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猫見て美味しそうというのは初めて聞いた(笑)。
海外に行くといろんな変わったものを食べさせられる。鰐(ミノのように弾力があった)とか蛇とか犬とか。しかし、猫はないなあ。もっとも出されても食べないと思うが。
兎、鹿(デンマークで生で食べた)、蛙(スイスで食べた)、田螺、馬(熊本の霜降り馬肉が最高で、鼻血を出した)、カンガルー、バッファローetc.
ゲテではないので、その土地の人が食べているのをお相伴しただけの話だが。
三日ほど前から、急に冷え込んで、部屋が8℃になった。さすがにトレーナー一枚では寒いので、ジャンパーを羽織っている。今日は13℃あるので暖かい。
さて、鷹羽狩行の『俳句の秘法』を再読しよう。秘法に出会うことなく読了してしまったので、秘法を見落としたのかもしれない。
もう一冊は、坂口昌弘の『ライバル俳句史』(文学の森社)。全員が俳人ではないが、32組の俳人や作家や評論家同士を「ライバル」と仮定して作品を対比させる試みで、膂力の要る仕事である。あとバランス感覚も必要だ。
わたくしなどは一人の作家に入れ揚げる口なので、しかも複数に入れ揚げるので、それらを対比してといった水平思考の視点がほとんどなく、垂直に穴を掘っているような視点なので、例えば露伴と子規をライバルとして見る視座はわたくしにはなかった。どちらかというと漱石と子規という視座になるだろう。この本では漱石と芥川をライバルとして取り上げている。ライバルというより師弟だが、無意識化のライバルという設定をしている。強引とも言える設定の仕方だが、俳句という切り口から見るのは面白いし、彼らの教養は、現代から見れば桁違いなので、逆に、その膨大な教養の裾野をからめて火花を散らせるには相当の工夫が必要で、ある意味でデカルト的な一途さが無いとこれだけの労力は続かない。デカルトは森で迷うと、一つの方向を決めてただひたすら歩く。砂漠に出たとしても、森は抜けられたことになる、という方法叙説は、パスカルの詩的な美しさとはまた違った剛直な人生の実践として役に立つ。そう言えば、デカルトとパスカルもライバルだった。
『ライバル俳句史』には、わたくしの知らない俳人も多いので、調べながらじっくり楽しんで読むことになる。
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