われていて素敵な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>(あんちくしやう、もう許さない)丑三つの部屋にコツコツひびく妄想

うんうん、この歌もパーレンが効果的に使われていて、少し乱暴な口語調が見事に活かされた一首ですね。
「コツコツ」は「人形」のお題からして藁人形に釘を打つ音でしょうか^^;
あるいは相手に見立てた人形を殴ってるのかも知れませんが…
どちらにしても、「カーンカーン」などでなく、「コツコツ」の力弱さが歌を残酷にし過ぎないで良いですね。

そうですね、「丑三つ」もよい味を出していますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
見ようによっては滑稽とも取れる妄想を隠さずに詠うことが、現代歌人にとっての〈リアル〉なのかも。

ただまあ、この内容で「コツコツ」をカタカナ表記にしてしまうと余分に滑稽さが強調されすぎるようにも思うので…

(あんちくしやう、もう許さない)丑三つの部屋にこつこつ響く妄想

うん、ここは平仮名表記の柔らかさでもよかったのかも^^
こうすることで、藁人形の詛いの印象も和らいで作者への共感も感じやすくなるようにも思いますので。

でもほんと、僕好みで内容に反して楽しい雰囲気の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>蒼い海の底捨てられた人形は愛されてゐた夏の日思ふ

こちらの歌も、海に沈んだ人形を擬人化して詠った、悲しくも美しい雰囲気の漂う一首ですね。
あるいは捨てられた人形は、愛されていた夏の日の作者自身の化身だったのかも。
そうですね、そんな読み手の想像も広がって興味を引き立てられますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

初句の字余りは「蒼海(そうかい)の」としてもいいかも知れませんが、まあここは字余りでもアリかな。
ただまあ、この歌の場合は「底」の後に助詞はほしいところなので…

蒼い海の底に沈んだ人形は愛されてゐた夏の日思ふ

うん、ここはたとえばこんな感じで「底に沈んだ」としてみてもいいのかも知れませんね^^
「愛されてゐた日々」と過去形があるので、「捨てられた」とまで説明してしまうと語り過ぎなようにも思いますので。

でもほんと、海の底に沈んだ人形が目に浮かんでくるような魅力的な雰囲気の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、楓さんも台風にはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

★お題は『秋の吟行歌』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2018年10月 1日(月)00時00分8秒
  ★今回のお題は『秋の吟行歌』、期限は十月七日(日)です★

今回はいつもと少し趣向を変えて、『秋の吟行歌』をお題とさせていただきます^^
今年の春に行った「春のお花見吟行」の秋バージョンです。
期間内に一歩でも外に出て(事情があって無理な場合は、窓から庭などを見てでもかまいません)、道端や公園などで実際に秋の情景を見ながら歌を詠んでみてください。

そろそろ萩の花や彼岸花も見ごろですし、ススキや栗の実など秋の植物や秋らしい情景なら何を詠んでもけっこうです。
また、秋を見つけに出掛けての吟行歌ならば、多少内容が「秋」から離れていても構いません。
どうぞみなさんの素敵な秋の吟行歌をお寄せくださいね。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞご協力のほどをよろしくお願いしますm(_ _)m
 

秋の吟行歌

 投稿者:沙羅  投稿日:2018年 9月30日(日)08時52分41秒
  許されてコスモスは咲く真四角の休耕田にひしめきながら


皆さん、台風が近づいています。
お気をつけて
 

(無題)

 投稿者:夕夏  投稿日:2018年 9月30日(日)03時49分32秒
  冬桜ぼつりぽつりと咲きにけり秋雨の中こぶりの花が  

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