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お題

 投稿者:さくら  投稿日:2019年 6月26日(水)08時58分6秒
編集済
  七色の傘のながれに夕暮の銀座の街は水のかがやき  

雨の光景

 投稿者:つばき  投稿日:2019年 6月25日(火)22時40分42秒
  今晩は  西日本に 雨が降りません
6月の雨の歌を 詠みたいですが
毎日 猛暑です。締切までに
梅雨入りするでしょうか?
 

黒路さんへ

 投稿者:  投稿日:2019年 6月25日(火)17時00分5秒
  句誌で著名な方から評をいただきました。それが添削か印刷ミスか悩んだ句で。添削だったことがはっきりしました。まあ、今のところ私は俳句さく咲くのレベルなので仕方ありませんが。武井壮さんの方が上手いです。  

★お題は『雨の光景』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月24日(月)00時00分52秒
  ★今回のお題は『雨の光景』、期限は六月三十日(日)です★

「カタツムリ」「紫陽花」など、雨の光景という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞ、ご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m
 

五首連作「雨の街」

 投稿者:  投稿日:2019年 6月22日(土)16時42分36秒
  訪れた商業ビルは様変はり行き場を失くす雨の街かど

壊れてる体内温度計抱へ生きるしかない地球の隅で

陽炎の揺らめく記憶 待ち合はせした地下鉄のプラットホーム

風化して朽ちた鞦韆いまはもう同じ地球に息してるだけ

金星の自転のやうに密やかに、けれどゆつくり老いるわたしは


欲しい本を買いに離れたところにある商業施設の本屋に行きましたが、商業施設は様変わりしていて本屋はなくなっていました。仕方なく雨の中、本屋を探してその街を彷徨いました。古い思い出のある街でした。
 

『雨』

 投稿者:沙羅  投稿日:2019年 6月22日(土)08時10分40秒
  六月の雨は涙のかたちして記憶の中の議事堂に降る  

雨上がり

 投稿者:夕夏  投稿日:2019年 6月22日(土)04時49分53秒
  あめあがりぬれたもみじばつばさでゆらしみずとたわむるこげらにわ

久々の雨上がりもみじの梢の葉を啄んでいた二羽のコゲラが水浴びをしてました。他のお題で詠んでいたような?


 

ハリマオさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月22日(土)02時50分12秒
  いや~~、梅雨入りを前にしてなんだか蒸し暑い日が増えてきましたね^^;
今日はあまりに自分の部屋が暑いので、いつもより一時間早く冷房の効いている職場に来てしまいました(笑)
あ~~、冷蔵庫には会社が用意してくれたアイスコーヒーも入っているし、夏場の暑い時期だけはここで過ごすのもいいかも。

さてさて、そんな夜勤の仕事も休憩時間に入ったので、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>ようやくに育ち始めた稲の間に紅い腹見せ井守が二匹

うんうん、ハリマオさんのこの歌も、井守の泳ぐ田んぼの長閑な光景を詠ってほんとに素敵な一首ですね。
井守がいるということはおそらく山手のほうの田んぼなのでしょうね。
僕も以前、明日香村の山奥の田んぼで一度だけ井守が泳いでいるのを見たことがあります。

そうですね、そんな自然の豊かな光景も目に浮かんできますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
読み手が井守になって田んぼの中を泳ぎたくなるようなイメージの力も感じます。

ただまあ、結句は「井守が二匹」まとめてしまうと、ちょっと歌が萎んでしまって長閑さが活きてこないようにも思うので…

ようやくに育ち始めた稲の間を紅い腹見せ井守が泳ぐ

うん、ここはこんな感じで悠々と泳いでいる姿の描写にしてみても良いのかも知れませんね^^
数の限定は細部の描写などで効果を発揮してくれますが、この歌の場合は小さな視点に限定されてしまって田舎の自然の悠々とした感じが損なわれてしまうようにも感じますので。

あと、三句目の助詞は「に」よりも、「を」で場面転換を図ったほうが井守が際立っていいような気も。

でもほんと、長い年月を経ても変わら繰り返される田舎の自然の光景を詠って魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>交尾終えおしりの先を池につけ卵を落とす銀やんまのママ

こちらの歌も、産卵する銀やんまを面白い表現で詠った魅了の一首ですね。
僕が子供のころは通学路の途中の堀などによくトンボのヤゴが居たものですが、最近はさっぱり見なくなりました。
トンボ自体も見ることが減ったように感じますし、やはり環境破壊などが進んでいるのかも知れませんね。

そうですね、そんな生息地が奪われていく中でも懸命に生きる銀やんまを詠って魅力の一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
「ママ」との表現で擬人化されることで、昆虫に必要以上の感情移入をさせてしまう〈言葉の力〉も面白いですよね。

ただまあ、この語順ではちょっと四句目までが順序立ちすぎて冗長すぎるような印受けてしまうので…

交尾したおしりの先を池につけママ銀やんま卵を落とす

うん、ここはたとえばこんな感じで四句と結句を入れ替えてみても良いのかも知れませんね^^
こうすることで、上の句と下の句でいったん区切りが生まれて歌にメリハリが出るようにも思いますので。

あと、初句の「終え」もちょっと説明っぽい気がするので「交尾したおしり」でも良いのかも。

でもほんと、アニメの一シーンを見ているような光景が目に浮かんでくる素敵な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>音立てて飛び込むはずもない蛙それでも立てるわが聞き耳を

うんうん、こちらの歌も古句を念頭に置いて少しおどけた感じを上手く活かした面白い一首ですね。
たしかに蛙が池に飛び込む光景にはよく出会わしますが、芭蕉の名句のような風情ある「水の音」にはなかなか出会えるものではないですよね。

そうですね、そんな名句をもとにして詠んだ面白い表現が魅力的ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
蛙も聞かせる相手を選ぶのだとの自嘲が潔いです。

ただまあ、個人的には結句は「われ聞き耳を」としたほうが面白さが増すようには思いますけど…

音立てて飛び込むはずもない蛙それでも立てるわれ聞き耳を

うん、こんな感じで^^
こうすることで結句に面白い「調べ(リズム)」が生まれて、個性としての作者の存在自体も歌の中で色濃く立ち上がってくるように感じますので。

でもほんと芭蕉の句へのリスペクトと自嘲が見事に活かされた素敵な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>多摩川の岸辺にブルーのテント張るあれも新種の水辺の生物

こちらの歌は、岸辺にテントを帳る人々を、〈新種の水辺の生物〉と喩えた感性が面白い一首ですね。
僕の住む地域でも、夏場の吉野川などでたまにこの手の新種の生物を見かけます。
近くではバーベキューなども行われていて、気ままに泳いだり美味しい物を食べたりと、なかなかに楽しい時間を過ごしている生物のようですね。

そうですね、そんな新しい価値観を生きる人々を面白い視点で捉えた一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
自分自身とは違う者たちへの〈驚異と羨望〉の眼差しが、ときに面白い歌を生み出すのでしょう。

一応、二句目は…

多摩川の岸辺に青いテント張るあれも新種の水辺の生物

うん、こんな感じで「青い」として定型に納めても良いように思いますが^^
でもまあ「ブルーのテント」のほうが表現が活き活きとしていいのかも知れませんね。

そうですね、自分自身とは違った人々を詠うことによって逆に作者の姿も見えてくる面白い表現の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>金魚A金魚Bあと大ぜいの目高群れなす我が家の蓮鉢

こちらの歌も、蓮鉢の中で泳ぐ金魚や目高を個性的な表現で詠った意欲的な一首ですね^^
「銀やんまのママ」にも通じる「金魚A金魚B」の表現が面白いです。

そうですね、初句から二句にかけての句またがりも美しい「調べ(リズム)」として活きていますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
蓮鉢の中に完結する生き物たちの〈小さな世界〉が美しく輝いています。

ただまあ、あえて言うのならせっかくの面白い表現が表記的には小さくまとまりすぎて勢いが感じられないようにも思うので…

金魚A、金魚B、あと大ぜいのめだか群れなす我が家の蓮鉢

うん、ここはたとえばこんな感じとかで読点などを用いて現代短歌らしさを出してみるのも良いのかも知れませんね^^
こうすることで、句またがりもさらに面白い効果を発揮するように思いますので。

でもほんと、ハリマオさんらしい個性が感じられる素敵な一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>多摩川の二子橋下で鮎釣れたという噂を信じていいかな

うんうん、こちらの歌も多摩川で鮎が釣れたとの噂を詠って、自身の住む地域への愛情が感じられる素敵な一首ですよね。
「二子橋(ふたごばし)」は多摩川に架かる江戸時代からある有名な橋だそうですね。

僕は多摩川といえば万葉集の「多摩川にさらす手作りさらさらに何ぞこの児のここだ悲しき」をすぐに思い出してしまいますが、近代の多摩川は布を晒すことなどとても出来ないほどに汚染されていたのだとか…

そんな多摩川で鮎が釣れたとの話から、水質改善を喜ぶ作者の地元愛が感じられますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
地名を通してそこに生きる人々の姿が〈リアル〉に浮かび上がって来ます。

ただまあ、破調の歌としてはこれでいいのでしょうけれど、僕の好みとしてはやはりもう少し定型に近づいてほしいようにも感じるので…

多摩川で鮎が釣れたという噂信じていいかな二子橋のあたり

うん、ここはたとえばこんな感じとかで「二子橋」を結句に持ってくるのもひとつのれかも知れませんね^^
こうすることで、「二子橋」の固有名詞もさらに活きてくるように思いますので。

でもほんと、この歌も多摩の地に生きる作者の姿が立ち上がってくる魅力の一首だと感じますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、この週末はあまりお天気は良くないようですが、ハリマオさんもどうぞ素敵な休日をお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2019年 6月21日(金)13時25分13秒
  あじさいの葉に結びたる露ひとつ転がりおちて庭静かなり

空堀に雨のよどみてセキレイの水浴びすればさざ波の立つ
 

黒路さん

 投稿者:  投稿日:2019年 6月21日(金)09時51分37秒
  オフィスで使われているような元々クッションのついている椅子に合うようです。畳に座布団の生活ってどんなだったか忘れてしまいましたが。  

楓さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月20日(木)23時34分49秒
編集済
  Gゼロクッションのご紹介、ありがとうございます^^
わが家は和風の家なので椅子はないのですが、畳の上で横になったりするときに腰に敷いたりしても良さそうですね(笑)
ネットで調べてみたところ、「宙に浮いているような感覚がする」とかの説明もあって興味深いですし、また参考にしてみます。

ではでは、仕事のほうが忙しかったり資格試験を受けたりしてしばらく短歌から離れていましたが、この日曜はひさしぶりに歌会にも参加予定ですし、またみなさんの歌にも時間を見つけて少しずつでも感想など書かせてもらいますね~~♪
 

天気雨

 投稿者:夕夏  投稿日:2019年 6月20日(木)21時33分43秒
  はれまよりぽつぽつとふるそのあとにさわやかなきになるいいつたえ
 

梅雨寒

 投稿者:  投稿日:2019年 6月20日(木)20時37分45秒
  6月20日のプレバトのコンビニの傘立ての写真で私も一句詠んでみました。

捨てた女ならぶ傘立て梅雨寒し

捨てた女をコンビニの傘立てのビニール傘の比喩にしました。

下五の季語と「捨てた女ならぶ傘立て」の取り合わせが近過ぎるのかも。
 

黒路さんへ

 投稿者:  投稿日:2019年 6月20日(木)01時03分13秒
編集済
  椅子に敷く座布団の座り心地が悪いのでGゼロクッションを購入しました。5400円しましたが使い心地良いです。長く使ったわけではないのでわかりませんがご参考までに。テレビ朝日グループのロッピングという通販サイトで買いました。類似品にご注意を。  

黒路さん何時もありがとうございます。

 投稿者:夕夏  投稿日:2019年 6月19日(水)05時38分29秒
編集済
  番鴨の歌は、樹木に囲まれた小さな池に休憩?に来る姿を見て、こんな小さな空間でも離着水出来るんだと思い詠みました。ご指摘の助詞「も」は「は」が正しいですね、一寸安易に考えてしまいました。
ミズスマシの歌は、京都の庭園にある鏡池(濁っていることで景色が綺麗に映る?)と重ねて詠みました。ミズスマシが水面を揺らしたら景色が揺らいで綺麗に映らなくなってしまう?との思いからです。短歌は、「かくれて」で一旦切れた方が良いようですね。つい、流れるように詠んでしまいます。平仮名詠みの欠点でしょうか?。
かきつばたの歌は、皆さん動物を題材にすることが多かったので、植物もありますよとの思いで詠んだのですが、「かきつばた」と「しょうぶ」は、水の中、水辺で争えますが「あやめ」は、畑でも大丈夫なようですので、殺めると掛けるためやり過ぎなところが一寸かすめました。「しょうぶ」を勝負~生存競争と殺めたりないまで読んでいただきありがとうございます。
鵜の歌は、地元の村田川の中流域までやてきた鵜の水中での動きの影の素早さに驚いて詠みました。「みなも」は掛詞の常套句と思いますが、この場合もう少し捻りが必要だったようです。
いつも、掛詞に対するご理解に感謝しております。平仮名ばかりで、破調句跨がり、読みづらい歌への講評、好評、高評?と的確なご指摘ありがとうございます。地震や雨が多く心配な日本列島ですので、黒路さんも気をつけてください。投稿は、添削どおりにお願いします。ありがとうございます。
 

夕夏さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月19日(水)02時47分57秒
  新潟、山形方面で大きな地震があったようですね…
僕は今日も夜勤勤務でテレビを観れないので詳しい状況は分かりませんが、揺れのあった地域のみなさんは余震などくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね。

さてさて、地震のことは心配ですが、今夜もようやく夜勤の休憩時間に入ったのでまたこちらのみなさんの歌に感想など書かせてもらいますね。

>つがいがもちいさなみなもりちゃくすいひしょうすがたもまるではりあー

うんうん、夕夏さんのこの歌も、お得意の言葉遊びを駆使して水辺の生き物を詠ったほんとに面白い魅力の一首ですよね。
一応、漢字を交えて表現するなら…

番ガモ小さな水面離着水飛翔すがたもまるでハリアー

こんな感じでしょうか。
結句の「はりあー」は最初ちょっと意味が分からなかったのですが、これは「チョウヒ」と言う鷹の一種のことかな?
その上で…

「番ガモ」、「番が持ち」…
「小さな」、「磯魚(いさな)」…
「水面離着水」、「森(に)着水」…
「飛翔姿」、「飛翔す」…
「姿もまるで」、「姿も丸で」…

読み進めていくとこんなふうなイメージが脳裏に浮かんでは交錯する仕掛けになっているのですね。

そうですね、そんな一首の歌の中に様々なイメージが喚起される工夫がなされていて面白いですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
まるでハンカチがいつの間にか鳥になって飛び立つような、そんな言葉のマジックを見ているような感覚もします。

ただまあ、四句目の助詞は「も」よりも「は」のほうが意味的に良いようには思いますけど…

つがいがもちいさなみなもりちゃくすいひしょうすがたはまるではりあー

うん、こんな感じで^^
結句は、鳥を鳥に喩えるのはどうかとも思いましたが、まあここはこの歌の一番の個性の出ている場所でもあるので残しておいたほうがいいのかな。

でもほんと、読んでいくうちに言葉の迷路に迷い込んでいくような不思議な感覚もする面白い一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>みずすましやまかげうつすみなもからかくれておくれにごりのなかへ

こちらの歌も、言葉遊びを駆使しながらも、山影を映す水面に泳ぐミズスマシを詠った美しい魅力の一首ですよね。

「みずすまし」は昆虫のミズスマシとそのまま水が澄む意味との両方の意味でしょうか。
「隠れておくれ」は語り掛けと、「隠れて遅れ」の意味かな。
初句から二句に掛けても「ミズスマシや」との語り掛けにも読めますね。

そうですね、そんな言葉遊びが感じられて面白いですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
遠い森の中の水面の光景が、言葉によって浮かび上がってくる〈短歌の力〉がここにも存在します。

ただまあ、あえて言うのなら言葉遊びの要素を入れる為とはいえ「かくれておくれ」はちょっと歌の表現として甘さが出すぎているようにも感じるので…

みずすましやまかげうつすみなもからかくれてどろのにごりのなかへ

うん、ここはこんな感じでもう少しミズスマシの泳ぐ光景に重点を置いた作品にしてみてもいいのかも^^
言葉遊びの要素としては上の句だけでも充分にその魅力を活かせていると思いますので。

でもほんと、夕夏さんらしい魅力を活かしながら美しい光景をも見せてくれる素敵な一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>かきつばたみずべでしょうぶともにありあやめたりないあらそうみずべ

うんうん、こちらの歌も、カキツバタ、花ショウブ、アヤメというよく似た三種の夏の花を詠って面白い魅力の一首ですよね。

陸地に咲くアヤメと違って、花ショウブはカキツバタのように水辺に近い湿地にも生息するのでちょっとややこしかったりもしますよね。

そうですね、そんなよく似た花の代表でもあるカキツバタ、花ショウブ、アヤメの特性を活かして面白い内容ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
美しい花々が見せる生存競争という名の命の競演。

「ショウブ」と「勝負」。
「アヤメ」と「殺め」など、言葉遊びのセンスもお見事です。

ただまあ、言葉遊び的な内容とは言え、「みずべで」の「で」はちょっと表現として甘さが出ているようにも感じるので、ここは「に」のほうが詩的な感じが強調されて良いかも知れませんね。
あと、争いは「あやめたり」だけでも充分なようにも感じるので…

かきつばたみずべにしょうぶともにありあやめたりないごがつのみずべ

うん、ここはこんな感じで季節を入れてまとめたほうが歌らしい柔らかさが出ていいかも^^
これでも夕夏さんの表現したかったことは充分に伝わると思いますので。

でもほんと、和歌の時代から詠い継がれてきた花々に、また新しい魅力を加えた個性ある一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>すいちゅうをすばやくうごくかげのありみなもうきでるうをいちわみゆ

こちらの歌も、水辺の生き物を詠って活き活きとした表現が魅力の一首ですよね。

どこか船上釣りの浮き餌のようでもありますが、この「うを」は鵜飼いの「鵜を」の意味ですね。
同時に魚を意味する「魚(うを)」の旧かな読みでもあって、なかなかに高度な言葉遊びの要素を感じます。

「水面浮き出る」は「皆も浮き出る」との意味もあるのかな?

そうですね、そんな鵜と魚の姿を重ねながら、結句の「見ゆ」によって最後に作者の姿を浮かび上がらせてくる手法も活きていますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

ミズスマシなども歌もそうですが、言葉遊びの要素を別にしても、生き物が歌の中で生きていると感じさせてくれる表現は見事なように思います。
まさに〈言葉が生きている〉と言った感じでしょうか。

ではでは、ここ数日はそれほど暑い日もなかったですが、夕夏さんも油断せず熱中症などにはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

今回のお題(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月17日(月)00時02分5秒
  今回のお題は当初「梅雨の光景」にしようかと思ってたのですが、直前になってかんぱちさんの居られるドイツには梅雨はないのではと気づいて「雨の光景」にしました^^
短歌にも国際的な感覚が必要な時代になってきましたね(笑)
僕の住む奈良県ではまだ梅雨入りはしていませんが、今日は梅雨を感じさせるような雨が降ったり止んだりでちょっと肌寒い一日でした。
みなさんも油断して風邪などひかないように気をつけてくださいね。

ではでは、ちょっと資格試験(たぶん落ちました^^;)などもあってしばらくこちらを留守にしてしまいましたが、また時間を見つけて少しずつでもみなさんの歌に感想など書かせてもらいますね~~
今夜はこの辺で♪
 

★前回の投稿作品★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月17日(月)00時01分23秒
  前回のお題『夏を感じる食べ物』に、みなさまから投稿していただいた作品です。
Yahoo!トピック終了にともない、これからはこちらで投稿作品の発表をさせていただきますね。

★前回の投稿作品★
お題『夏を感じる食べ物』(敬称略)

夕夏

つるつるとのどごしだけでひやむぎをたのしみながらからだをひやす

こんびにのれいとうがしのほうふさになつのふうぶつかきごおりきえ

びーるてにやきゅうかんせんがいやせきほーむらんきてあわくいおいぬ

かきごおりかたてにびーるたずさえてあじわいおえたころにはじゅーす

うみのいえはまぐりさざえとうもろこしにひやけをさけるじょせいきゃく

えだまめをつまみにびーるゆどうふおさけちーずけーきのひややっこ

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さくら

十歳の西瓜まみれのあのころのだぁれもいない故郷の庭。

香り立つメロンを切れば椅子ひとつ君の不在にうっと声のむ

店先の苺も枇杷もつかのまの五月も去りて六月の雨

まだ青き葡萄の核に雨ふらばむらさき淡く染み出ずるなり

カキ氷、冷やし中華のトッピング君もわたしもなあなあの夏

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ゴーヤ、オクラ、冷やし素麺、ラタトゥイユ、塩タブレット 日本の夏よ


(以下、四首連作)
再冷凍しても元にはもどせない溶けてしまつたアイスも愛も

素つ気ない返事会はうとしないきみ アイスクリーム溶けはじめてる

捨てたのね十年前の冷蔵庫、冷凍保存してゐた愛も

溶けたアイス、冷え切つた愛もてあます もうきみ二度と帰らない部屋

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ハリマオ

酢がだめで黒蜜かけて心太不味くはないが美味いともいえず

暑ければ唯一得意の夏料理ヴィシソワーズを毎朝啜る

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雨女

八切りを選りつ懐かし真ん丸のスイカたたいた遠い夏の日

-------------------------------------
つばき

儚きは京都貴船の水煙 鮎ほろ苦き
君がいた夏

唐松に沈む夕陽よ山小屋の
カレーを食べる夏山登山

若者と同じタピオカ飲みながら
ここは原宿人形のように

-------------------------------------
かんぱちさん

二つ割りしたる西瓜まだ温いこほりぶつかけ待つ間の汗よ

初体験の「冷麦」「心太」年上の彼に教はる読み方と味

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★お題は『雨の光景』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月17日(月)00時00分49秒
  ★今回のお題は『雨の光色』、期限は六月三十日(日)です★

「カタツムリ」「紫陽花」など、雨の光色という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m
 

お題「夏の食べ物」

 投稿者:かんぱちメール  投稿日:2019年 6月16日(日)19時26分12秒
  そろそろ梅雨めいてきたようですね。

乾きすぎのドイツで思いついた日本らしい夏の食べ物の歌を作ってみました!
お笑いください。

題詠「夏の食べ物」

  二つ割りしたる西瓜まだ温いこほりぶつかけ待つ間の汗よ

  初体験の「冷麦」「心太」年上の彼に教はる読み方と味

こんなもので申し訳ありません、自分でも笑ってしまいますが。
 

旧仮名で混乱

 投稿者:  投稿日:2019年 6月16日(日)00時42分45秒
  拙歌の「会おう」を旧仮名にすると「会はう」になるのが不思議でした。意思を表す助動詞の「う」は動詞の未然形に付く。文語の「会ふ」は四段活用で、未然形は「は」しかないが、口語の「会う」は五段活用で未然形は「わ」の他に「お」もある。だから五段活用という、というところまではわかりました。旧仮名を使うといろいろ勉強になりますね。
しかし、ここでまた疑問が。「会おう」の文語は「会はむ」で「会はう」ではない。そこでまた混乱。拙歌は口語短歌だが旧仮名を使っているところがややこしい。口語と旧仮名は別のものですね。
 

夏を感じる食べ物

 投稿者:  投稿日:2019年 6月13日(木)18時56分8秒
編集済
  ゴーヤ、オクラ、冷やし素麺、ラタトゥイユ、塩タブレット 日本の夏よ

四首連作

再冷凍しても元にはもどせない溶けてしまつたアイスも愛も

素つ気ない返事会はうとしないきみ アイスクリーム溶けはじめてる

捨てたのね十年前の冷蔵庫、冷凍保存してゐた愛も

溶けたアイス、冷え切つた愛もてあます もうきみ二度と帰らない部屋
 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2019年 6月13日(木)01時02分26秒
  えだまめをつまみにびーるゆどうふおさけちーずけーきのひややっこ  

雨女さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月12日(水)00時39分34秒
  雨女さんも、こちらではおひさしぶりですね^^
お元気に過ごされているようでなによりです。

僕のほうはリハビリのつもりで始めた副業が思った以上にハードだったりと環境の変化に少し疲れてしまったりもしていますが、そんな中でこちらのみなさんの歌にはいつもほんとうに癒されています(笑)

休まず参加してくださるみなさんたちはもちろんですが、ときどき懐かしい顔を出してくださる方たちもいて、この掲示板はほんとに人に恵まれていますね。

さてさて、明日は朝から本業のほうもあるのであまり夜更かしは出来ませんが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>八切りを選りつ懐かし真ん丸のスイカたたいた遠い夏の日

うんうん、雨女さんのこの歌も、まさに夏の季節の代表とも言えるスイカを詠って素敵な魅力の一首ですよね。
弟さんと二人になったとの作者の生活の背景が、歌に〈リアル〉な存在感として現れています。

短歌掲示板のほうの愛猫ちゃんたちの歌もそうですが、実際の生活から生まれてくる歌ゆえの作者の姿の立ち上がってくる魅力は、短歌という詩形の有り様をみせてくれるような気がします。

そうですね、そんな日常のスーパー?での買い物の光景と遠い夏の記憶が眩しい光の中で再生される魅力も感じますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
スイカを叩く音とその手応えが、誰の心のなかにもある夏の思い出として響いて来ます。

ただまあ、「たたいた」など口語調の部分に対して「選りつ」がちょっと硬い印象は受けてしまうので…

八切りを選りて懐かし真ん丸のスイカたたいた遠い夏の日

うん、ここはたとえばこんな感じとかでまとめてみても良いのかも知れませんね^^
こうすることで、自然な流れで現在と遠い夏の日の時間が結びついて、一首がさらに引き立つようにも思いますので。

でもほんと、作者の生活を通して夏の空気を感じさせてくれる素敵な一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、紫陽花の花も咲きだして梅雨を感じさせるお天気の日も増えてきましたが、雨女さんも体調管理にはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2019年 6月11日(火)20時09分27秒
  カキ氷、冷やし中華のトッピング君もわたしもなあなあの夏  

お題 お願いします

 投稿者:つばき  投稿日:2019年 6月11日(火)19時17分57秒
編集済
  儚きは京都貴船の水煙 鮎ほろ苦き
君がいた夏

唐松に沈む夕陽よ山小屋の
カレーを食べる夏山登山

若者と同じタピオカ飲みながら
ここは原宿人形のように
 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2019年 6月10日(月)07時43分49秒
  うみのいえはまぐりさざえとうもろこしにひやけをさけるじょせいきゃく  

お題「夏を感じる食べ物」‥スイカ

 投稿者:雨女  投稿日:2019年 6月10日(月)01時12分47秒
編集済
  八切りを選りつ懐かし真ん丸のスイカたたいた遠い夏の日

弟と二人暮らしになったこの夏、スイカは八切り、種の少なそうなものを選びます。
 

★お題は『夏を感じる食べ物』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月10日(月)00時00分44秒
  ★今回のお題は『夏を感じる食べ物』、期限は六月十六日(日)です★

「スイカ」「そうめん」など、夏を感じる食べ物という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m
 

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2019年 6月 9日(日)17時37分39秒
  酢がだめで黒蜜かけて心太不味くはないが美味いともいえず

暑ければ唯一得意の夏料理ヴィシソワーズを毎朝啜る



 

黒路さま

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2019年 6月 9日(日)11時30分11秒
   お礼が遅くなり失礼しました。「源兵衛」は神楽坂ではありませんが、実際あるお店でひとりで呑む時は時々行く店です。また、出版を業としているとやはり書店の動向が気になって、神田の大きな書店でも、注文してから1週間かかるといわれて、それでは大手ネット書店にかなわないな、と痛感した次第でした。
 ま、自分の歌の周辺事情をこのような文章などで語るのは、やってはいけないことだし、聞いていて醜いと思いますので、やめますがちょっと書いてしましました。
 今後ともよろしくお願いします。

 

黒路さん、お手数おかけしまして

 投稿者:かんぱちメール  投稿日:2019年 6月 9日(日)04時02分6秒
  こんばんは。夜の8時半です、まだ明るいのですがもう夜鶯、ナイチンゲールが囀り始めました。まあ昼間も鳴くらしいのですが。ともかく素晴らしいです。こちらの気候は暑かったり寒かったりを繰り返しています。

*「いい匂い」したのはお茶屋、カステラ屋、天文館におかっぱの頃

おかっぱ頭の頃の思い出の歌、動詞がなくてとんでもないことになりました。これも3軒も店を欲張って入れたせいですね、短歌としてはダメですけどまあ記録の歌としては頑張りたかったのです。


*少女の手が摘みてポッケに持ち歩く萎れてもまだ香るクチナシ

同じく少女の頃のクチナシの歌、初句はお手上げ状態のままでした。添削していただき誠に申し訳ない出来でした。


*寂しきにあらねど手持ち無沙汰にてお琴など聴くドイツの今宵

お琴の歌は確かに位置情報がないとわからないことになりますね。なるほど。
それと、結句を郷愁のごと、としたのはあくまでも郷愁ではありませんという意味で、郷愁を感じたくないという私のねじれた気持ちがありました。まあそこまで表すのは無理というものだったかもしれません。

無理を承知で投稿してしまいましたこと反省しております。
添削いただいたのはもっともな結果だと思いますので、もし可能でしたらリストで変更していただけますか?

黒路さん、どうぞお気をつけてお仕事頑張ってくださいね。

 

楓さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月 8日(土)02時42分18秒
  工藤吉生さんの「人狼・ぼくは」、検索して読ませてもらいました^^
若々しい感性(年齢的にはそれほど若い方でもないようですが)の、まさにこれが「現代短歌」と言った魅力的な連作ですよね。
僕自身はもうこういう若々しさを失ってしまっているので、どこか〈眩しいもの〉を眺めるような感覚もしました(笑)

楓さんの感性にも合っているみたいですし、ぜひまた参考にされて楓さんご自身の作品にもその感動を活かしてみてください。

ではでは、ほんとに素敵な作品のご紹介をありがとうございました♪
 

かんぱちさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月 8日(土)02時31分44秒
  いや~~、今日はこちらではひさしぶりにまとまった雨も降って、そろそろ梅雨を感じさせる季節になりましたね^^
まあ、実際の梅雨入りはもう少し先になりそうですが、これから数日の晴れ間は大切にしなければと思います(笑)

さてさて、そんな雨の一日の終わりに、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>「いい匂い」お茶屋たたみ屋カステラ屋天文館におかっぱの頃

うんうん、かんぱちさんのこの歌も、「匂い」の記憶を辿って子供の頃の思い出を詠ったほんとに素敵な一首ですよね。
「お茶屋」「たたみ屋」というのもなかなか渋くて面白いですが、最後に「天文館」が出てくる意外性も魅力です。

そうですね、そんな物並べの外し方も見事ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
「匂い」と結び付けられた記憶の手応えが、歌の〈リアル〉として立ち上がってくる力を感じます。

ただまあ、初句の体言止めはちょっと拙い感じが出てしまっているようには感じるので…

「いい匂い」したのはお茶屋、カステラ屋、天文館におかっぱの頃

うん、ここはたとえばこんな感じとかで句またがりなどでまとめてみても良いのかも知れませんね^^
個人的には「たたみ屋」を外すのはもったいないようにも思いますが、どこかで情報の整理は必要なようにも感じますので。
あと、物並べの部分は読点などをつけて表記に少し余裕を持たせてみても良いかも。

でもほんと、「匂い」を通して幼い頃のおかっぱ頭の作者の記憶を追体験するような面白い魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



> 寂しきにあらねど手持ち無沙汰にてお琴など聴く郷愁のごと

こちらの歌も遠くドイツの地にあって(あるいは日本に居ることに詠まれた歌かも知れませんが)、お琴を聴く作者の姿が目に浮かんでくるような一首ですよね。
「寂しきにあらねど」との否定から入る面白さも個性的で良いように感じます。

最初読んだときは、かんぱちさんがお琴を弾かれるのかと思ってしまいましたが、これは「弾く」のでなく「聴く」のですね(もしご自身で弾かれるのなら「弾く」のほうが良いかと思いますが)。

そうですね、そんな平凡さを隠そうともしない開き直りも逆に魅力的ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に詠めていると思いますよ。
ほんとうの〈風流〉とは、肩肘張らずに手持ち無沙汰に聴くような琴を言うのかも。

ただまあ、「郷愁のごと」と言ってしまうとちょっと歌が小さく萎んでしまうようには感じるので…

寂しきにあらねど手持ち無沙汰にてお琴など聴くドイツの今宵

うん、ここは作者がドイツの地に居ることなどを伝えることで読み手に「郷愁」を感じさせてみても面白いかも知れませんね^^
地名や時間という情報は、ときにリアルな手応えを歌に与えてもくれますので。

でもほんと、作者の個性ある人格が歌にしっかりと現れた魅力の一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>少女の手摘みてポッケに持ち歩く萎れてもかぐクチナシひとつ

うんうん、こちらの歌も、クチナシの花の美しい香りを詠ってほんとに素敵な一首ですよね。
クチナシの花はその香りから、ジンチョウゲやキンモクセイと並んで「三大香木」とも呼ばれるそうですね。

この少女も一応、おかっぱ時代のかんぱちさんご自身なのかな。
そうですね、そんな女性の繊細な感性が見事に活かされた一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
クチナシの花の香りを通して蘇ってくる様々の記憶がここにはあるのでしょう。

ただまあ、初句はこれは「少女の手が摘む」の意味ですよね。
ここは助詞を省いてしまうとクチナシの花を少女の手に喩えて「少女の手を摘む」ような意味に取れてしまうので、字余りでも「が」をつけておいたほうがいいかも。
あと、「かぐ」はちょっと説明っぽさが出てしまってるようにも感じるので…

少女の手が摘みてポッケに持ち歩く萎れてもまだ香るクチナシ

うん、ここはたとえばこんな感じとかで「香る」でも良いのではないでしょうか^^
こうすることで香りを楽しむために持ち歩いている意味も充分伝わるように思いますので。

でもほんと、少女の記憶を持つ(僕にはこういう記憶はないもので^^;)かんぱちさんらしい美しい魅力の一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、そろそろ熱中症も心配な季節になってきましたが、かんぱちさんも体調管理にはくれぐれも気をつけて素敵な休日をお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

黒路さんへ

 投稿者:  投稿日:2019年 6月 7日(金)04時10分27秒
  工藤吉生さんが、「短歌研究」に発表された作品をネットで公開されていますが、「人狼・ぼくは」という30首の連作がとてもよいと思いました。文体が熟達して、一首一首の奥が深いと思いました。こちらに引用してよいかどうかわかりませんが。  

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2019年 6月 6日(木)16時58分44秒
  店先の苺も枇杷もつかのまの五月も去りて六月の雨

まだ青き葡萄の核に雨ふらばむらさき淡く染み出ずるなり
 

疑問の食べ物

 投稿者:夕夏  投稿日:2019年 6月 6日(木)07時13分49秒
  びーるてにやきゅうかんせんがいやせきほーむらんきてあわくいおいぬ
かきごおりかたてにびーるたずさえてあじわいおえたころにはじゅーす
 

ハリマオさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月 6日(木)03時51分45秒
  いや~~、まだ六月に入ったばかりだというのに、ほんとに暑い日が続きますね^^
わが家でも先月買い換えたクーラーが今日から活躍を始めました。
まあ、アジサイの花も咲き始めてそろそろ梅雨にも入りそうなので、数日後にはまた違った蒸し暑さになりそうですが…

さてさて、今夜もようやく夜勤の休憩時間に入ったので、またこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>横文字の酒場でないが「源兵衛」が一番いいな神楽坂下

うんうん、ハリマオさんのこの歌も、自身の好きな酒場を詠うことでそこに作者自身の姿を浮かび上がらせてくる素敵な魅力の一首ですよね。

古来より、歌に地名や固有名を詠み込むことは〈賞賛〉の意味があると言われていますが、この歌もまさにそんなお店「源兵衛」への賞賛の一首のように感じます。
「一番いいな」の言葉も、口語が持つ軽さによって嫌味のない効果として見事に活きていますね。

そうですね、そんな固有名と地名の力によっても支えられた魅力の一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
神楽坂下という立地の描写もリアルな説得力として歌を背景から支えています。

ただまあ、例によって「酒場でないが」の表現にはちょっと説明っぽさを感じるので…

横文字の洒落気はないが「源兵衛」が一番いいな神楽坂下

うん、ここはたとえばこんな感じとかでまとめてみてもいいのではないでしょうか^^
「酒場」の情報は抜けてしまいますが、この歌の場合は酒場であるとの情報自体はあまり重要ではないようにも思いますし、これでもお酒が出るお店であることは充分に想像出来るとも思いますので。

でもほんと、好きなものを詠うことによって作者自身の人格もそこに見えてくる魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>わが町の書店つぎつぎ閉店す十日もまてぬ書籍の注文

こちらの歌は、Amaz●nなどのネット通販に押されて撤退していく町の書店の現状を詠った、シビアな現実が感じられる一首ですね。

たしかに、Amaz●nで注文したら翌々日には手に入りますし、しかも家まで届けてくれるのですから町の書店ではとても太刀打ち出来ませんよね。
まあ、かつては書籍ハンターとして毎日のように書店巡りをしていた僕にとっては寂しい現状でもありますが、これもまた平成とともに消えていった風景と言えるのでしょう。

そうですね、そんな町の書店の消えていった寂しさを感じさせながら時代の変化を詠った魅力の一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
作者の実感が詠われることによって、どんな説明よりも明快にその〈時代の実状〉が表現される歌の力も感じます。

ただまあ、結句の字余りは少し冗長な感じがしますし、書店とあるので「書籍」とまで言うとちょっとくどさが出てしまうようにも思うので…

わが町の書店つぎつぎ閉店す注文ののち十日もまてぬ

うん、ここはたとえばこんな感じとかでまとめてみても良いのかも知れませんね^^
こうすることで余計な言葉を排除して同じ内容をシンプルに表現出来るように思いますので。

でもほんと、「わが町」のさりげない表現などからも見えてくる作者の姿が魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>流通を改善できぬ業界の隙をついての外資の進出

うんうん、こちらの歌も、先の歌に関連して外資の進出に対抗出来ずに消えてゆく業界の黄昏を詠って考えさせられる一首ですよね。
たしかに、先の歌の書店もそうですが、外資の力が強すぎたというより古い体質を改善できずに胡座をかき続けた結果の敗北という感じもしますよね。

これも振り返ってみれば平成を詠った一首だと言えますが、作者にその意図がなくてもその歌が時代を反映している点にも興味を感じます。

そうですね、そんなその時代を生きたものだからこその実感が現れていて〈リアル〉な魅力の一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

ただまあ、この表現だとほんとにただ事実をそのまま述べただけな印象は受けてしまうので…

流通を改善できぬ業界の隙をつかれて外資進出

うん、ここはたとえばこんな感じとかで受け身の表現にするなど、もう少し表現に捻りを入れて歌の方向に近づけてみても良いのかも^^
こんな感じで四句止めにすることで「調べ(リズム)」にメリハリが出て、歌らしさが強調されてくるように思いますので。

でもほんと、事象を詠うことによってそこに生きる作者の姿が立ち上がってくる魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、今年の夏もまた猛暑になりそうですが、ハリマオさんも熱中症などにはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

夏を感じる食べ物

 投稿者:  投稿日:2019年 6月 5日(水)08時30分46秒
編集済
  ゴーヤ、オクラ、冷やし素麺、ラタトゥイユ、塩タブレット 日本の夏よ

意外性のあるものとして、塩タブレットを入れてみました。
 

 投稿者:夕夏  投稿日:2019年 6月 5日(水)07時54分21秒
  こんびにのれいとうがしのほうふさになつのふうぶつかきごおりきえ  

黒路さんへ

 投稿者:  投稿日:2019年 6月 5日(水)06時50分57秒
  返信ありがとうございます。
黒路さんの添削の「タガメ」、確かにインパクトがありますね。ダガメって何?と思いましたが。昭和の街に呼び掛けているわけではないので、詠嘆ですね。私は呼びかけと詠嘆を混同していました。調べてよかったです。拙歌には一つ嘘があって、甲虫はいたことはいましたが、買って来たものだったと思います。数十年前でも、さすがに東京の真ん中に甲虫はいなかったと思います。
 

楓さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月 5日(水)00時55分26秒
  そうですね、僕の場合もたしかに過去の恋愛がらみの場所などは立ち寄れなかったりするかも^^;
まあ、僕の場合はそんなほとんどの場所がすでに建物の形を変えたり無くなったりしてしまっていますが…

「よ」についてですが、楓さんの歌の「よ」は言われてみれば詠嘆の意味合いの強い「よ」ですね。
(一応、ご質問が呼び掛けの「よ」についてだったのでそちらの意味で読んでしまいましたが^^;)

与謝野晶子の「おとうとよ」も呼び掛けであると同時に詠嘆の意が強いようにも感じます。

間投助詞の「よ」にはそんな呼び掛けと詠嘆などの複数の効果を持たせた使われ方が多いのかも。

また、楓さんがおっしゃる「強めたりする」意味合いの「強く指示する」効果もあって、宇多氏の句などはたしかにこの意味合いが強いように感じます。

手に馴れた箸よ茶碗よ豆ごはん(宇多喜代子)

まあ、こちらも箸や茶碗を擬人化して呼び掛けてるとも読めなくはないですし、当然、語調を整える効果ももちろんありますがそこはまた助詞「よ」自体とは別の話になってきますね(語調については「や」などの他の助詞でも応用が効く使い方なので・笑)

一応、短歌文法辞典を開いてみても特別参考になるほどの記述はありませんでしたし、呼び掛けの「よ」についてもほとんどの歌人の方はとくに意識しないで使っていると思いますが、楓さんのように深く掘り下げて使ってみるのも面白いかも。

ではでは、例によって答えらしい答えにはまったくなっていないかも知れませんが、これもひとつの参考までにと云うことで♪
 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2019年 6月 4日(火)20時26分3秒
編集済
  十歳の西瓜まみれのあのころのだぁれもいない故郷の庭。

香り立つメロンを切れば椅子ひとつ君の不在にうっと声のむ
 

あたたかき

 投稿者:夕夏  投稿日:2019年 6月 4日(火)07時47分45秒
  >バス停の近くの店の  温かき焼き栗を食むバスが来るまで
>バス停の近くの店の暖かき  焼き栗を食むバスが来るまで
漢字をあまり使用しない私ですが、文節?って言って良いか判りませんが、スペースを入れて見ましたが、どちらも成立しそうなので、「あたたかき」にすればと思いました。後出しですみません。「あたたかい」だと「温かい」が・・・
 

黒路さん

 投稿者:沙羅  投稿日:2019年 6月 4日(火)00時17分5秒
  すらすらと歌ができたときはそのまま推敲せずほおってあることも多く、黒路さんのご意見を読んでなるほどと思います。

>バス停の近くの店の暖かき焼き栗を食むバスが来るまで

「暖かき」は「温かき」の間違いでしたね。
これも細かい注意力が足りません。
これは兵庫県の竹田城へ一人で行ったときの歌で、城から徒歩20分下のバス停へ駅行きのバスが来るまではまだ時間があり、「温かい焼き栗」と看板のある小さな店で焼き栗を買い、待つことも楽しんでいた時の歌で、「待ち時間すらも楽しむ心の余裕」と読み取っていただいたのは嬉しかったです。
 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2019年 6月 3日(月)10時39分1秒
  つるつるとのどごしだけでひやむぎをたのしみながらからだをひやす  

黒路さんへ

 投稿者:  投稿日:2019年 6月 3日(月)08時22分58秒
編集済
  喫茶店の連作に再度感想をありがとうございました。その場所に行くと過去に引き戻されてしまうから行かれない。黒路さんにはそんな場所はないでしょうか?人は過去を忘れないと生きていけないのかも知れません。

その後、「よ」について調べましたが、「よ」には終助詞、間投助詞、格助詞がある。
呼びかけの「よ」は間投助詞。

間投助詞には、呼びかけの他に …(だ)なあ という感動・詠嘆の意を表すものがある。

例「あら思はずや、あづまにもこれ程優なる人のありける―」〈平家・一〇〉

とんぼ、蝶、かまきり、蛙、甲虫、ザリガニがゐた昭和の街よ

拙歌の結句の「よ」は、感動、詠嘆の意で使いましたが、読者が読むと、呼びかけの「よ」に思われてしまうでしょうか?

間投助詞にはその他に、語調を整えたり、強めたりする意を表すものがある。

例「それならよ、君はよ、どうする」

「されば―、なほけ近さは、とかつおぼさる」〈源・若菜上〉

手に馴れた箸よ茶碗よ豆ごはん(宇多喜代子)

宇多喜代子先生のこの句に使われている「よ」は、呼びかけの「よ」でも、感動・詠嘆の意を表す「よ」でもなく、語調を整えたり、強めたりする意を表す「よ」ではないかと思いますがどうでしょうか?
 

楓さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月 3日(月)03時06分29秒
  なるほどなるほど、「店」の四首連作、「硝子のドア」は記憶のドアと読みましたが、実際の硝子のドアとして読むと記憶の扉との二重構成のような重奏がさらに素敵に響いてきますね。

>同じ席に老いた私が紅茶飲む 時が止まつてゐる喫茶店

こちらの歌は若かった過去の自分に対して、「老いた」現在の私を詠ったものでしたか^^;
たしかに未来の自分との邂逅と解釈するには四句目に疑問を感じていたのですが、だとすると…

十五年を老いた私が紅茶飲む 時が止まつてゐる喫茶店

う~~ん、意味的にはこんな感じとかのほうが分かりやすいですが、でもまあ、やはり昔と「同じ席に」座っているという感慨部分も捨てがたいものがありますよね。
そうですね、解説を聞いて読むと歌の筋も通っていますし、僕の「読み」が浅かっただけのようにも思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)


あと、「よ」についてですが…

与謝野晶子の「おとうとよ」は、たしかに衝撃的で心に残る呼び掛けの言葉(詩)ですよね^^
ただ、日露戦争での旅順の激戦地にいる弟を思うといった背景を持つ「おとうとよ」と比較してしまうと、やはり現代歌人が呼び掛けに「よ」を使うのは大仰過ぎるように感じてしまう難しさがあるようにも思います。

個人的には、大仰さや安易な単調さを和らげる方法として初句での「よ」や、結句の一番最後の「よ」を避けるというのが無難なようにも感じますが。

>とんぼ、蝶、かまきり、蛙、甲虫、ザリガニがゐた昭和の街よ

そうですね、楓さんのこの歌の場合なら…

とんぼ、蝶、タガメ、ザリガニたちがゐた昭和の街よ また逢いましょう

う~~ん、これもどうかとは思いますけど、たとえばこんな感じとかで少し捻りを入れてみるとか^^
あと、物ならべの歌の場合は、やはりひとつは意外性のある物を入れないと面白味が出ないかと思うので、チョイスに工夫が必要かと思います。
(タガメでもまだちょっと意外性は弱いですね)。

まあ、例によって例外はいくらでもありますし、一概に言えることでもないので、これもひとつの参考までにと云うことで♪
 

沙羅さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月 3日(月)01時57分37秒
  いや~~、速いもので、いつのまにかもう六月に入ってしまいましたね^^
そろそろ梅雨入りも近いかも知れませんね。

さてさて、そんな六月始めのこの頃ですが、今夜もまた夜勤の休憩時間に入ったのでこちらのみなさんの歌に少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>半年で新しき店がまた閉づるその繰り返しの駅前通り

うんうん、沙羅さんのこの歌も、繰り返し閉店する駅前通りの店舗を詠ってその地域の〈リアル〉を伝える魅力の一首ですよね。
たしかに、どんな店が入っても客足が伸びずに閉店してしまう場所ってありますよね。

おそらく立ち寄りづらい立地だったりするのでしょうけれど、そんな閉店を繰り返す店舗への事実を事実としてそのまま表現したドライな視線が、それ故に揺るぎない現実として浮かび上がってきます。
その地域を詠うことでそこに住む作者の姿が立ち上がってくる短歌の特性がよく現れた一首でもありますね。

ただまあ、四句目の「その繰り返しの」はちょっと説明っぽい感じがするので…

半年で新しき店また閉づるもう四度目の駅前通り

うん、ここはたとえばこんな感じとかでまとめてみても良いのかも知れませんね^^
おなじ「繰り返し」でも、回数などを入れることでぐっと具体性が立ち上がってくるようにも思いますので。

でもほんと、事実ゆえの力強さが感じられる静かな魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>荒物屋は今は一番古い店埃だらけの物があふるる

こちらの歌も、埃だらけの物があふれる荒物屋を詠って、その店が辿ってきた歴史を感じさせてくれる魅力の一首ですよね。
商品自体は古くなって価値を損ねてしまっているかも知れませんが、お店自体の存在価値はむしろ古くなることによって高まってゆくのでしょう。

そうですね、そんな万葉集などの古典文学にも共通する〈古き物〉の魅力を感じさせてくれますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
重ねられる歴史が価値となっていくことの魅力。

ただまあ、この上の句はちょっと説明っぽさが出てしまっているように感じるので…

商店街の一番古い荒物屋 埃だらけの物があふるる

うん、ここはたとえばこんな感じとかでまとめてみても良いのかも知れませんね^^
同じ初句字余りでも、七音のほうがゆったりとした「調べ(リズム)」で納まりはいいように思いますので。

でもほんと、荒物屋の辿ってきた日々の記憶まで見せてくれるような素敵な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>駐車場だけは今でも使はれる閉店ののちのショッピングモール

こちらの歌も、閉店したショッピングモールのその後の姿を詠って静かな魅力の一首ですよね。
僕の住む地域でもいろいろな商業施設が登場しては消えていきますが、駐車場だけはそのまま利用されるという場所も多いですね。

そうですね、そんな栄華と滅亡のような姿を見せて魅力の一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
滅びたものが見せる黄昏の光景。

ただまあ、三句目を「使はれる」でまとめてしまうとちょっとそのまま過ぎて詩情が薄れてしまうようにも感じるので…

駐車場だけは今でも使はれて閉店ののちのショッピングモール

うん、ここはたとえばこんな感じで「使はれて」としても良いのかも知れませんね^^
三句目の最後の助詞に「て」を用いると下の句が萎んでしまいやすいと言われますが、この歌の場合はこちらのほうが捻りが生まれて良いように感じますので。

でもほんと、あるがままを詠って作者の視点から個性を感じさせる魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>バス停の近くの店の暖かき焼き栗を食むバスが来るまで

うんうん、こちらの歌も、出先でのバスの待ち時間を楽しむ大人の女性らしい余裕が感じられて素敵な一首ですよね。
キャンディやお菓子ではなく、栗であるというチョイスが伝えてくれる様々なものが、歌の濃さとなって現れています。

そうですね、そんな何気ない日常の中に歌の題材となる〈楽しみ〉を見いだす心の豊かさが感じられますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
食という欲望を純粋に楽しむことも、人生の美しさのひとつですよね。

ただまあ、「暖かき」は栗があたたかいのなら「温かき」のほうが良いかも…

バス停の近くの店の温かき焼き栗を食むバスが来るまで

うん、こんな感じで^^
あるいは「温かき」の代わりに「購(あがな)ひし」とかの少し捻った表現の言葉を入れてみたりしても良いかも知れませんね。

でもほんと、待ち時間すらも楽しむ心の余裕が魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)



>魚の棚の店はほとんど休みの日飛び跳ねてゐるカレイも見えず

「魚の棚」は、「うおんたな」や「うおのたな」などと呼ばれる兵庫県明石市にある商業地区のことだそうですね。
水上げされた新鮮な魚介類を売り物としているとのことですが、この歌ではどうやら連休などの休日に行かれたようですね。

そうですね、そんな休日でほとんどの店がお休みという少し残念な状況が逆に歌の魅力として活かされていますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
失恋歌や挽歌などもそうですが、作者自身にとって残念な状況ほど歌としては魅力的な内容になることもあるのですよね。

下の句の展開も普段の「魚の棚」の光景を見せてくれて、意外性のある見事な表現になっていると思います。

ただまあ、僕のように「魚の棚」を知らない者にとってはちょっと意味が把握しにくい歌でもあるので…

「魚の棚」の店はほとんど休みの日飛び跳ねてゐるカレイも見えず

うん、ここはせめてこんな感じで鉤カッコなどをつけて場所の名前であることの手掛かりでも残しておいたほうがいいかも^^
こうすることで、歌の構成も見えやすくなって一首がさらに引き立つようにも思いますので。

でもほんと、目の前には存在しないカレイの姿まで見せてくれる歌の魅力を感じますし、これもひとつの参考までにと云うことで(笑)

ではでは、朝晩と日中の気温差も大きい時期ですので、沙羅さんも風邪など引かないようにくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

★前回の投稿作品★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2019年 6月 3日(月)00時00分48秒
  前回のお題『水辺の生き物』に、みなさまから投稿していただいた作品です。
Yahoo!トピック終了にともない、これからはこちらで投稿作品の発表をさせていただきますね。

★前回の投稿作品★
お題『水辺の生き物』(敬称略)

夕夏

つがいがもちいさなみなもりちゃくすいひしょうすがたもまるではりあー

みずすましやまかげうつすみなもからかくれておくれにごりのなかへ

かきつばたみずべでしょうぶともにありあやめたりないあらそうみずべ

すいちゅうをすばやくうごくかげのありみなもうきでるうをいちわみゆ

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ハリマオ

ようやくに育ち始めた稲の間に紅い腹見せ井守が二匹

交尾終えおしりの先を池につけ卵を落とす銀やんまのママ

音立てて飛び込むはずもない蛙それでも立てるわが聞き耳を

多摩川の岸辺にブルーのテント張るあれも新種の水辺の生物

金魚A金魚Bあと大ぜいの目高群れなす我が家の蓮鉢

多摩川の二子橋下で鮎釣れたという噂を信じていいかな

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理科室でカエル解剖してみせたきみの冷たい顔忘れない

この街に昔たしかに蛙ゐた 高層ビルはまたひとつ増え

「ザリガニが池にゐたね」と語り合ふ 同級生だと知つた店主と

とんぼ、蝶、かまきり、蛙、甲虫、ザリガニがゐた昭和の街よ

じゃんけんで負けて蛍に生まれても燃えつきるまでひとは光って

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さくら

ペリカンは何悲しくておのが身を狂ったように掻きむしりおる

かく乱の噴火の果てに西ノ島新島となりカツヲドリ棲む

夕暮れてもうかえろうか白鷺は遠くを見つめ微動だにせず

雨の夜 川より出でし草亀はコンビニめざしあゆみゆくらし

いやなことみんな忘れて銀色の鰭ひるがえす多摩川の稚魚

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祐一

夏祭り金魚に花火夜店の灯浴衣で行き交う海岸通り

無理なのに蟹の母さん教えてる横に歩かず前に歩けと

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つばき

告白もなしし水辺のアメンボウ
つかず離れず漂う水面

この海にジンベイザメの
住むと言う藍青ブルー残波の岬

原色の魚群れなすサンゴショウ
転がるように陽の球落ちる

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かんぱち

眼裏にありてほほゑみ浮かび来る小鴨の行進愛しく哀し

羽もちて蜻蛉のお尻水につけ「さあお飲み」とは勘違いの頃

ビリビリと羽を震はす蜻蛉さんたくさんお飲みとお尻を水へ

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