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日本語は天才である(7)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2018年 7月10日(火)16時07分52秒
           「日 本 語 は 天 才 で あ る」(7)

[1]「牛耳(ぎゅうじ)る」
「牛耳る」という言葉があります。広辞苑(第7版)によると、「首領となって、組織を意のままに操縦する」という意味です。例として「会社を牛耳る」を挙げています。国語辞典(三省堂)では、「思うままに支配すること」と解説しています。
一部の政治家の中には、議席さえ維持できれば信念や公約はたちどころに翻し、さっさと次のバスに乗り換えるという、常人には真似のできない独特の素質があるようです。海千山千の猛者がわんさといる中を巧みに泳ぎわたる能力がないと、あの世界では生きていけないに違いありません。権謀術数がうずまく政治の世界を、マスコミはしばしば戦国時代に例えますが、戦国時代の領主たちは、誠実で確固たる信念がありました。現代の一部の政治家などと一緒にされたら迷惑だと、彼らはあの世で憤慨していることでしょう。
国中が戦国状態にあった中国の春秋戦国時代では、覇者の地位を求めて攻防が繰り返されましたが、その動きの中で彼らは、しばしば近隣の諸国と同盟を結び結束を固めました。王たちが集まって同盟を締結することを「会盟」といいい、誓った内容を石や玉に書いたものを「盟書」といいました。
文献によると、同盟を結ぶ時にはまず盟書を読み上げて内容を確認し、次に神に捧げる牛の耳にナイフを入れて生き血を取り、それを全員が唇に塗って、盟主のもとに団結し、裏切らないことを誓い合ったそうです。ある団体や組織の中で主導権を握って行動することを「牛耳を執る」、またはそれを縮めて「牛耳る」というのは、この時の同盟の主催者が、生けにえとする牛の耳をつかんで会場に入り、みずから牛の耳に刃物をあてて生き血を取ったことに由来する表現です。
現代の政治家どもに教えてあげたい「金言」ですね。

[2]「河」と「川」
水の流れる道を「かわ」と言いますが、これを漢字で書くと「川」と「河」がありますね。「河川(かせん)」という言葉があるくらいですから。この「川」と「河」の違いを考えてみました。
広辞苑によると、「川」も「河」も、「地表の水が集まって流れる水路、河川」と素っ気ない解説です。つまり「川」と「河」を区別していないのです。手許の和英辞書で調べてみると、単に「a river」と書いてあり、英語でも「川」と「河」を区分していないことが分かります。
しかし常識的に考えると、日本語で「川」は比較的に小さい、または短い「かわ」で、「河」は大きな、または長い「かわ」を指すでしょう。その証拠に、NHKの1年間の長期ドラマは「大河ドラマ」といい、「大川ドラマ」とはいいません。人工的な大きな「運河」も「運川」ではありません。
ところが、世界地図帳で調べてみると、あの世界一長い「アマゾン」さえ「アマゾン川」で、「アマゾン河」ではありませんし、エジプトのど真ん中を流れる「ナイル」も「ナイル川」です。世界中の「かわ」で「河」を名乗っているのは、中国の「黄河」だけです。そうすると、日本語でなぜ「川」と「河」の2つの文字があるのか不思議ですね。
同じく自然現象を表すことば(二字熟語)に「森林」「湖沼」「道路」などがあります。広辞苑によると、「林」とは「「樹木の群がり生えたところ」とあり、一方の「森」とは「樹木が茂り立つところ」とあり、ほとんど同じ意味です。しかし常識的には「林」は樹木がせいぜい10本ほど小規模に生えているところ、一方の「森」はそれより大規模に樹木が群がり生い茂っているところの意味ですね。
「湖沼(こしょう)」も、「沼」は比較的小規模の水のたまり場で、一方の「湖」は「海」にも匹敵するほどの広い面積のものをいう言葉です。「ミシガン湖」「琵琶湖」などがそうです。
一方、「道路」の「路」は「路地」という言葉があるように車も通らない小幅で短い道のこと、一方「道」は一般的に長い「みち」を表します。
このように、同じことを意味する言葉が2つもあり、その区分がはっきりしないのも、日本語の特徴でしょうか。その他では「温暖」「寒冷」などもあります。
ところで、「海」と「湖」の違いをご存じでしょうか。私のシロート知識では、「海」は、太平洋、インド洋、大西洋、北極海、南極海をはじめとして世界中の海とつながり、すべて塩水です。それに対して「湖」はこれら海とのつながりがなく(川でつながっていることは多い)、単独で存在します。基本的には「淡水」ですが、塩水湖もあります。
一方、「湖」であるにも関わらず「海」と名乗っているものが私が調べた限りでは世界に2つあり、その代表が「カスピ海」。ロシア、アベルバイジャン、イランなどに囲まれた日本全体より広い大面積で、しかも塩水湖。なぜ「湖」なのに「海」でしょうか。その理由はもともと「海」だったものが、太古の昔、地殻変動で世界の海と隔離されて、「湖」となったからだそうです。

[3]「小」(こ)
「小春日和」(こはるびより)という言葉がありますね。これを「春の温かい日」と思っている人も多いと聞きますが、本当の意味は「10月(秋)ごろの温かい日」のことです。この場合の「小」とはどういう意味でしょうか。広辞苑によると、「小」とは「小さい」という意味のほか、「いうにいわれない、何となく、の意を表す」と解説してあります。つまり、季節は「春」ではないが、まるで「春のような陽気」のことです。
「小京都」(こきょうと)という言葉もあります(広辞苑には載っていない)が、これは「金沢市(石川県)」のことを指します。つまり、「まるで京都のような風情の街」という意味です。一方では「小江戸」(こえど)という言葉もあります。これも「まるで江戸のような風情の街」という意味で「川越市(埼玉県)」を指す言葉です。
最近の新聞で「小尾瀬」(こおぜ)という言葉を初めて目にしました。これは「玉原高原(たんばらこうげん)」(群馬県)を指すそうです。玉原高原には尾瀬と同じく水芭蕉が繁茂しており、「まるで尾瀬を思わせる光景」という意味でしょう。そうなると、「小○○」という言葉は今後、数多くでてくるかも知れませんね。「小橫浜」(こよこはま)など…。

《追記》 ここまで書いたところで、念のため広辞苑とインターネットで再確認してみました。「小京都」は「こきょうと」と読むとばかり思っていましたが、正解は「しょうきょうと」でした。しかも、「全国京都会議」というものがあり、全国で約40の市町が参加し、「小京都」を名乗っており、肝心の金沢市は脱退したそうです。一方、「小江戸(こちらは「こえど」と読む)サミット」もあり、川越市のほか栃木市、厚木市、彦根市など6市が参加し、共同活動をしています。
しかしいずれにせよ、本命は「小京都=金沢市」、「小江戸=川越市」でしょう。なぜ「小京都」は「しょう」で、「小江戸」は「こ」でしょうか。「きょうと」は「音読み」だから「しょう」、「えど」は「訓読み」だから「こ」? 私も頭が混乱してきました。
                      平成30年7月11日  古賀幸治
 
 

日本語は天才である(6)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2018年 6月10日(日)11時15分2秒
        「ハイネケン」(誤) → 「バドワイザー」(正)

4月21日に配信した「中欧4か国を往く」の中で、思わぬ落とし穴(ミス)がありましたので、このテーマについて再度とりあげます。

第1ステップ=本文の中で、ツアーガイドの説明を基にして、「チェコが現在のラガービール発祥の地であり、一人あたりのビール消費量は日本の3倍である。『ハイネケン』はもともとチェコの地ビールのブランドであったが、この会社で修行した人が『渡米』してビール会社を設立し、勝手に『ハイネケン』と名乗ったことから国際的な裁判になった」と書きました。

第2ステップ=これに対して、複数の読者から、『ハイネケン』はオランダの会社だから、『渡米して』ではなく『オランダに渡って』が正しいのではないかと指摘がありました。
私は翌月号で、「私も『ハイネケン』がオランダの会社であることは知っているが、ツアーガイドは『渡米して』とはっきり表現した。設立したビール会社が「アメリカ」か「オランダ」かは、(1)ツアーガイドの勘違い、(2)私(古賀)の聞き違い、(3)創業地はアメリカで、その後なんらかの理由で会社がアメリカからオランダに移転した、のいずれかではないか。その経緯を知っている人は是非情報をご一報ください」とお願いしました。

第3ステップ=早速、Iさん(西東京市)、Aさん(東京・世田谷区)、私の長女R子(長野市)から情報が寄せられました。3人からの情報は表現に多少の違いはありますが、内容はほとんど一致していました。それによると、『ハイネケン』は間違いで、『バドワイザー』のことではないか、というものでした。つまり、チェコの地ビールのブランドは『バドワイザー』で、ここで修業した人が『渡米』してアメリカで会社を設立し、『バドワイザー』を名乗ったことから国際的な裁判になった、というものでした。特に実際にチェコに行ったことがあるR子からの情報では、『バドワイザー』のチェコでの読みは『ヴァードヴァー』で、世界中でもっともおいしいビールの一つであるとのコメントもありました。
『バドワイザー』は今もアメリカを代表するビール会社ですから、すべての点で矛盾がありません。とんだことでお騒がせしました。お詫びして訂正します。
私の結論は、この件はツアーガイドの勘違いで、正解は『ハイネケン』ではなく『バドワイザー』でした。これにて一件落着。

          日 本 語 は 天 才 で あ る (6)

[1]財産のシンボルだった「貝」
この欄でお馴染みの日経新聞2月25日づけ「遊遊・漢字学」(筆者は漢字学者・阿辻哲次さん)を大幅に短縮・再構成して掲載します。
《惚れた女が望むなら、少々の無理をしてでも何とかかなえてやりたいと男なら思う。しかし、その要望が絶対に不可能なら、そんな要求などいっさい相手にしない方がよい。
まさか月世界から来た女とは夢にも思わないから、貴族たちが求婚したところ、かぐや姫は「黄金を茎とし、白玉を実としてたてる木」とか、「龍の首の五色に光る玉」とか、実に無茶苦茶な要求を出す。「竹取物語」のこの一節を読むたびに、私は男という生き物がどうしようもなく悲しく感じられる。
このかぐや姫が出す無理難題の一つに、「燕(つばくらめ)のもたる子安貝」というのがある。子安貝は熱帯から亜熱帯の海に生息するタカラガイのことで、姫はさらに、燕の巣の中にあるそれが欲しいという。そんな無茶をいう女とは、さっさと縁を切るのが正解だ。
平安時代の日本人は、「こやす貝」など恐らく見たこともなかっただろう。だが見たこともない貝の名前がなぜ物語の中に登場するのか。それは中国からの伝承であろう。
「貝塚」が示すように、貝は古代では重要な水産資源だったが、同時にまた「財産」の象徴でもあった。だからこそ「財」や「貴」「貧」「賤」「貯」など『貝』にによって意味を与えられる漢字には、金銭や地位・身分などに関係するものが多い。
しかし「貝」なら何でもよかったわけではない。近くの川や池、または浜辺でたやすく手に入る貝が財産の象徴になるのであれば、誰だって大金持ちになれる。しかし、古代中国で財産の象徴として使われた子安貝は、はるか数千キロ離れた東南沿海地方から黄河流域にまで運ばれた、貴重品中の貴重品だった。
江南省安陽市郊外から発見された殷時代の墓からは、七千枚近くの大量の子安貝が出土した。もしかぐや姫が殷時代の中国に降臨していたならば、地上人の妻となっていたかも知れない》

[2]「有田焼と伊万里焼」、「陶器と磁器」
私は九州・佐賀ののどかな農村で、10人兄弟の9番目の子として生まれ、18歳の高校卒業まで佐賀で育ちました。東京に出て卒業したW大学の創立者・大隈重信侯も佐賀出身で、卒業と同時に入社し定年まで在籍、その後も5年以上にわたってビジネス関係にあった大手事務機メーカーR社の創業者・市村清も佐賀出身です。親類のほとんどが今も佐賀を中心に九州に住んでおり、私も1年に1~2回は佐賀に帰省します。こう考えると、18歳以後の大半を東京と横浜で生活しているとはいえ、私は一生佐賀とは縁が切れない「さがんもん」です。そこで、今回は佐賀にまつわるお話をしましょう。

佐賀県は、福岡県と長崎県に囲まれた人口約90万人の小さな県ですが、吉野ヶ里遺跡、唐津(風光明媚で「くんち」と「唐津焼」が有名)、嬉野温泉、祐徳稲荷神社、名護屋城址(秀吉の朝鮮出兵の拠点)、世界バルーン大会、サガン鳥栖(サッカーJ1)、佐賀牛、むつごろう、などいくつかの有名な観光地や産物のなかで最も有名なものの一つが「有田焼」でしょう。
数年前に新聞か雑誌で「佐賀県には『有田焼』と『伊万里焼』がある」という記事を読んで驚いたことがあります。多くの人が誤解しているようですが、「有田焼」と「伊万里焼」は呼称が違うだけで、本当は同じものです。有田焼は、16世紀末、豊臣秀吉が朝鮮出兵のおり、朝鮮から連れてきた陶工・李 参平(日本名・金ケ江三平)が磁器に適した「石」を発見し、有田磁器が生まれました。李は有田焼の「陶祖」として陶山神社に祀ってあります。
このように有田はわが国の磁器の発祥の地です。やがて有田焼がその美しさからヨーロッパで絶大な人気を呼び、輸出が盛んになりました。有田は海に面していませんから、隣接する伊万里港から欧州に大量に輸出されるようになり、海外ではいつの間にか「伊万里焼」と呼ばれるようになったのです。
多くの場合、「陶磁器」とひとくくりに言いますが、「陶器」と「磁器」は材料がまったく違うことをご存じですか。まず「陶器」は「粘土」をこね、轆轤(ろくろ)を回して形を作り、炉で焼きます。一方の「磁器」は特殊な「石」を砕いてこねて形を作り、焼きます。原料は「粘土」と「石」と、まったく違うのです。一般的には、厚手のごわごわした感じの器は陶器、薄手で透明感のある器は磁器です。有田焼はほとんどが磁器です。なのに、毎年4月から5月にかけて開かれる全国的に有名な有田焼の大々的な展示・即売会をなぜ「有田『陶』器市」というのでしょうか。
私自身も以前から疑問に思っていましたので、先日よせばいいのに有田観光協会に電話で問い合わせしました。担当者の回答は次のようなことでした。「陶器市」と呼ぶ理由の一つは、多くの人は「陶器」と「磁器」を合わせて「陶器」と呼ぶことが多く、「瀬戸物」と呼ぶこともある。二つ目は、有田陶器市は有田焼以外の陶磁器も展示・即売する…とのことでした。何とも釈然としない回答でしたが、これ以上問い詰めるのも大人気(おとなげ)ないと思って、それ以上は追及しませんでした。
ちなみに、同じ佐賀県の有名な唐津焼は典型的な「陶器」です。
そういえば、「陶芸家」という言葉はありますが、「磁芸家」という言葉は聞きませんね。
ご参考までに、わが家の食器・花器はほとんど有田磁器(主として香蘭社)です。

[3]「~しなさい」
本欄の常連投稿者であるHさん(我孫子市)からの、思わず「なるほど!!」と思う投稿です。
《「~なさい」は、通常は「~すること」を指示(または命令)する場合に用いる言葉ですね。「勉強しなさい!」「我慢しなさい!」など。ところが、次の2語は、そうではない使われ方です。
(1)「お帰りなさい」…外出先から帰宅(または帰社)したとき、戻って来た人が「ただいま(戻りました)」と声をかけると、中にいる人が「お帰りなさい」といいますが、これなんか、「指示」ではなく、歓迎とねぎらいの意味合いですよね。
(2)「おやすみなさい」…今から自分が就寝しようとするときに「おやすみなさい」という言い方をしますが、これなんか、相手の人に対して「もう寝ろよ!」と指示命令しているのではなく、「私はもう寝ますね」のつもりで言っている表現ですね。ただし、「おやすみなさい」は文法形式でみると「指示命令形」にあたるので、目上の人に対してこの言葉を使うと気分を害する人もいるかも知れないので、「お先に休ませていただきます」と言った方が無難だと、どこかで読んだ記憶があります》。  《古賀記》 なるほど! 私も気がつかなかった不思議な「日本語」ですね。

                平成30年6月11日   古賀 幸治
 

日本語は天才である(5)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2018年 5月11日(金)16時16分4秒
          「日 本 語 は 天 才 で あ る」 (5)

[1]「膾炙」(かいしゃ)
世間に広く知れわたることを「人口に膾炙する」といいますが、その語源について、本欄でおなじみの日経新聞1月14日づけ「遊遊・漢字学」(筆者は漢字学者・阿辻哲次さん)から大幅に割愛して転載します。
《今のもっともポピュラーな肉料理がバーベキューやビフテキであるように、古代の肉食でも最初に行われたのは肉を直火(じかび)で焼いて食べる方法で、漢字ではこれを「炙」で表す。「炙」は《月》(ニクヅキ)と《火》からなり、まさに火の上に肉をかざした、そのものずばりの字形である。
この漢字を使った成語に「人口に膾炙する」がある。これは孟子の表現で、「膾」は動物の肉を生で食べる料理だから、「膾炙」とは要するに肉の刺身と焼き肉のことである。「膾」と「炙」はいつでも人々が賞味する美味な料理の代表だから、そこから、誰かの素晴らしい行動や優れた詩文などが多くの人に讃えられ、世間に広く知れ渡ることを「人口に膾炙する」というようになった。
この「膾」を使った成語でよく使われるものにもう一つ、「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」がある。「羹」は肉や野菜を煮込んだスープのことで、熱いスープをすすって口にやけどをした人が、それに懲りて、膾のように冷たい料理をわざわざ吹いて、冷ましてから食べようとする、つまり一度の失敗に懲りて、それ以降はばかばかしいまでの注意をすることをいう》

[2]「敬称」の不思議
昨年11月号でも取り上げたように、日本語は世界中の言語と比較して、よく言えばもっとも多様性・柔軟性に富んだ言語、悪く言えば「複雑怪奇」な言語でしょう。その一つに「敬称」(尊称)があります。「様」「さま」「さん」「殿」「氏」「先生」「君」「くん」「ちゃん」…上司や先輩に「君づけ」するなど使い方を間違うと、とんでもないことにもなりかねません。このうち、この数年の間に大きく変わったのが「氏」と「さん」です。かつて一昔前は女性に「氏」をつけることはありませんでした。ところが最近の新聞などでは女性を「○氏」と呼ぶことが多くなりました。主として政治家・経営者や学者などが対象です。「野田聖子氏(政治家)」「小渕優子氏(政治家)」「南部智子氏(DeNA社長)」「寺田千代乃氏」(アート引越センター社長)、「小保方晴子氏(科学者)」…。
一方で、スポーツ選手などには敬称をつけません。テレビで「次のバッターは○さんです」などあ
りませんし、日常会話で「氏」を使うことはありませんね。「○△『氏』が~と言った」などと言うことはありませんし、人を呼び止めるとき「○△『氏』!」ということもありません。
最近の新聞の死亡記事を丹念に調べてみました。日経新聞の死亡記事を私なりに分類すると、「一般ニュース」「死亡告知」「追想録」に分けることができます。「一般ニュース」とは、政治家・経営者・文学者・スポーツ選手などを問わず、有名人が亡くなったときにニュースとして大きく報道される記事、「死亡告知」とは社会面の最下欄に小さく「氏名・役職・告別式の日時場所」などを最小限に記載します。「追想録」とは職業などを問わず、死亡した「大物・有名人」の経歴や社会的貢献などを物語風に記事(毎週金曜日)にします。この場合に、「一般ニュース」と「追想録」では、同じ人物が「氏」と呼ばれたり、「さん」づけされたりします。例えば、「野中広務『氏』(もと官房長官)が死去」、「豊田達郎『氏』(もと豊田自動車社長が)死去」、一方では「早坂曉『さん』(「夢千代日記」などの作家)が死去」と報道されました。一般ニュースでは、政治家や経営者は『氏』ですが、文化人などは『さん』づけ。ところが「追想録」ではそれぞれ「野中広務『さん』」、「豊田達郎『さん』、「早坂曉『さん』」になります。
最近の大ニュースとしては「星野仙一『さん』が死去」と新聞報道。ところが後日の新聞報道では「星野仙一『氏』の背番号77が永久欠番に」とありました。
一方、社会面最下欄に小さく載る政治家や経営者の「死亡告知」では、同じ日本人・外国人でも男性は「氏」、女性は「さん」づけされることが多いのです。「真屋順子『さん』(「欽どこ」の母親役)が死去」、「フランス・ギャル『さん』(「夢見るシャンソン人形」で知られるフランス歌手)が死亡」。そう考えると、女性に対する敬称は、存命中は『氏』、死亡後は『さん』でしょうか。
一方で、皇族の皆さんには「さま」をつけますね、しかも漢字の「様」ではなく「ひらがな」で。「天皇さま」「美智子さま」、最近では「真子さま」。私たちが手紙を書くときは「様」と表記し、「さま」とは普通書きません。「さま」と「様」はどう違うのでしょうか。
英語圏での敬称について旧友のGreg(アトランタ在住・米国籍)に問い合わせました。彼からは丁寧な回答がありました。それによると…
(1)日本では男女共通の敬称として『氏』が使われているようだが、アメリカでは男女共通の敬称はない。未婚女性(Miss)と既婚女性(Mrs.)を合わせた「Ms.」はあるが、男性にはない。最近では性転換をした人が多くなったが、この人たちには転換後の性(男か女か)で呼んでいる。
(2)男女共通の職業は、人種差別や性差別に敏感なため、いろいろな呼び方がある。businessman→businessperson、fireman→firefighter、housewife→homemaker、anchorman→anchor、policeman→policeofficerなど。
《古賀の主張》 このようにわが国で敬称がこの数年で大きく変わったのは、文化庁の行政指導によるもではなく、恐らく新聞・テレビなどメディアが申し合わせたものでしょう。特に新聞紙上の『氏』と『さん』の使い分けは理解不能です。日本語の敬称はいよいよ複雑になり、外国人にとってはほとんど理解不能でしょう。私は、職業、男・女、生存中・死後を問わず『さん』づけが簡潔・明瞭で、しかも生前の社会的地位や身分による差別もなく、もっとも正しい敬語だと思います。

[3]「男」と「男性」
これは「敬称」とは直接関係ありませんが、新聞などメディアは「男(女)」と「男性(女性)」を使い分けますね。
《○日深夜○時ころ、○駅前の歩道で、○歳くらいの「男性」が、○歳くらいの「男」に刃物で刺され、○円入りの財布を奪われた。その際、「男性」は重傷を負い救急車で病院に搬送され、犯人と思われる「男」は駅の反対方向へ逃走し、警察が行方を追っている》
このように、被害者(と思われる)人は「男性(女性)」で、犯人(と思われる)人は「男(女)」と表現されます。「男性」と「男」は日本語としてどう違うのでしょうか。広辞苑によると、「男性」も「男」も「一方の性である男子」とあり、同じ意味であることが分かります。
このことについても、前記のGregに問い合わせました。彼からの回答は『日本では犯人(容疑者)」を「男」、被害者を「男性」と器用に区分しているようですが、何となく言葉の遊びのようですね。米国の新聞などでは、犯人(容疑者)・被害者とも男性は「Man」、女性は「Woman」と書いています』。
                 平成30年5月11日  古賀 幸治
 

中欧4か国を往く

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2018年 4月21日(土)09時37分13秒
           中 欧 4 か 国 を 往 く

3月13日から22日まで10日間、中央ヨーロッパに行きました。中央ヨーロッパ(中欧)とはどの国を指すのか正式な定義はないと思いますが、手許にあるガイドブックでは、「ドイツ」「ポーランド」「チェコ」「スロバキア」「オーストリア」「ハンガリー」の6か国を指すようです。今回は行った順に、ドイツ(旧・東ドイツ)⇒チェコ⇒オーストリア⇒ハンガリーの4か国です。私にとっていずれも初めての国(旧・西ドイツには行ったことがある)で、以前から一度は行ってみたいと強く願っていたところです。今回、その願いがようやく叶いました。しかし、なにしろ遠かった。成田→ドイツ・ハンブルク(帰りはブダベスト→成田)、途中のドバイ乗り換え時間を含めていずれも片道20時間以上。あのとても狭い機中での苦痛の20時間、地球を半周する旅は気力と体力を試すものですね。機内では、「タダ酒」(ビール・ワインなど)を飲めるのが唯一の楽しみ…。
この旅行記は、読者の皆さんにもこの感動を共有したいとの思い以上に、私にとって一生の思い出として記憶に残すために書いたものです。今回のツアーの特色は「中欧4か国『芸術』紀行」の名のとおり「芸術」(主として名画)を観賞する機会が多いのが特色でした。
書く順序は、まず全般に通じることに触れ、次に行った国(都市)の順に書きとどめます。

《まず4か国の概要》
「ドイツ」 面積=36万?(日本の94%)。人口=8270万人(日本の65%)、首都=ベルリン。
「チェコ」 面積=8万?(北海道並み)、人口=1020万人(日本の8%)、首都=プラハ。
「オーストリア」 面積=8万4千?(北海道並み)、人口=820万人(日本の6%)、首都=ウィー ン。
「ハンガリー」 面積=9万3千?(北海道よりやや大)、人口=1010万人(日本の8%)、首都= ブダペスト。
いずれもEUに加盟し、今は国境検問所(入出国審査)はなくノンストップで通行できますが、まだその遺物(建物の一部など)が残っており、ここで働いていた人たちはEU加盟の犠牲者で、うまく転職できたのだろうかと、私は妙な心配をしました。
各国の通貨は、ドイツとオーストリアは「ユーロ(?)」ですが、チェコとハンガリーは今も自前の通貨。ほとんどの店でユーロも通用しますが、おつりは自国の硬貨ですから、日本に持ち帰っても無価値(円に戻すことはできない)、どのようにして使い切るかに苦労します。

《厳寒の中を歩く、歩く…》
私たちが旅行日を3月中~下旬に決めたのは、春に入り、中欧も寒さが抜けているだろうと考えたからです。ところが、中欧では大寒波が蒸し返し、プラハでは朝起きたら外は吹雪、次のオーストリアでも連日の厳寒、毎日昼間も氷点下2~5度の寒さの中での観光でした。でも出発前から情報が入っていましたので、防寒着を持参し、特に不安はありませんでした。
今回のツアーの特徴は、自由時間・自由食事(勝手に行動・食事)が多いことでした。地理もレストランも知らない街での自由行動は苦労も多かったのですが、一方では自由気ままな行動を楽しむ余裕もありました。毎日の歩く時間も多く、多い日は1日で約2万歩、ほとんどの日で1万歩以上でした。前回(一昨年秋)のモロッコの旅もそうでしたが、今回も参加者中で私が最年長でした。でも足に自信のある私は何の苦労もなく、いつも先頭を切って歩きました。(エライ!)

《中欧のクルマ事情》
私は海外行く度に、日本車がどのくらい走っているかに注目します。それが、日本とその国の関係の象徴だからです。結論から先にいうと、日本車は走行中・駐車中のクルマをふくめて、100台中1~2台(1~2%)でした。当然のことながらほとんどが欧州車で、タクシーの半数以上は、日本では高級車の代表格である「ベンツ」、あとは「VW」など。中欧では日本車はほとんど走っていません。ところが最後に行ったハンガリーでは事情が一変し、日本車が3~4割に急増します。「TOYOTA」「NISSAN」「HONDA」のほか「SUZUKI」が頑張っていました。
駐車場についても一言。中欧4か国とも、ほとんどの道路の両側に十分な駐車スペースがあり、「駐車自由・無料」です。車購入にあたって車庫証明も不要。ドライバーは見事までに整然と駐車しています。わが国に多くある「有料駐車場」はまったくありません。
日本企業の看板や商品広告も、1~2の例外を除いてほとんど見かけませんでした。経済交流の面では、日本企業は中欧に魅力がないのでしょうかね。

《ネオンサインと自販機》
中欧では、日本で氾濫する大型看板や大掛かりなネオンサインはほとんどありません。自販機もまったくありません。街の美観を損なうからでしょう。法律で規制されているのか、それとも企業が自粛しているかは私には分かりません。
特に自販機。わが国では街中いたるところに自販機が林立していますね。私は自販機ほど街の美観を損ねるものはないと思っています。電気エネルギーの浪費でもあります。私は自販機で飲み物を買うことはまったくなく、自販機がないことに何の不自由もありません。

《ハプスブルク家》
ヨーロッパの歴史を学ぶとき欠かすことができないのが「ハプスブルク家」です。長期政権で知られる日本の徳川幕府が265年、ロシアのロマロフ王朝が300年であるのに対し、神聖ローマ帝国皇帝をほぼ独占したハプスブルク家の歴史は実に650年。その間、多少の盛衰はあったものの、イギリスとフランスを除く全ヨーロッパ大陸(一時はは米大陸の一部も)を支配したのですから、世界史上、最強・最長期の王朝であったことが分かります。
神聖ローマ帝国皇帝とは、世界の歴史に疎い私にとっては、その本質を理解するのが難しいのです(もしこの記述に誤りがあればお許しください)。神聖ローマ帝国皇帝は、「古代ローマ」の復活を夢見るローマ法王(バチカン)が指名しますが、実態は有力な領主を含めた「7人の選帝侯」が選びます。建前は、ローマ法王に代わってヨーロッパ全土を統治することで、従来はドイツ皇帝が就任する習わしがありました。13世紀、ある事情で神聖ローマ皇帝に空白期間が生じました。七選帝侯は、新しい神聖ローマ帝国皇帝が強力な権力をもつことを恐れて、辺鄙な地区の小さな領土で経済力も弱く、戦力も小さなスイスの小領主「ルドルフ1世」(ハプスブルク家の初代領主)を選任しました。ところが、七選帝侯にとってこれが大誤算。ルドルフ1世は、次の戦いで圧勝し、次々に領土を拡大、その本部を辺鄙なスイスからウイーンに移し、本格的な領土拡大に取り組みました。
ハプスブルク家の統治権者は、途中スペインに移りましたが、スペイン・ハプスブルク家は「血統」を重んじた結果、近親結婚を繰り返し、精神的・肉体的な異常者が頻発し、やがて実権はウイーンに戻りました。
一般的には、領土拡大は「戦争」ですが、ハプスブルク家は違いました。戦争ではなく、政略結婚で諸領主と盟約を結び、次々と領土拡大に励みました。スペイン・ハプスブルク家が滅亡したのは、政略結婚ではなく、血族結婚を繰り返したからでしょう。
ハプスブルク家からは歴史を飾る人物が輩出しましたが、ここでは特に有名な人物だけを取り上げます。既述のようにハプスブルク家の創始者はルドルフ1世ですが、実質的な功労者は6代後のマキシミリアン1世(1459~1519)です。彼は類まれな優れた戦略家で次々と領土を拡大し、その後のハプスブルク家の基礎を築きました。
時代は大きく下って、女皇帝「マリア・テレジア」(1717~1780)と「マリー・アントワネット」(1755~1793)。マリア・テレジアは初の女帝として政治に邁進しました。しかも、繁忙な仕事の傍ら16人の子どもを生みました。現在のオーストリアの政治・経済・文化のほとんどのインフラは彼女が作ったとも言われています。市民とも親しく触れあい、今も「国母」とも呼ばれ敬愛されています。一方では、大きな悲劇にも遭遇しました。最愛の娘マリー・アントワネットの死です。政略結婚によってフランスのルイ16世に嫁がせたのですが、わがままだったこともあって国民の信頼を失い、フランス革命によって「断頭台の露」と消えたのです。ただ幸運なるかな、アントワネットの処刑時にはテレジアはすでに他界していたので、愛娘の処刑を知ることはありませんでした。
次に「エリザベート后妃」(1837~1898)。彼女は、次項で述べる皇帝フランツ・ヨーゼフのお見合い相手である姉に、面白半分についていきました。ところがフランツは妹(エリザベート)がの方が気にいり、強引に結婚することになりました。しかし結婚後、エリザベートは宮廷の古いしきたりや単調な行事に耐えられず国事を半ば放棄し、気晴らしに外国旅行に明け暮れました。彼女が心血を注いだのが「美貌」の維持でした。世界で一、二ともいわれた絶世の美女で、その維持のために、今でいうスポーツジム通い、食事制限、ミルク風呂…。3人の子どもを産む一方、身長170㎝、ウェスト50㎝、体重50㎏を維持するために、あらゆる犠牲を払いました。そして旅先のスイスで無政府主義者に暗殺されたのです。
このようにエリザベートは后妃としての重要な仕事を拒み、ハプスブルク家にはほとんど貢献していません。しかし彼女は今もウイーンでは「シシー」の愛称で親しまれ、今も「シシー博物館」があるほどです。「美女」であるだけでこのように歴史に残るとは…。
最後は「フランツ・ヨーゼフ」(1830~1916)。言わずと知れたハプスブルク家最後の皇帝。「最後の皇帝」といえども、決して愚鈍ではありませんでした。プロイセンなど大国の攻勢に立ち向かい、むしろ有終の美を飾ったといえるでしょう。彼と妻・エリザベートの間には多くの悲劇が起きました。後継者と期待した息子の情死(ピストル自殺)、メキシコ皇帝に推挙した弟の公開処刑、そしてエリザベートの暗殺…。彼が86歳の高齢で亡くなったのは第一次大戦のさなかでしたが、その前日まで政務に没頭していました。後継者もないままハプスブルク家は事実上消滅します。

《世界的芸術家を輩出》
私は、バッハやベートーベン、モーツアルト、クリムト、エゴン・シーレなどの大芸術家がどこの国の出身かを考えることはあまりありませんが、今回の旅行で、これら世界的作曲家や画家の多くが中欧諸国の出身であることを初めて知りました。前記のほか、ドボルザーク、スメタナ、リスト、バルトーク…もう数えきれません。中欧はまさに世界的芸術家を輩出する主要な地域でしょう。

[第一部] ドイツ(ベルリン、ライプチヒ、ドレスデン)
私たちはハンブルク空港に入国しましたが、ここはスルー、そのままベルリンに直行。
ベルリンといえば、何と言っても「ベルリンの壁」です。ドイツは第二次大戦の敗戦国として、戦勝国の米英仏ソによって東西ドイツに分割され、さらに東ドイツ領内にある首都ベルリンも東西ベルリンにに分割されるという二重分割にさらされました。有名な「ブランデンブルク門」(1791年建造)を境に東西ベルリンを隔てるのが「ベルリンの壁」です。高さ約3メートルに及ぶ「ベルリンの壁」は、「東」から「西」へ逃れるため多くの人が「死」を賭して挑戦し、銃殺など様々な悲劇を生みました。悲願であった東西ドイツの統一を機に、その「ベルリンの壁」が取り除かれたのは今から29年前の1989年のこと。ベルリンの壁の一部(長さ1.3㎞)は今も保存され、スプレーで描かれた絵画(世界大戦とは無関係の絵が多い。日本の富士山の絵も)で飾られています。これは新人画家の登竜門としてコンペで選ばれ、5年に1度全面的に描き換えられます。今では「ベルリンの壁美術館」として観光客の必見の場所となっています。
「ベルリンの壁博物館」のすぐ近くには「壁博物館」もあります。1961年のベルリン封鎖当時から1989年の壁崩壊まで28年間の厳重な警備の中、命がけで西側への脱出を試みた市民のドラマ(手づくりヘリコプターなど)が展示され、往時の悲劇が生々しい。
「ライプチッヒ」=旧・東ドイツではベルリンに次ぐ2番目の大都市。バッハ、シューマン、ワーグナーゆかりの地。私はここの骨董品店で古色蒼然としたビール・ジョッキ(陶器)を買いました。値段は6?(約700円)、今では毎日これでビールを飲んでいます。おいしさも今までの2倍以上(こんな安い記念品はない)。
「ドレスデン」=ここには、楽聖バッハの遺体を安置した教会があります。私は面会を求めましたが、残念ながら断られました。ドレスデンのすぐ隣町に、磁器で有名な「マイセン」があります。今回はここには行きませんでした(女房殿に高価な食器・花器を買わされずにすみ、ホッ…と)。
ライプチヒ、ドレスデンとも、重厚な中世の建物とおしゃれな近代的な建物が見事に調和し、落ち着いたすばらしい街です。

[第二部] チェコ(プラハ、チェスキークルムロフ)
年配の皆さん(私を含めて)は「チェコスロバキア」を一つの国と覚えていました。「チェコ」と「スロバキア」はもともと別の国だったのですが、1918年に合併、そして第二次大戦後にソ連型社会主義を導入し、それぞれ別の国に独立しました。国の分裂には「流血」がつきものですが、チェコとスロバキアの分離には一滴の血も流れませんでした。なお、現在の首都はチェコが「プラハ」、スロバキアは「ブラチスラバ」です。
首都・プラハ。11世紀から18世紀にかけてのさまざまな時代の様式の建築物が残るプラハ市街地区を中心に世界遺産に登録されています。日本の都市では考えられない見事な景観。プラハの代表的な名所に「カレル橋」(長さ530m、14世紀建造)があります。モルダウ川に架かるこの橋の欄干には30体の聖人像があり、その中には日本に関係の深い「フランシスコ・ザビエル」があります。でも、私が抱いていたイメージとはいささか違いましたがね。
チェコを代表する街は「チェスキー・クルムロフ」です。高台にあるチェスキー・クルムロフ城から見下ろす街全体はまさにこの世のものとは思えないほど素晴らしい景観です。モルダウ川が半円形に大きく蛇行することでできたこの半島では、屋根は薄い褐色に統一され、整然とした町並みは、「世界でもっとも綺麗な街」(世界遺産)といわれる由縁です。高層の近代建築はまったくありません。計画的な街づくりがいかに大切か、チェスキークロムロフを見ればよく分かります。日本では岐阜・白川郷の合掌づくり村くらいでしょうか。
チェコが、現在のラガービールの発祥の地で、「ビール王国」であることも初めて知りました。国民1人が飲むビールの量は日本の3倍だそうです。今では世界的なブランドとなった「ハイネケン」はもともとチェコの地ビールの会社名で、ここで修行した職人が渡米しビール会社を創立、「ハイネケン」を名乗ったことから国際的な裁判になったことがあるそうです。

[第三部] オーストリア(ウイーン)
私にとってウィーンは永遠の憧れの都でした。そのウイーンに3泊も滞在。
まずウインナ・ワルツ。今から30年ほど前、私はヨハン・シュトラウスの虜(とりこ)になりました。ほとんど毎日、レコードでウインナ・ワルツを聴きました。「美しく青きドナウ」「ドナウ川のさざなみ」「ウイーンの森の物語」「皇帝円舞曲」…。今はほとんど聴くことはなくなく、今回の旅でも、残念ながらウインナ・ワルツを聴く機会はありませんでしたが、本当に懐かしい思い出です。
もう一つ、それは「ウイーン美術史美術館」。今回の中欧の旅の最大の楽しみはこの美術館に行くことでした。私は美術鑑賞が最大の趣味で、旅行先で真っ先に行くのがその地の美術館です。これまでに世界有数の美術館のほとんどに行きました。まだ行っていないのは、「エルミタージュ美術館」(ロシア・サンクトペテルブルク)と「ウイーン美術史美術館」くらいでしたが、ようやくその夢の一つが叶ったのです。今回初めて行って驚いたのは、世界に名だたる名画が「これでもか、これでもか」というほど展示されていることでした。アルチンボルド、カラバッジオ、クラナッハ、ジョルジョーネ、ティチアーノ、デューラー、フェルメール、ベラスケス、ボス、ホルバイン、ラファエロ、ルーベンス、レンブラント(五十音順)…もう数えきれないほどの名画がところ狭しと展示されています。1日だけでは到底ムリです。
その中で私がもっとも感銘を受けたのは「ブリューゲル」です。有名な「バベルの塔」を初め「農民の婚礼」「冬の景色」などが、所せましと展示されています。超満足の半日でした。
ウイーンには「ベルベデーレ宮殿」があり、今は美術館に変身、ここには有名なクリムトの大作「接吻」があります。私も含めて、この名画をみるためツアーに参加した人も多いでしょう。幅約1m超、高さ約1.5m超のこの大作は、金箔をふんだんに使い、従来のフォルムとはまったく違う官能的な異色作です。私はこの絵の前に立ったとき、あまりのショックに気が動転しました。時間が過ぎてもこの「接吻」の前から離れることができないくらいでした。私も一生に一度くらいはこのような濃厚で目もくらむような「接…」をしたいものと…。
美術館を後にして、世界三大オペラ座(パリ・ローマ・ウイーン)の一つ、オペラ座のカフェでのんびりサンドイッチを食べ、コーヒー(ウイーンで「ウインナ・コーヒー」と頼んでも通じない)をゆっくり飲んだのも今では楽しい思い出です。

[第四部] ハンガリー(ブダペスト)
ハンガリー国民の95%が、9世紀ごろ中央アジアから移動してきたアジア系の騎馬民族・マジャール人です。ハンガリー国民は今でも自国のことを「マジャール国」と呼ぶそうです。その点が他の中欧諸国とやや異なる点でしょう。
ハンガリーの首都は「ブダペスト」。ブダペストは川幅1キロに及ぶドナウ川をはさんで、「ブダ地区」と「ペスト」地区に分かれていました。「ブダ地区」は王宮や大聖堂などが立ち並ぶ旧市街地、「ペスト地区」は行政機関などが立ち並ぶ新市街地です。昔はドナウ川を越えることは難しく、親の死に目にも会えないほどでした。それが1849年に長大な「くさり橋」(ライトアップで使われる電球が光の鎖のように見えることからそう呼ばれる、世界遺産)が完成し、「ブダ」と「ペスト」が合併し、現在の「ブダペスト市」ができました。その後も多くの橋が完成し、「ブダ」と「ペスト」は完全に統合されています。
ブダ地区には、ハプスブルク家の領地だった関係で、前記の最後の皇帝フランツ・ヨーゼフとエリザベート后妃が戴冠式を挙げた教会が残っています。私も入館しましたが、往時を偲び、その後の悲劇に思いを馳せ、感慨に浸りました。
ずばり、本当に綺麗な街です。ドナウ川を挟んで「ブタ地区」からみた「ペスト地区」も、そして「ペスト地区」からみた「ブダ地区」も、まさに一幅の絵をみるような素晴らしさです。建物も中世風と現代建築(高層建築はない)が微妙に調和し、見事です。皆さんんも、是非一度はブタペストに行ってみてはどうでしょうか。ついでに、「物価」が格別に安いことも魅力です。

《雑感1》 お土産用小袋
観光地に限らず、日本のお店では、例えば同じお土産を5個買ったら、黙っていても5個の小袋をくれますね。私はその習慣に染まっているせいか、ウイーンでお土産を5個買ったとき、近くにあった小袋を当然のように、取ろうとしました。ところが女店員は、まるで泥棒を防ぐように私を制止しました。小袋のコストは1枚せいぜい2~3円でしょう。このような小袋をなぜをくれないのかまったく理解できません。一方では「日本のおもてなしの心はすごい!」とつくづく感じました。

《雑感2》 ホテルの常備品
皆さんも多分すでに気づいていると思いますが、欧州諸国のホテルの常備品には大きな不満がありますね。その最大の不満はスリッパが置いていないことです。日本のホテルでは考えられないことです。欧州では、ホテルに着いたら寝るまで靴を履いていろ、という意味でしょうか。外で歩き疲れた身にとってはこれほどきついことはありません。もっとも、過去の海外旅行で経験済みですから、私たちはスリッパを持参しましたので、特に不便はありませんでした。

《雑感3》 訪問国の数
私は今回の海外旅行を機に、私がこれまでに行った海外の国・地域(台湾・グアムなど)を数えてみました。その結果、最初の訪問国・アメリカから始まって、今回の最後の訪問国ハンガリーまで合計32の国・地域におよぶことが分かりました。「よくぞ行ったものだ」と我ながら感心した次第。
「健康」と「好奇心」、これこそ海外旅行に欠かせない二大要素でしょう。

私の個人的な旅行にまつわる駄文・愚文におつきあいくださいましてありがとうございます。心よりお礼を申し上げます。 エッ!関心がないのでほとんど読んでいない? あっそう!!

                    平成30年4月
                     気まぐれトラベラー 古賀 幸治
 

日本語は天才である(4)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2018年 4月11日(水)09時05分39秒
           「日 本 語 は 天 才 で あ る」 (4)

[1]「スメハラ」
「セクハラ」に始まり、「パワハラ」「マタハラ」「モラハラ」など世はまさに「ハラスメント」時代です。
最新版が出たばかりの「広辞苑」にも載っていませんが、「スメハラ」という言葉が新たに登場しました。「におい」(スメル)によって人を不快にする(ハラスメント)ことです。パワハラやセクハラのような深刻な人権侵害ではないにしろ、職場の環境を損なうとの見方が広がっています。
嗅覚は五感のなかでも特別らしい。平山教授(東海大学)が昨年に出版した「『香り』の科学」によれば、視覚や聴覚などと違って嗅覚情報は大脳の別のところで処理される。ここは記憶や喜怒哀楽に関わるところ。いってみれば、「におい」は思い出や感情をじかに刺激します。
すでに前世紀のことですが、接客をなりわいとする人が「みだしなみ」の大切なポイントとして「香り」を挙げていました。「服装や髪形に劣らず、その人の印象を左右する」と。社会人とすればエチケットやマナーの一つとして日常的に気をつけなければならないのでしょう。ただ、いざ実行となると悩ましい。
自分の「におい」は気付きにくい。香水など人工的なもののほか、体質(汗など)や口臭(にんにくなどの食べ物)などが原因で、指摘を受けるまで自覚しないのが普通ではないでしょうか。その一方、よほど親しい人でも「くさい!」と告げるのは気が引けますね。ヘタをすれば人間関係にもヒビが入り職場の雰囲気を悪くしかねません。難しいテーマです。
これは職場だけの問題ではなく、電車・バス・劇場など人が集まる場所でも気になることです。私自身も気をつかっているのですが…。

[2]会社合併後の「社名」
(これは私の個人的な考えで、特定の会社を誹謗・中傷するものではありません。私の思い違いがあるかもしれません。もしそうであれば、私の無知を笑ってご容赦ください)
去る1月31日づけ日本経済新聞の記事を読んでびっくりしたことがあります。「新社長紹介」の欄に「損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険」という18文字の社名がありました。ほとんど覚えられないほどの、3社分とも思える長い社名です。まず「ジャパン」と「日本」という同じ意味の言葉が重なり、さらに「損保」と「生命保険」という異なる二つの言葉が混ざり合っています。これは、合併に合併を重ねた結果の社名でしょう。
かつて一昔前は、会社合併は業界の寡占化により公正な市場競争を妨げるとして、法的に規制されたものです。ところが現在ではそれとは正反対に「会社合併」が推奨される世の中に変わり、相次ぐ会社合併です。その主な要因は「激しくなった世界的競争に負けない体力づくり」です。
「第一三共」という大手製薬会社があります。これは「第一製薬(株)」と「三共(株)」が2005年に合併した後の社名です。私は最初、「第じゅうさんきょう」かと思いましたが、本当の読みは「だいいちさんきょう」です。多くの人は「じゅうさん」と読むのではないでしょうか。
私が思うに、このように合併前の社名を残す理由は、合併前の旧社名への愛着が捨てられないこと、社名を残すことによって一時的な客離れを防止すること、そして合併後は社長などの要職を交互に選出する約束が暗黙にあるためでしょう。
「三井住友銀行」の例をあげましょう。日本では「三井」が先で「住友」が後です。ところが国際的な正式社名は「Sumitomo Mitsui Banking Corporation」、つまり「住友」が先で「三井」が後です。これは私の邪推かもしれませんが、合併前の「三井銀行」と「住友銀行」が譲り合って国内と海外
の社名を分け合った結果ではないでしょうか。何とも姑息な内外の社名ですね。
「三菱東京UFJ銀行」も「三菱・東京・UFJ」の3つの銀行が合併にあたって現在の社名になったものです。(今年4月1日づけで「東京」が取れて、「三菱UFJ銀行」に変更)
逆に、合併前の社名を捨てて成功した例が「みずほ銀行」だと私は思います。同行は「第一勧業銀行」(その前は「第一銀行」と「日本勧業銀行」)と「富士銀行」が合併した銀行ですが、合併にあたってお互いの旧社名をきっぱり捨てて「みずほ銀行」にしたのです。合併後しばらくは社員も顧客も戸惑ったでしょうが、今や誰もが知っている「超一流のブランド」に定着していますね。
そのほかの成功例として、旧社名を捨てて大合併した会社に「JFEスチール」(川崎製鉄+日本鋼管)などがあります。

《古賀コメント》 会社合併にあたって、新社名は元の会社へのしがらみなどすっぱり切り捨てて、思い切った斬新な社名にすべきだと思います。「みずほ銀行」が、もとは「第一銀行」「日本勧業銀行」「富士銀行」だったことなど、今ではほとんどの人が知らないし、知る必要もないのです。

[3]「高齢者のクルマ運転」
2月17日づけ日本経済新聞の第一面コラム「春秋」に、「高齢者のクルマ運転」について興味あるエッセーが載りました。短縮し再編集して掲載します。
《子どもにとって、高齢期を迎えた親と語りにくい話題は何か。数年前、米国の非営利団体がそんな調査をしたそうだ。「葬儀の計画」や「家の売却」などを抑え、首位になった回答は「車の運転やめることの必要性」。およそ3人に1人が、この選択肢を選んだという。
米国のオフィスを舞台とするNHKラジオの「実践ビジネス英語」も、先ごろこの話を取り上げていた。働く世代にとって「自分の親から車の鍵を取り上げるつらさ」は、それだけ身近で切実な悩みということだ。テキストの解説記事は、運転が便利さだけでなく、生きる誇りも支えてきたがゆえの難しさを指摘している。
日本の警察庁が昨年の交通死亡事故の傾向をまとめた。総数は年々減っているが、75歳以上の「高齢運転者」による死亡事故は、この世代の人が増えこともあり高止まりしている。昨年は団塊世代が70代を迎え始めた。地方から上京して大都会に家を建て、休日にはマイカーでドライブを楽しんだ集団が75歳に近づく。
米国ではベビーブーマーの高齢化に合わせ、運転で気をつける点をネットで学び、受講者には保険料を割り引く試みが始まっている。わが国では、高齢者が免許証を返納した場合、一定の報奨金が支給される。しかし、「免許返納」だけでは抵抗があろう。タクシーの料金制度(高齢者には割引など)や、過疎地での小型バスの定期運行、買い物代行など町づくりまで、きめ細かい工夫を重ねたい》
《古賀記》 私は32歳のとき免許証をとり、生涯で4台のクルマに乗りました。うち3台はフォルクスワーゲン(VW)。しかし60歳を過ぎるころ、クルマを運転する機会が激減し、やがてクルマを手放し今は「ノーカー族」です。旅行は飛行機や新幹線を使い、買い物などは地下鉄の方がはるかに安全で便利です。大都会に住んでいると、まったく不便を感じません。
                     4月11日  古賀幸治
 

日本語は天才である(3)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2018年 3月10日(土)11時44分28秒
         「日 本 語 は 天 才 で あ る」 (3)

[1]「クリスマスはイエス・キリストの誕生日」?
季節外れですが、昨年12月19日づけ日経新聞第1面のコラム「あすへの話題」に載ったエッセー「クリスマスはイエスの誕生日?」(筆者は社会学者・橋爪大三郎さん)を一部割愛して転載します。キリスト教信者にとって失礼な部分があればご容赦ください。
《12月24日がイヴで、翌25日がクリスマス。この関係が子ども心に意味不明だった。イエスはいったいいつ生まれただろう。聖書を勉強して思った。ユダヤ歴では日没を境に翌日だ。それを午前0時で区切ったから、イヴと25日に分かれのでは。
あと分かったこと。福音書に、12月25日に生まれたとは書いてない。クリスマスがイエスの誕生日だとは、どこにも書いていない。じゃクリスマスとは何なのか。
詳しい本によると、クリスマスはもともと冬至だったらしい。ミトラ教という宗教の、冬至に死んでまた生まれる神のお祭りが人気あった。新興のキリスト教はそれにぶつけて、12月25日を「イエスの誕生日」にして祝うようになったのだと。ともかくクリスマスは、キリスト教の祝日に定着した。ギリシャ正教では1月7日に祝う。ユリウス暦12月25日にあたる日である。
アメリカではハロウィーン(10月30日)→感謝祭(11月第4木曜)→クリスマスの順に寒くなる。日本ではハロウィーンが終わるとすぐクリスマス商戦に突入。奇妙な感じだ。
クリスマスは「キリスト教的」ではないから、祝わないプロテスタント教会も多かった。クリスマスツリーは古いヨーロッパの俗信で、異教的。日本人のイメージするクリスマスのスタイルは、ニューヨークのデパートが広めたとも言う。クリスマスもバレンタインデーのように、商業主義が広まっただけのものなら、イエス・キリストと無関係に、デートスポットでホテルやディナーを予約するカップルが、クリスマスの意義をいちばん正しく理解しているのかも知れない》

[2]「老舗」「元祖」「本舗」
「老舗(しにせ)」「元祖(がんそ)」「本舗(ほんぽ)」という、似たような言葉があります。その由来を見ていきましょう。
まず「しにせ」ですが、由来は「似せてする」「真似る」という意味の言葉「しにせる」だと言われています。「しにせる」「しにせ」ともに、「先祖代々の家業を守る」「長く商売をして信用を得る」という意味があるため、「古い」「年齢を重ねて経験を積む」という意味の「老」と、「店」の意味を表す「舗」の漢字を当てて「老舗」となりました。創業何年以上なら老舗だといちがいに言えませんが、IT関連企業だと10年でもその業界の「老舗」といわれることもあるそうです。
次に「元祖」ですが、これは「創始者」「創業者」のことで、本来は「人」のこと。「先祖」「開祖」もやはり人のことですね。でも、最近は「元祖○○焼き」「元祖△△屋」などと使われることが多いので、その食べ物が生み出された発祥地という印象を受けますね。
続いて「本舗」ですが、「本」には「根本・基本のように本(もと)になるもの」という意味があるので、「特定の商品を製造販売するおおもとの店」のこと。「総本店」という意味にもなります。

〈古賀コメント〉 最近では「老舗」「元祖」「本舗」と看板を掲げる店が氾濫していますが、「この蕎麦屋は『総本舗』だからおいしそうだね、是非食べてみよう」などと信じる人もいないでしょう。
かつて20年ほど前に、東京・麻布十番にある二つの有名な蕎麦屋(もともとは元祖は同じだったが、二代目か三代目かに兄弟で店を分けた)が、店の名前に「総本舗」をつけることで裁判になったことがあります。A店は「うちが総本舗だ」、一方のB店は「うちこそが総本舗だ」と。新聞やテレビもおもしろ、おかしく報道しましたが、あれは、はっきり言って「やらせ裁判」(世間の話題を集めるための作為的な裁判)ですね。「勝ち・負け」はどうでもいいのです。

[3]オリンピック「メダル獲得数ランキング」表示方法に異議あり!
平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックが盛会裏に終了しました。日本選手もよく頑張り、冬季オリンピックとしては史上最多のメダルを獲得しました。私も連日テレビで応援し、数多くの感動を貰いました。とくに羽生結弦選手の2大会連続金メダルには、感激のあまり目がウルウルしました。
今日は新聞で報道される国別の「メダル獲得数ランキング」表示について私の意見を述べます。
新聞の表示方法では、「金メダル」獲得数でまず順位が決まり、「金」が同数の場合には次の「銀」の数で順位が決まり、「金」も「銀」も同数の場合は「銅」の数で順位を決めるルールですね。このカウント方式に、私は大きな違和感があります。確かに「金」は「世界一」ですから偉大なことです。しかし「銀」も「銅」も、「金」には及ばなかったとはいえ、偉大な勲章です。でも「金」に対してあまりにも低く見られていると私は思います。
そのような考えから私が提案するカウント法は次のようなことです。「金=3ポイント(P)」「銀=2P」「銅=1P」とし、その合計で国別の順位を決めるのです。
現在の新聞表示方式では、日本は「金」が少なく「銀・銅」が多い国(夏・冬ともいつものこと)ですから、いつも下位に甘んじていますが、私が提案する方式では「金3×4=12P」「銀2×5=10P」「銅1×4=4P」で合計26P。今回は珍しく同じく世界第11位です。
現在の「メダル獲得数」表示法が世界標準か、それともわが国のメディアが申し合わせた独自な方式かは私は知りません。いずれにせよ、現在の「メダル獲得数ランキング方式」は公平ではないと私は思います。
もう一つ言いたいことがあります。金・銀・銅のメダルは、個人競技の場合はそれぞれ1個ですが、団体競技の場合はメンバー数だけメダルが与えられますね。例えば今回の女子カーリングで銅メダルの輝きましたが、3位決定戦に出場した4人だけでなく、リザーブを含めて5人に1個づつ銅メダルが授与されました。公式メダル数は「1」ですが実際は「5個」なのです。そういう意味で、私は「メダル数」ではなく「メダル△件」と発表すべきだと思います。これが正しい日本語です。
皆さんのご意見はいかがですか。 え?そんなことはどうでもいい?  あっそう!

《おまけ》 失礼ながらあなたの日本語力を試すテスト(27)です。
問題。「オリンピックの金メダリストが秋の『えんゆうかい』に招かれた」を漢字で書くと…。
 ①「園遊会」、②「宴遊会」
正解は①「園遊会」
「園遊会」は、庭園に演芸場や模擬店を設けて、客をもてなす祝宴のこと。現在では、天皇皇后両陛下主催のものが有名です。

   平成30年3月11日  今日は東日本大震災からちょうど7年、犠牲者に黙祷
                          古賀 幸治
 

日本語は天才である(2)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2018年 2月10日(土)15時31分5秒
         「日 本 語 は 天 才 で あ る」 (2)

[1]「三猿」(さんざる)
昨年12月6日づけ日本経済新聞の「こころの玉手箱」に、「変わり三猿」という、エッ!と驚くような興味深いエッセー(筆者は国立民族学博物館名誉教授・中牧弘允さん)が掲載されました。少しばかり短縮・再編集して掲載します。
《私がひそかな処世訓として心の片隅に置いているのは「見ろ、聞け、言うな」の「変わり三猿」だ。情報は得るが、口を慎み、慎重であれという意味だ。
三猿というと日光東照宮の彫刻、「見ざる、聞かざる、言わざる」が有名だが、実は三猿は東アジアからヨーロッパ、アフリカ、さらには米国にまで広がっている。猿も、台湾猿やアフリカのヒヒ、それにチンパンジーなど様々。オーストラリアにはコアラもある。意味も多様で「見ろ、聞け、言え」という逆さ三猿もある。国立民族学博物館には、現在約1500点が収蔵されている。
日本の「見ざる、聞かざる、言わざる」という教えの由来については諸説あるが、中国の道教に端を発する庚申(こうしん)信仰とも結びつけられ、親しまれてきた。庚申は「かのえざる」とも読み、石塔には三猿が刻まれている。暦で60日に一度巡ってくる庚申の夜、眠ると体内の虫が天帝に自分の罪を告げ、寿命が縮まるとされる。それを防ぐため徹夜で飲み食いし、その夜のことは他に漏らさないとする民間信仰が江戸時代に広まった。日本の三猿の背景だ。
「見ろ、聞け、言うな」のタイプはヨーロッパのみで、日本などとはルーツが異なる。14世紀のフランスに「平穏に暮らしたいのなら、見て、聞いて、口を慎むように」という格言があった。19世紀のベルギー人神父が流布に貢献した。「沈黙の長い人は賢さを長く保ち続ける」と記したオランダのカレンダーも存在する。
「見ろ、聞け、言え」の逆さ三猿はイタリアだ。何事にも積極的であれ、という意味だろう。日本でも戦後の一時期に流行した。三猿にも各地域の文化、思想、歴史が反映されており、興味は尽きない》

〈古賀コメント〉日本(日光東照宮)の三猿は、「見ざる、聞かざる、言わざる」の「ざる」と猿(さる)をひっかけたものですが、外国の三猿にはそのような「言葉(Monkeyなど)のダジャレ」はないでしょう。そういう意味では日本の「三猿」がダントツの傑作ですね。まさに「日本語は天才である」。

[2]「農作物」の読み
あなたは「農作物」をどう読んでいますか。「のうさくぶつ」、それとも「のうさくもつ」?
これは「のうさくぶつ」と読むのが一般的です。「農作物」という言葉は、「農作」と「物(ぶつ)」が合わさってできたとされていますので、「もつ」ではなく「ぶつ」なのです。他にも「著作物=著作+物」「工作物=工作+物」などが同じ作られ方の言葉で、いずれも「ぶつ」と読みます。
一方、「作物」は「さくもつ」と読みますね。そして「畑作物」は「畑」と「作物」が合わさってできた言葉とされるため「はたさくもつ」と読みます。このような紛らわしさがあるせいか、最近では「農作物」を「のうさくもつ」と読む人が増えているようです。NHKの調査では、「のうさくぶつ」と読む人が59%だったのに対し、「のうさくもつ」と読む人が40%と拮抗しています。また辞書の中にも「のうさくもつ」を見出しとして掲載しているものが出ています。このため「のうさくもつ」が明らかに間違いとはいえない状況になっているようです。

[3]「今年の寒さもピーク」??
今年の冬は例年にないほどの寒さですね。ここ東京・横浜地区では何と氷点下4度を記録しましたが、これは新聞報道によると、実に47年ぶりの寒気だそうです。
この件についての新聞記事で気になることがありました。それは「この寒さのピークはあと数日続く見込み」と。英語で「Peak(ピーク)」とは、手許の英和辞書によると「最高点、絶頂」のこと、つまり「もっとも高い」ことです。寒さが最も厳しいのであれば、「最下位」を表す「Bottom(ボトム)」というべきではないかと思いました。つまり「この寒さのボトムはあと数日続く見込み」と書くべき…と。

[4]来年の暦には「天皇誕生日」がない!!
皆さんはすでに知っていましたか、来年(2019年)のカレンダーには祝日としての「天皇誕生日」がないことを。
2019年5月1日に平成天皇が退位され、あらたに現皇太子が天皇に即位されることがすでに決定しています。平成天皇の誕生日は12月23日で、この日は「国民の祝日」になっていますね。ところで、現皇太子の誕生日は2月23日で、5月1日以前はまだ天皇ではありませんから来年の誕生日は「天皇誕生日」ではありません。一方、平成天皇の誕生日(12月23日)はすでに退位されていますから、こちらも「天皇誕生日」ではありません。そのような経緯から来年の暦には祝日としての「天皇誕生日」がないという珍現象が生まれたのです。もし平成天皇と皇太子の誕生日が逆だったら、「天皇誕生日」が1年に2回あるという珍しいことになったのです。
明治以降は天皇の崩御を機に改元が行われてきましたのでこのようなことはなかったのですが、今回は天皇の存命中の「譲位」ですから、このようなことになりました。
このままでは「祝日」が1日減り、働く人にとっては勤務日が1日増えることになり、不満が出ることが予想されます。そこで政府は、新たに5月1日を「平成の日」として祝日に加えることを検討中だそうです。これが実現すれば、4月末から5月初めにかけてのゴールデンウィークが更に充実し、年によては10日間の連休もありそうです。ただ、なぜ5月1日が「平成の日」か、単なる改元日はいままで「祝日」ではなく、あまりにもご都合主義のようにも思えますがね。
ところで、日本の祝日数は年間16日で、これは欧米諸国と比べて突出しており、「祝日天国」であることをご存じですか。これは、わが国の有給休暇日数が欧米諸国よりも少なく、しかも有休使用率が50%にも達しない(国際的に最低)ことへの、せめてもの「償い」でしょうか。
わが国は、「祝日天国」の一方では「有休貧国」でもあるのです。

《おまけ》 恐れながら、あなたの「日本語力を試すテスト」(26)です。
問。「競争相手に『おおみえ』を切ってみせる」といいますが、これを漢字で書くと…。
①「大見栄」、②「大見得」
正解は②(大見得)
「見得」は元来、歌舞伎などの大事な場面で役者が見せる大げさな表情やしぐさのこと。転じて、自信たっぷりな発言やしぐさをすることをいいます。一方、「見栄」とは人の目を気にしてうわべを飾ることをいいます。
                   平成30年2月11日  古賀幸治
 

日本語は天才である(1)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2018年 1月10日(水)18時31分31秒
          「日 本 語 は 天 才 で あ る」 (1)

皆さま、アケオメ、コトヨロ(「明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」の短縮形です)。この駄文配信は昨年までは「日本語が面白い」というタイトルでしたが、今年から「日本語は天才である」に変えます。別に意味があるわけではありません、単なる気分転換です。これは柳瀬尚紀(翻訳家)著「日本語は天才である」(新潮文庫)をそのまま拝借するものです。
この駄文は、友人・知人に、本人の事前の諒解もなく私が勝手に送信しています。このようなものに興味や関心のない人にとっては却ってご迷惑のことでしょう。もし、そうであれば、お手数ながら「配信無用」とメールをください。直ちに配信を停止します。

[1]「やばい」
昨年10月27日づけ日本経済新聞の1面コラム「春秋」に面白いエッセーが載りました。一部加筆削除して転載します。(すでに新聞で読んだ人は、どうぞ読み飛ばしてください)
《「やばい」の語源は「やば」だという。不都合なことや危険なさまを表す言葉として江戸時代から使われていて、広辞苑によれば「東海道中膝栗毛」にも用例があるそうだ。これが形容詞化して「やばい」になったようだが、肝心の「やば」が何なのかは謎らしい。
江戸っ子作家の正岡容がまとめた「明治東京風俗語事典」では、「やばい」の意味がずいぶん具体的だ。いわく「犯人が、警察の探査がきびしく身辺が危ないこと」。多分、もとになった「やば」もやくざ者の隠語のたぐいだろう。そういうルーツのためか、今でも「やばい」にはどこか物騒で、まがまがしい響きがある。
なのに不思議なもので、いつからか正反対の意味の「やばい」が登場した。若者が好物をほおばって「これヤバイっす」というやつだ。かの広辞苑も、今年発売の第7版から「のめり込みそうである」との記述を加えるという。新語の扱いには慎重な広辞苑だが、さすがにそろそろ認めないと「やばい」と見定めたのだろう。(古賀注:私にとっては広辞苑に対する信頼感の失墜です)
これで肯定的な方の「やばい」も晴れて市民権を得そうである。ただ、本来の意味(否定的)も健在だからややこしい。シニア世代が「安倍一強はやばい」と言えば、自民党支持が多いとされる若者たちが「そう、安倍さんてヤバイ」と勘違いの同意をしてしまう…などと言うことがないとも限らぬ。日本語がまた難しくなる》。

[2]「良い癖」「勝ち癖」に違和感
「今後のために『勝ち癖』をつけたい」。スポーツ選手や監督などの談話で「勝ち癖」という言葉が近年増えたように思います。しかし、この表現、少し違和感がありませんか。
「良い癖」や「勝ち癖」という言葉は、新聞などで1990年代から徐々に使われ始め、2000年代になって登場することが多くなってきました。タイトルに「勝ち癖」とつく書籍も最近多く出ています。比較的新しい言葉といえるかも知れません。
さて、「癖」という漢字の部首は「病垂(やまいだれ)」です。病垂れの漢字には「癌」「疾病」「痴」など、身に降りかかりたくないような事を指すものが多くあります。また「年下のくせに生意気だ」のような「~のくせに」は漢字で書くと「~の癖に」です。辞書で「癖」を引くと「性格や外形または表現などにおける特異なところ。多く、悪い面についていう」(「小学館・現代国語例解辞典」)とあり、広辞苑(岩波書店)はずばり「欠点。非難すべきこと」と記しています。「癖」の字を使った表現としては本来「負け癖」はあっても「勝ち癖」はないのかも知れません。
「癖」の本来の意味が時代とともに薄れ、新しい用法が増えてきたのでしょうか。「(おいしくて)癖になる味」のような言い回しも定着した感じがあります。ただ、新しい使い方に少し違和感をもつ人も多いのでしょう。そのためか書籍のタイトルに「勝ちぐせ」や「クセになる味」など意識的に漢字を使わない表記も目立ちます。

[3]「処分」
新聞やテレビなどに、しばしば「処分」という言葉が登場します。ところが、この「処分」の意味が両極端に分かれます。不思議な言葉ですね。
(1)○省では、部下にセクハラをしたA職員を訓告「処分」にした。
(2)鳥インフルエンザで、1万羽の鶏を「処分」した。
(1)の「処分」は、規律違反などをした人に対して「こういうことはいけません。今後は注意してください」と注意することですが、(2)の「処分」は、1万羽もの鶏を、生きたまま土中に埋める悲惨なことです。両者には天と地ほどの違いがあります。
広辞苑で調べたところ、「処分」とは「基準に照らして処理すること」、「かたをつけること」とありました。なるほど、「訓戒処分」は前者、鶏などの「殺処分」は後者ですかね。

[4]続「もりど」vs「もりつち」
昨月号(平成29年12月)で「盛土」の読み方について、テレビなどは「もりど」と読んでいるが、本来の読みは「もりつち」と書きました。このことについて、私の長女・R子(長野市)から情報があり、「もりど」は土木工学界内部での独特の読み方であることが分かりました。これは彼女が夫(国立S大学教授・工博)から直接聞いた話ですから、間違いないでしょう。つまり、土木工学界内の専門的な読み方をテレビなどメディアが意識的に(または無意識に)に取り入れ、大々的に使っているのです。しかし、本来の読み方は「もりつち」です。
一方で、Iさん(ハワイ在住、大阪出身)からは、「関西地方では『もりつち』と呼ぶのが一般的です」との投稿もありました。これにて一件落着。

《おまけ》 久しぶりに「恐れながら、あなたの日本語力を試すテスト」(25)です。
次の言葉の正しい読み方は何でしょう。
問1。「株を守る」 ①「くいぜをまもる」、②「かぶをまもる」
〈正解〉①「くいぜをまもる」
「株を守る」とは、古くからの習わしを守り、臨機応変にできないこと。

問2。「拱く」 ①「さばく」、②「こまねく」
〈正解〉②「こまねく」
「拱く」とは腕を組むこと。事が起きたときに、何もできずに傍観している様子。

                 平成30年1月11日  古賀幸治
 

日本語が面白い(20)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年12月10日(日)16時55分12秒
           「日 本 語 が 面 白い」(20)

[1]「誕生日の1日前に1歳年をとる」!
(これは5年ほど前、本欄で一度取り上げましたが、重要なことにも拘わらず、忘れている人も多く、意外に知られていないことですので、大幅に加減のうえ再度取り上げます)。
皆さんは、日本人は誕生日の1日前に1歳年をとることをご存じですか。例えば今日(12月11日)に生まれた人は、実は昨日(12月10日)に1歳年を取っているのです。具体的なことをお話ししましょう。4月1日に生まれた子供は、前年度(~3月31日)に生まれた子供と一緒に小学校に入学しますが、これは、4月1日生まれの子供は3月31日に1歳年をとり、6歳になっているからなのです。「1日くらい大めに見よう」という発想ではありません。
誕生日に家族で、または友人を招いて「誕生パーティー」を開き、本人は「私は今日20歳(はたち)になりました」などと言いますが、あれは法的には間違いです。本当はその前日に20歳になっているのです。そうすると、誕生祝いは、誕生日にではなく、その前日に開くのが正しいことになり、なんだかおかしいですね。
社会保険労務士の立場からいうと、4月1日生まれの人は、3月31日に1歳年をとっているだけでなく、各月1日生まれの人も、前月末日に1歳年をとってことを知らないことによって、社会保険(老齢年金・医療保険・失業保険など)で不利な扱いになりかねないので、要注意です。
4月1日生まれの人は、統計的には1/365の割合でいます。現在の日本の人口は1億2700万人ですから、全国で約35万人が4月1日生まれですし、毎月1日生まれの人はその12倍(420万人)います。なんとも不思議な年齢の数え方ですが、「年齢の数え方に関する法律」(六法全書に載っている)があり、そのような数え方になっているのです。なぜ法律の定めがそのような年齢の数え方になっているのか、そして、この法の定めが日本独自のものか世界共通のものか、残念ながら私は知りません。

[2]「蕎麦を打つ」
昨月号にも登場したHさん(我孫子市)から新たなご質問をいただきました。「蕎麦を打つ」や「蕎麦打ち」という言葉があります。蕎麦は打ったり叩いたりするものではなく、「蕎麦粉をこねる、延ばす、包丁で切る、ゆでる、盛る」ものですが、なぜ「蕎麦を打つ、蕎麦打ち」などと言うのでしょうか、という質問です。私は蕎麦大好き人間で、毎日1回は蕎麦を食べないと1日が終わった気がしないほどの「蕎麦狂い」です。その私も答えられない「不意を打たれる」質問に仰天しました。
そこで、私以上に「蕎麦狂い」で蕎麦に関する蘊蓄の深いKさん(入間市)に問い合わせたところ、彼も答が分からず、インターネットで調べて教えてくれました。
《山形県の「板蕎麦」(いたそば)の紹介の中で、蕎麦のうまさを引き出すため、つなぎを入れない「生粉(きこ)打ち」について次のように記されている。『この地方では、大きく丸くのす。それを麵棒に巻き付け、のし台に打ち付ける。典型的な田舎蕎麦の打ち方』とある。このように、蕎麦は古くから「打つ」「手打ち」という言葉があり、その作り方に「叩く、打つ」に近い動作があることから、「打つ」という語ができた。古い著書「風流大名蕎麦」には、「捏ね上げて玉にした生地を木槌で『打った』工程がまさしくあった」という記述がある》

〈古賀記〉 実際に「打つ」(英語でいえば「Strike,Beat」など)という行為はないのに「打つ」という言葉は意外に多いですね。「不意を打つ」「心を打つ」「注射を打つ」「電報を打つ」など。

[3]「訪日」と「来日」
最近の新聞報道で「外国人の『訪日』客数が1年間で2000万人を超えた」とあり、11月9日づけ日経新聞報道では「『訪日』客で旅行黒字最高」とありました。一方では、東京や大阪で宝石などが相次いで盗まれた事件で逮捕されたルーマニア人が「窃盗目的で『来日』した」と自供したという新聞報道がありました。
いつも気になっていましたが、外国人が日本に来ることを意味する言葉に「来日」と「訪日」の2つがあり、両者は同じものか、異なるものかと…。国語辞典(精選版日本国語大事典)では、「『来日』は外国人が日本にやって来ること、『訪日』は日本を訪れること」と解説してあり、私には意味がよく分かりません。アメリカのトランプ大統領が日本に来たとき、日経新聞は「来日」と報道し、その前に同大統領の長女・イヴァンカさんが日本にきたときも「来日」と報道しました。
「来日」と「訪日」はどう違うのでしょうか。私の手許にある「謎だらけの日本語」(日本経済新聞社編、日経プレミアシリーズ)によると、《「訪日」は相手側の見方で、外国人が「訪ねる・訪ねた」場合に見られることが多く、「来日」は日本側から見て「来る・来た」場合によく登場します》とあります。一方、長期に日本に滞在する外国人が「来日○年目」ということに違和感はなく、「訪日○年目」という表現は不自然ですね。
いろいろ調べてみましたが、結局「よく分からない」が私の結論でした。その区分を知っている方は是非ご投稿ください。

[4]「盛土」の読みは「もりど」?
「盛土」という言葉があります。広辞苑によると「地面の上に更に土を盛って高くすること」と解説してあります。ここで問題にするのは、その読み方です。あなたは、「盛土」を「もりど」と読んでいますか、それとも「もりつち」? 「盛土」は築地市場の豊洲移転問題で、新市場予定地の豊洲に、計画にあった公害汚染防止用の「盛土」が実施されていなかったとして、昨年から今年前半にかけて連日のようにテレビ・新聞などに取り上げられましたが、テレビでは「もりど」「もりど」…の連呼でした。私もそれにつられてか「もりど」という読み方に何の疑問ももっていませんでした。ところが、Nさん(池田市)から投稿があり、「もりつち」が正しい読み方ではないか、と指摘されました。私は「まさか!」と思いながら広辞苑を引いてみると、なんと!「もりつち」と解説があり、「もりど」の項目はありませんでした。
二字熟語の読みにはルールがあり、「音読み+音読み」と「訓読み+訓読み」が原則です。ところがこれには例外も多く、「音読み+訓読み」を「重箱(じゅうばこ)読み」、「訓読み+音読み」を「湯桶(ゆとう)読み」といいますね。このルールからみると、「もりど」は「湯桶読み」に該当しますので、「もりつち」がルールどおりの読み方になります。一方、パソコンの文字情報で「もりど」と入力すると「盛(り)土」が出てきますから、「もりど」でもあながち間違いではないのでしょうが、本来の読みは「もりつち」です。
Nさんは現役の医師で工学博士(医学博士ではない)という異色の人材です。このような友人が「正しい日本語」にこだわっていることを知り、私はとても嬉しかった。
                  平成29年12月11日  古賀幸治
 

日本語が面白い(19)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年11月10日(金)17時19分24秒
          日 本 語 が 面 白 い(19)

[1]「りょ」?!?!
日本語は、世界中で最も多様性・柔軟性に富んだ言語だと思います。①漢字・ひらがな・カタカナ・カタカナ英単語・アルファベット・アラビア数字を自由自在に使いこなす、②丁寧語・尊敬語・謙譲語などがある、③文章言葉と話し言葉が異なる、④話し言葉には男言葉と女言葉がある、そして次のような、⑤言葉の短縮があります。「マスコミ」「パソコン」「省エネ」「バス停」「安保理」、最近では「KY」「ガラケー」など数え切れないほどです。このことについて、9月13日づけ日経新聞の1面コラム「春秋」に面白いエッセーが載りましたので、ほぼそのまま再掲します。
《「りょ」。新入社員にメールを送ったところ、たった2文字のこんな返事がきて仰天した…という話は都市伝説だろうか。「りょ」とは「了解」の短縮形である。もっと略すと「り」。上司とのやりとりに使うかどうかはともかく、若い世代にずいぶん広まっている。
いろいろと考えて長々と書くオジサン、オバサンに比べると、若者のメールは総じてあっさりしたものだ。「短っ!」と驚くばかりだが、文章を縮めたり略語を作ったりするのは昔から日本人の得意技である。人々は「当たり前だ、べらぼうめ」を「あたぼう」とはしょり、天下の豪商・紀伊国屋文左衛門を「紀文」と呼んだ。
日常的にはほとんど絶滅した電報も、かつては短縮文のオンパレードだった。古い映画を見ていると電報を打つ場面がよく出るが、スクリーンに大写しになる「ウナヘンマツ」とか「アトフミ」とか今は判じ物である。前者は「至急、返事を待っています」、後者は「あとは詳しく手紙に書きます」という意味なのだ。
オリンピックは「五輪」、万国博は3文字を更に縮めた「万博」が世に知れわたった。短い言葉がもつパワーである。だから政府も、次々に打ち出す大仰なキャッチフレーズの短縮形など掲げたらいい。例えば1億総活躍は「億総」、人づくり革命は「人革」…。しかしやはり、肝心ななのは中身です。ヨロオネ。》
<古賀の推測> 最後に出てきた「ヨロオネ」は「よろしくお願いします」の短縮形?!?!

[2]「一両編成の列車」?
私以上に日本語にこだわるHさん(我孫子市)からの投稿を紹介します。
《ヘンな日本語というか、前々から気になっている表現があります
①列車の車内放送で、「ただいま、この列車は時刻どおりに運転しております」と。ヘンな日本語だと思います。それを言うなら、「定刻どおりに運転中」とか、「ダイヤどおりに運転中」というべきでしょう。
②ローカル線の旅番組などで、ナレーターが「一両編成の列車」と。これもヘンな日本語。二重にオカシイと思います。まず、一両だけでは「編成」という表現は馴染みません。さらに、一両だけでは、列車が列をなしていませんから、「列車」じゃないでしょう。
この件、数年前にNHKに照会したことがあります。次のような回答でした。
「うーん、確かに理屈はそうですね…。しかし、『一両だけの鉄道車両』が正確なんでしょうが、堅苦しいですね。『一両編成の列車』という表現で誤解をする人はいないし、定着した表現といえましょう」です…と。いまひとつ、納得できない気持ちのままでおります》
<古賀評> Hさんの日本語にこだわる姿はすごいです。わざわざNHKに照会するなど、私も負けてしまいそうです。

[3]「采配」は「振るう」もの?
「指揮をする、指図する」ことを、采配を「振る」といいますか、それとも「振るう」といいますか?
文化庁の「国語に関する世論調査」では、采配を「振る」は28.6%で、「振るう」は」58.4%に上りました。しかし、本来は「振る」が正解です。
「采配」とは、戦国時代、大将が兵士を指揮するためにに使った道具のこと。短冊状の細長い厚紙を束ねて柄をつけ、「はたき」のような形にしたもので、大河ドラマなどで見ることがありますね。その「采配」を前後左右に振って指揮したことから、「采配する」や「采配を振る」で「指図する」を意味するようになりました。
では「采配を振るう」と言う人が多いのはなぜでしょうか。「振るう」には、「大きく振り動かす、十分に発揮する」といった意味があり、「剣を振るう」「腕を振るう」などと言います。「振る」と「振るう」は1字違いで意味もそっくり。また「采配」も、実際に大きく振り動かす、つまり「振るう」こともできますから、一層あいまいになったとも考えられます。
近年、一部の辞書には「采配を振るう」を認めるものも出ています。今後は「振るう」も定着して行くかもしれませんが、本来の使い方は「采配を振る」です。

[4]「おやつ」
「お」は接頭語。「やつ」は「八つ」で、昔の時刻の「八つどき」をいい、今の午後2時から4時ごろまでを指します。そこから、午後の3時ごろに食べる間食を「おやつ」というようになり、今では3時に限らず三度の食事以外に食べるお菓子や果物などを総称して「おやつ」といいます。
なお、昔の食事は朝夕二食で、江戸時代から朝と晩の間に「お四つ」(午前10~12時)・「お八つ」(午後2~4時)といってお茶を飲んだりお菓子を食べる習慣ができました。「おやつ」はその習慣の名残りです。

《おまけ》 恐れながら、あなたの日本語力を試すテスト(24)です。
問1。「相手の言葉に『あいづち』を打つ」と言いますが、これを漢字で書くとどちらが正しい?
 ①相槌、②合槌
正解は①(相槌) 「相槌」は、向き合った鍛冶の師と弟子が交互に槌を打ち合ったことからきた言葉。人の言うことに調子を合わせたり、うなずいたりすることをいいます。相手に調子を「合わせる」からといって、「合槌」と書くのは誤りです。

問2。「『ごうきぼくとつ』仁に近し」と言いますが、これを漢字で書くとどちらが正しい?
 ①剛毅朴訥、②剛毅木訥
正解は②(木訥) 「剛毅木訥仁に近し」とは、「意思が強く、口数の少ない飾り気のない人は、道徳の理想とする『仁』に近い」という意味。「木訥」は「朴訥」と同じ意味ですが、原典の「論語」に従って「木訥」と書くのが本来の表記です。「朴訥」でもあながち間違いではない。

                      平成29年11月11日 古賀幸治
 

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