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お題

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 8月 6日(日)19時30分36秒
編集済
  公園の片っぽだけの手袋が魔女の手のごと虚空をつかむ

人を待つ逢う魔がときの十字路の長く尾を引く黄色の信号
 

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 8月 6日(日)15時41分59秒
  内にある魔を鎮めんと手を合わす蝉の声のみ響く御堂で
 

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 8月 6日(日)12時15分13秒
  魔術師はチリ紙燃やし札を出す種も仕掛けも無いと言ひつつ   

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 8月 6日(日)10時59分53秒
  ふくまでんのしんそうをさぐるべきもれきしのやみにからのはいおく  

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 8月 6日(日)10時45分56秒
  まがさしておとしたわけじゃないとしておとされたわけもないできごと  

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 8月 6日(日)10時34分12秒
編集済
  おとされたじじつのみのこししじつなくあくまのささやきにごまかされ  

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 8月 6日(日)08時07分17秒
  まがさしたしゅうせんすべきけつだんにぎしんあんきのしゅうだんしんり  

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 8月 5日(土)19時36分38秒
編集済
  クレバスは突然開く、はじめてのデイトできみと歩く歩道に

(行っちゃだめ、地面が裂けて落ちるよ)と誰かが叫ぶ声聞いたのに

空回りする巻きもどせないカタン糸きのうの世界にもうもどれない


三首目は、初稿は初句が「空回り」だったのですが、前の添削で、初句を体言止めにすると

素人っぽいとご指摘がありましたので、「空回りする」七音に代えました。
 

さくら様へ

 投稿者:ぼんぼん  投稿日:2017年 8月 5日(土)19時36分35秒
  さくら様、イヤ~ 喜んで頂いて、大変嬉しく思います。

一字間違っていましたネ、訂正いたしました。
ゴメンなさい。
 

ぼんぼんさま

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 8月 5日(土)18時15分46秒
  わぁ、すてきな歌をありがとうございます! 明るいイメージでいいですね。
思いがけないことで、とてもうれしいです。

「ささらほうさら」は、ほんとに呪文のように惹きつけられる言葉ですね。
時には、芳醇な稲穂の実りのようなイメージが湧いたり、また時には「もう、どうでもいいわ」なんて投げやりな響きにも聞こえたり、それこそ本物(?)の魔女のぼろぼろのコスチュームなんかが浮かんだりです。
おもしろいですね。

みなさまもきっと なにか詠んでみたくなるのではないかしら。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 8月 5日(土)13時16分36秒
  日々見ゆる山の緑が深すぎて魔に魅せられし心地なりけり  

さくら様へ

 投稿者:ぼんぼん  投稿日:2017年 8月 5日(土)12時52分17秒
編集済
  さくら様、お元気で何よりです。

それにしても、「ささらほうさら」は素敵な響きがありますね。
方言らしく、意味もそこそこ異なるようですが?。
「ささらほうさら」でしたね。間違っていました、ゴメンなさいネ。
 

黒路さま

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 8月 5日(土)09時36分23秒
編集済
  お忙しいのに わざわざお時間を割いていただいて恐縮しております。

誰しも心の中に魔女のようなものが棲んでいて、ときどきを悪さをしでかすような気がするんです。不可抗力なものを魔女のせいにしているわけではないのですが、その方が深刻にならないですし、ちょっぴり楽しくもあるんです。いくつになっても、現実離れしたことを考えているようです。
ですから「ささらほうさら」は不運続きを嘆くというより、また魔女が悪戯をしているという感覚の方が近いかもしれません。

「夏草の跡」は、確かに芭蕉の句が念頭にありましたが、むしろ踏み荒らされた夏草のあとの虚しさを詠みたかったのですが。
黒路さんの詠み替えられた「真夏日の午後」は、すっきりと美しく、着き過ぎも解消されていますね。
「着き過ぎ」は、今後の課題にして注意したいと思います。
ありがとうございました。



 

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 8月 5日(土)04時31分34秒
  「て止め」というのは、結句にのみ使う表現だったのですか。私は三句が「て」で終わっている歌も「て止め」の歌だと思っていました。
今回のテーマは過去に詠みましたがうまく行きませんでした。図書館で借りた穂村先生の本を読まないうちに返却日が迫っていて、人様の歌に感想を書いている場合ではありませんが。
 

さくらさんの歌(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 8月 4日(金)22時48分10秒
編集済
  >内に棲む魔女の箒もすたれきてささらほうさら夏草の跡

うんうん、さくらさんのこの歌も、「ささらほうさら」の方言が活きていてほんとに深い魅力の一首ですよね。
上の句の「魔女の箒」は若い頃の無敵感のようなものを喩えた言葉でしょうか。

まあ、若い頃に限らず、なんでも上手く行く時期と、何がきっかけでかは分からないけれど悪いことばかりが重なる時期というのはあるものですよね。
僕もなにげに今そんな時期に差し掛かっているので、妙に共感の出来る歌でもあります(笑)

そうですね、そんな自身の不運続きを「魔女の箒のすたれ」と表現した発想も面白いですし、この歌についてもほんとに素敵に仕上がっていると思いますよ。

ちなみに三句目の「て」は「て止め」ではなく助詞の「て」で四句に繋げているだけですね^^;
「て止め」は主に結句での言い差しの表現に用いられる言葉ですので。
三句を「て」で下の句に繋げると、下の句が萎んでしまい易いですがこの歌の場合はみなみさんもおっしゃられているように「ささらほうさら」の面白さがあるのでその点は問題はないようにも思います。

ただ、「夏草の跡」は、ここは最初、何を表現したいのかがよく分からなかったのですが、これは芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」的な意味と解釈してもいいのでしょうか?
だとすると、みなみさんもご指摘のように「すたれ」と少し「着き過ぎ」な印象はたしかにありますね。
うん、ここはたとえば…

内に棲む魔女の箒もすたれきてささらほうさら真夏日の午後

そうですね、これもこれで安易かも知れませんが、たとえばこんな感じの少し美しいイメージも交えてさらりとまとめてみてもいいのかも知れませんね^^
もとの歌にもある「夏」という季節感は大切にしたいところなので。

でもまあ、「夏草の跡」も草を刈った跡のようなイメージとしても読めますし、誰もが共感の出来る素敵な一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、八月に入ってちょっと僕もお盆前の忙しさでバタバタしていますが、また時間を見つけて他のみなさんの歌にも感想など書かせてもらいますね~~
今夜はこの辺で♪
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 8月 4日(金)04時18分51秒
  魔の刻にフラりと旅に出てみれば猫がニャと鳴く灯火の下(字余り)  

みなみさま

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 8月 3日(木)20時30分31秒
  みなみさん、感想をお寄せくださってありがとうございます。
「すたれきて」まあ、自分では文語のつもりです(笑)「て止め」が正解かどうか、ですか?
困りましたわね、理詰めに弱いんですよね。私は文語の文法はさっぱり分からないし、詠む時は全て勘と学生時代に勉強をした記憶が頼りなんですね。勉強も好きではないし。(笑)ですから間違っているかもしれません。

「ささらほうさら」は甲州の方言で、めっちゃくちゃ、または、悪いことが重なるという意味です。おもしろい言葉ですよね。
「夏草の跡」この結句は悩みました、俳句では付き過ぎというのですか? たしかにそうですね、でも、イメージを離す、変える、というのは、私にはとても難しいんです。
嫌いなんて言ってないで、勉強しなくてはいけませんね。
 

さくらさんの歌

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 8月 3日(木)17時02分24秒
編集済
  内に棲む魔女の箒もすたれきてささらほうさら夏草の跡(さくら)

さくらさんの歌、よいですね。「すたれきて」は「すたれてきて」という意味の文語でしょう

か? 下の句のインパクトがあるので三句の「て止め」は正解でしょうか? 「ささらほうさら」

が面白いですね。何か意味があるのでしょうか?

ただ、結句の「夏草の跡」は俳句でいうところの付きすぎかと、前の句とのイメージを離した方

がよいと思いますが、黒路さん、どうでしょうか?

「ささらほうさら」悪いことが重なるという意味ですね。この歌を読むキーワードですね。

ささらほうさらのインパクトが強いので、結句は「夏草の跡」できれいにまとめられていて

よいのかも知れません。私にはよくわかりません。黒路さんにお任せしたいと思います。
 

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 8月 3日(木)11時23分55秒
  結局は思い起こすは漫画のみ風魔一族ちかいの魔球  

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 8月 2日(水)12時18分4秒
編集済
  嘘つくと舌抜かれるぞ閻魔さまに子供の頃はさうかと思ふ  

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 8月 2日(水)08時45分23秒
  内に棲む魔女の箒もすたれきてささらほうさら夏草の跡  

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 8月 2日(水)08時41分52秒
  夢のなか逢魔の湯という地を見たり目覚めて震えた夏の朝


魔という字それが殺めた人あまた十字架かかげた悪魔みゆ
 

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 8月 2日(水)03時19分39秒
編集済
  魔がさした不思議な言葉それだけで許されるような錯覚おこす  

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 8月 1日(火)21時18分3秒
  つばさもつこうもりあくまでにているそうぞうのさんぶつのあくまに  

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 8月 1日(火)15時32分35秒
  魔女の持つ箒が欲しく夢のなか駱駝に乗りで砂漠をゆけり  

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 8月 1日(火)09時35分1秒
  母語(ははご)では掃除機がーがーレンジちんポットといわず魔法瓶という  

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 8月 1日(火)09時30分57秒
編集済
  黄昏て後ろをつけ来る気配して逢魔が時の魔が出でたるや  

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 8月 1日(火)07時36分1秒
  そうなんですか。よくわかりましたが、公募の選者をされている先生方は、五十代、六十代、七十代くらいの方が多く、序詞にも精通されているので、公募などには序詞を使った歌を出せるのではないでしょうか?序詞を使った歌で応募したことがありますが佳作入選しました。選者は七十代の歌人の方でした。  

みなみさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 8月 1日(火)00時59分37秒
  ああ、「現代短歌では序詞はまったくと言っていいほど評価されない」というのはちょっと言い過ぎでしたね^^;
みなみさんが紹介してくださった河野祐子さんの歌以外にも序詞を使った現代短歌はもちろんありますよ。

ただ、それらの序詞を使われた人たちも古典の修辞としての序詞の可能性を模索しながら使用されていたりと、現代短歌の中ではほんとうに少数の例のように思います。

たとえば「短歌鑑賞・批評用語 田島邦彦(本阿弥書房)」などでは序詞についての解説は人麻呂の歌の紹介を入れてもたった五行程度で最後に「現代ではほとんど使われない」との言葉で締められているような感じで、このあたりにも現代短歌における序詞の扱われ方がよく現れているように思います(笑)

僕が実際に歌会などで感じた印象としては、序詞はたぶん自分自身で積極的に学んだり挑戦したことがある人以外には読み解くことすら出来ないもなのでしょうね。

序詞の歌を読むには歌の途中でパソコンの変換キーを押すように、歌の意味を途中で変換して読む作業が必要なのですが、ほとんどの人にはこれが理解できないために「上の句と下の句で意味が繋がっていない」と言われてしまったりとか(笑)
たとえばみなみさんが紹介してくださった河野さんの歌だと…

水蜜桃の雨のあを実のしろうぶ毛ふれがたくしてひとづまわれは  河野裕子

この歌は水蜜桃を詠った序部分を「ふれがたくして」の部分で変換キーを押して「ひとづま」を詠った意味に変えて読まなければいけない訳ですよね。
これが序詞を積極的に学んだことのない人たちには読み解けなかったりとか。
(まあ、この河野さんの歌は比較的理解しやすい序詞ですが…)

ですので、みなみさんが序詞の歌を詠まれても序詞の技法自体を深く知っている人がほとんどいない為になかなか正当に評価してもらうのは難しい、との意味での「現代短歌では序詞はまったくと言っていいほど評価されない」と言う言葉だとご理解ください^^;

まあ、以前も書いたように序詞に挑戦されること自体は自身の歌の幅や可能性を広げることに繋がりますし、けっして無駄なことではないですので、これもひとつの参考までにと言うことで♪
 

お題

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 7月31日(月)20時06分8秒
編集済
  店奥のとびらのがパタリ少し開く闇わらわらと見ゆ失望だろうか

北枕の下に入れょか貴方の写真  魔トテオツナギ アイニイケルワ
 

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月31日(月)04時25分57秒
  黒路さんのコメントで気になったのは、「序詞は現代短歌ではまったくと言っていいほど評価さ

れませんが」とありましたが、

水蜜桃の雨のあを実のしろうぶ毛ふれがたくしてひとづまわれは(河野裕子)

この作品のような歌をこれからつくってみたいと思っていました。

ニューウェーブの歌辺りから、序詞は全く使われなくなったということでしょうか?
 

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月31日(月)03時58分19秒
  お忙しい中、感想をありがとうございました。序詞には同音の繰り返しの序詞、比喩使った序詞、掛詞を使った序詞の三種類があるということで、それぞれつくってみましたが、にわか学習ではままなりませんね。これからも勉強を続けたいと思います。  

★前回の投稿作品★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月31日(月)00時01分5秒
  前回のお題『歴史』に、みなさまから投稿していただいた作品です。
Yahoo!トピック終了にともない、これからはこちらで投稿作品の発表をさせていただきますね。

★前回の投稿作品★
お題『歴史』(敬称略)

夕夏

かたりべのかたることばのしんいをさがしひらくこもんじょさがすもじ

てつどうのれきしでかたるじけんじこしもやまじけんこくてつかいこ

みそひともじがよにうたうわかとえばじだいをこえておもいはいまも

せいかいは四面楚歌なる春の歌履歴に残す紙面疎過にし

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青芽

古刹なる境内に建つ碑の風化の文字に歴史去来す  碑=いしぶみ

仲麻呂の眺めし月を吾も観る時空を超えて心かよふか

点と線結びて成るか歴史書は前提として先ず客観視

古戦場いくさの後に碑の建ちぬ双方称へる人のうれしき

田村町浅野の殿の終焉の地の証なる高きいしぶみ

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ハリマオ

渡月橋風流というよりたとえればディズニーランドの喧噪に似て

「初夏やくさめの声も姦しく」落柿舎で投ずはじめての句

結局は賢く生きた女性たち祇王も祇女も佛御前も

鎧着てこの急坂を登りしか俊寛僧都捕縛の武者は

源三位頼政公の墓の前歌詠む武者をすこしうらやむ

平等院造りものなる心地してもしかでてくる松平健

五右衛門が絶景かなと叫びしを納得しつつ三門降りる

振りむいてわが身を観よと諭すごと阿弥陀如来のまなざし優し

一葉が反物抱え質屋へと急ぐまぼろし本郷菊坂

雨に濡れビルの谷間の芭蕉庵隅田の川の畔にぞ立つ

ひたすらにわが道行けり定家卿紅旗征戎わがことにあらず

箱根路を越え来て見しはあの海か実朝公に思いを寄せる

八月は鎮魂慰霊の月にして心静かに祈る月なり

墓開ければ土葬の先祖の頭蓋骨ずらり並んでわれを見上げる

-------------------------------------
沙羅

思い出を人は語れど中国の大連はすでに故郷にあらず

李香蘭と呼ばれし人は語りたり中国人として生きし日々

清朝の夢をつないで傀儡師の糸引くままに踊る皇帝

玉座には蟋蟀飼ひしちさき箱皇帝溥儀の夢は消え去り

ああ確かに龍馬の顔が浮かびたり司馬遼太郎記念館の壁に

-------------------------------------
バッカス

呆け止まる薬と信じ母は飲む我は薬を願いと名付けた

-------------------------------------


古の都は今や朽ち果てん木は無く土無くコンクリート

憧れの志士がいた町その片隅で思うようには生きられず

我想ふ方々の遺志学ぶにはその本読みてただ進むのみ

人の死が数多に在ったその場所は今や小さき石碑が佇む

田園を一つ挟みし向かい側 古今を分かつ心地なりけり

会ふことも見つむることもできませぬ全ては時の違ごうたが故

-------------------------------------
みなみ

墨汁が無限にひろがる流し台、払拭できない黒い歴史は

おそるおそるきみは見ている肩越しに私のなかの真っ黒な海を

逃れても追いかけてくる黒い蝶 そうです悪いのは私です

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さくら

興亡は朧ろとなりて吾が脳にクレオパトラと楊貴妃の貌

我が庭のうす紅色の朝顔も憶良の詠みし秋の七草

これがかの緋扇なるや万葉の種を授かり我が庭に咲く

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★お題は『魔』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月31日(月)00時00分8秒
  ★今回のお題は『魔』、期限は八月十三日(日)です★

「魔法」「魔女」など、魔という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞ、ご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m

PS.今回もお題、二巡目です(^・^)
 

歴史への恋心

 投稿者:  投稿日:2017年 7月30日(日)12時54分59秒
  会ふことも見つむることもできませぬ全ては時の違ごうたが故

 

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 7月30日(日)10時36分21秒
  墓開ければ土葬の先祖の頭蓋骨ずらり並んでわれを見上げる  

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 7月30日(日)10時33分23秒
  八月は鎮魂慰霊の月にして心静かに祈る月なり
 

黒路さま

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 7月30日(日)10時06分30秒
  再度のお言葉を頂きありがとうございました。これからの糧にします。青芽  

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 7月30日(日)09時56分50秒
  田村町浅野の殿の終焉の地の証なる高きいしぶみ  田村町は東京、新橋の近くです。  

みなみさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月30日(日)01時21分22秒
  いや~~、七月も終わりに近づいてきましたが、これからお盆までが暑さのピークですね^^;
そういえば一昨日行った吉野の林の側ではヒグラシがたくさん鳴いていて、同じ夏でも少しずつ季節が移り変わって行くのを感じました。

さてさて、そんな七月の終わり間近の夜ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>(メロンよりスイカが安いから買おう)そんな気持ちで付き合えません

うんうん、みなみさんの今回の野菜の歌はどれも序詞に挑戦されたものとのことですが、この歌もスイカの特売のお得感と恋愛を結びつけて詠んだほんとに素敵な一首に仕上がっていると思いますよ。
これは、安いからお得だから買おうというようなそんな安易な気持ちでは…との意味ですね。

そうですね、序詞として成り立っているかどうかはかなり微妙な感じですが、内容自体は上の句が面白い喩えになっていてこのままでも充分素敵な歌に仕上がっていると思いますよ。

ただまあ、あえて言うのならちょっとパーレン部分と下の句の繋がりがいったん切れてしまっていて、この部分でいかにも素人っぽい「調べ(リズム)」が強調されてしまっているようにも思うので…

(メロンよりスイカが安いから買おう)なんて気持ちで付き合えません

うん、ここはこんな感じで上の句から下の句に掛けての流れをもう少し滑らかにしてみるのもひとつの手かも知れませんね^^
こうすることでパーレンの中の表現の甘さも下の句へのリズム感の中に吸収されて和らぐようにも思いますので。

でもほんと、序詞としての成否はともかく比喩を活かした魅力ある一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)




>里山に夏を織りなす紫の匂える茄子の小さき花よ

こちらの歌も、里山の畑に咲く茄子の花を詠って長閑な雰囲気が魅力の一首ですよね。

一応、この歌も序詞の歌とのことですが、これは「織りなす」の「なす」の響きから「茄子」を導いているわけですね。
そうですねえ、これも「為す」のような動詞が序として成り立つかどうかはかなり疑問なようにも思いますが、「調べ(リズム)」としては「夏」の「な」とも上手く響き合って魅力ある一首に仕上がっているように思いますよ。

序詞というよりは言葉の響きを利用した遊び心のある歌(言葉遊びの歌)と言った感じかな。
ただまあ、仮に「なす」を序として考えた場合も序と導き出される言葉があまり離れすぎては効果が薄いので…

里山に夏を織りなす茄子の花紫色の風の匂いよ

うん、ここはちょっと下の句の意味が変わってしまいますが、たとえばこんな感じとかで「なす」と「茄子」の間の距離を縮めてみてもいいのかも知れませんね^^
こうすることで「なす」と「茄子」が響き合って、「調べ(リズム)」的にも効果がさらに強調されるようにも思いますので。

でもほんと、里山の風に揺れる茄子の花が目に浮かんでくるような素敵な「調べ(リズム)」の一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)



>雨、雨、雨、萎れた野菜いつまでも洗濯物の乾かぬ窓辺

うんうん、こちらの歌も、雨の降り続く日の憂鬱感を洗濯物を通して詠ったほんとに素敵な一首ですよね。
なるほどなるほど、これは湿った洗濯物を萎れた野菜に喩えいるわけですか。

そうですね、序として使われた「萎れた野菜」が雨と洗濯物の間に入ってしまったためにこの歌も序詞として成功しているかどうかは疑問ですが、歌そのものは充分魅力ある内容に仕上がっていると思いますよ。

その上で、初句の字余りはちょっと「調べ(リズム)」がよくないように思うので…

梅雨どきの萎れた野菜いつまでも洗濯物の乾かぬ窓辺

うん、ここはたとえばこんな感じでまとめてみてもいいのかも知れませんね^^
こうすることで「萎れた野菜」が比喩としての機能と同時に、発想の飛躍の役割も果たして一首がさらに引き立つようにも思いますので。

この歌も序詞とは言えないかも知れませんが、内容自体は比喩が活きていてほんとに魅力ある一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)




>ジャガイモのぽろぽろ崩る煮え過ぎて割れてしまった私の恋は

うんうん、こちらの歌も煮え過ぎた肉じゃがを恋に喩えた感性がほんとに素敵な一首ですね。
この歌は一応、序詞としても成り立っているようにも思いますが、むしろ序詞として読むよりは通常の比喩の歌として読んだほうが歌が活きるかも知れませんね。

ただまあ、ちょっと「崩る」の文語がみなみさんの作風には合っていなくて唐突な感じがしなくはないので…

ジャガイモが崩れるほどに煮え過ぎて掬いきれない私の恋は

うん、たとえばこんな感じとかでまとめてみてもいいのかも知れませんね^^
「(箸で)掬う」は微妙かも知れませんが、「崩れる」と「割れる」の同じことを表現している部分も少しくどいように思いますので。

でもまあ、序詞としてはともかく比喩の歌としてはほんとに魅力ある恋歌に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)




>放置して腐ったトマトもうダメだ、けど捨てられぬ恋どうしよう

こちらの歌も、腐ったトマトから捨てられない恋を導き出した序詞の面白い一首ですね。
この歌もまた序詞としては成功しているように思いますよ。

ただまあ、「もうダメだ」の表現は歌としては少し俗に寄りすぎているようにも感じるので…

放置して腐ったトマトもう駄目な、けど捨てられぬ恋どうしよう

そうですね、ここはたとえばこんな感じで「もうダメな」として表現に捻りを加えてみてもいいのかも知れませんね^^
わずかな違いですが、こうすることで下の句への接続に変化が出て、一首の中に格調さも加わるように思いますので。
あと、「ダメ」の表記もカタカナだと漫画的な感じが出てしまうので、漢字表記のほうが締まっていいかも知れませんね。

でもほんと、序詞を現代短歌の中に取り入れようとする工夫が感じられますし、比喩としてもほんとに魅力ある表現の歌に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)




>「生姜焼き」生姜ないからつくれない、しょうがないからあきらめた恋

>お蔵入りした歌たちよ栄養になれよと食べるオクラのサラダ

>松茸のご飯は冷めて秋の夜、もう飽きました待つだけの恋

うんうん、このあたりの歌についても掛詞的な面白さがあって、なかなかに完成度の高い序詞の歌に仕上がっていると思いますよ。
内容としては三首とも手直しの必要はないように感じます。

ただまあ、「生姜焼き」の歌は前にも言ったように少しダジャレじみた部分が強くて、現代短歌作品としてはあまり高い評価は受けられないかも知れませんね^^;

「松茸ご飯」の歌は、みなみさんにとっては不本意かも知れませんが、読み手が気づかない程度の掛詞を用いた序詞として成功しているのではないでしょうか。
逆に言うと、読み手に気づかれてしまうと「ダジャレ感」が出てしまって評価を下げられてしまう可能性もありそうですが…

「オクラ」の歌は、「生姜焼き」と「松茸ご飯」の歌の中間的な感じで、ダジャレ感はあるものの上の句の表現が個性的で面白いですし、これもまあ、成功の内に入れてもいいのではないでしょうか。

「オクラ」と「松茸ご飯」の二首なら、あるいは僕は歌会に出てきたら票を入れたかも(笑)

まあ、序詞は現代短歌ではまったくと言っていいほど評価されませんが、自分の歌の可能性を広げるという意味では挑戦しても損はないと思いますので、これもまたひとつの参考までにと言うことで^^

ではでは、毎日ほんとに暑い日が続きますが、みなみさんも熱中症などにはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

青芽さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月30日(日)01時13分12秒
  >ベランダにプランター置き茄子胡瓜朝ごと見つむ微笑む頬の

青芽さんのこの歌、よく考えると「茄子や胡瓜を朝ごとに見つめる微笑む頬の(私は)」と言った感じなら、助動詞「たり」をつけた「見たる」よりも、助動詞「つ」をつけた「見つる」にしたほうがさらに歌が活きていいかも知れませんね。

>ベランダにプランター置き茄子胡瓜朝ごと見つる微笑む頬の

うん、こんな感じで^^
万能感のある「たり」に対して「つ」は自らの意志を持って行う動作に使う助動詞ですので、この歌の場合はこちらのほうがぴったり合うようにも思いますから。

でもほんと、季節感もあって爽やかな魅力の野菜の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで♪
 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 7月28日(金)15時01分17秒
  せいかいは四面楚歌なる春の歌履歴に残す紙面疎過にし  

黒路さんへ

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 7月28日(金)10時08分36秒
  プランターでの野菜作りの歌への評を頂きありがとうございました。

「見摘む」には気付きませんでした。生育を見てその過程を楽しむ意で
詠んだものです。従って「見たる」の方が良いですね。

次の歌の「明るく渡す」も渡す事が明るいのですから、具体的に数を
表示した方が良いですね。

いつも適切な評をありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。
 

黒路様へ

 投稿者:  投稿日:2017年 7月28日(金)06時06分48秒
  こんにちは。

大雨が大変だったとの事で、お疲れ様でした。

今回沢山のコメントを頂けて驚いた反面、嬉しく思いました。

考え過ぎは歌らしさを無くすし、同じ言葉を繰り返しても時にはくどくなったり、敢えて避けると説明っぽくなったり、

しかし時には字余りしてでも表現すべきものもあったり…

これまでの添削やご意見で頂いた事を参考にはしたものの「そういう表現もあるのか」と思ったり

「ここはちょっと説明的だったかな」と我ながら考えたり。

色々な方が表現してくださって何だか目移りしてしまうような心地でした。

黒路様に添削頂いたように「が→の」「は→に」「や→は」と変えると、確かに「に」は繰り返しになりますが

雰囲気が纏まって大変参考になりました。

黒路様や皆様が表現してくださった一つ一つが、自分と違う色を持っていて今回詠んだこの歌は幸せものだと思います。


有り難うございました。


棗 拝
 

青芽さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月28日(金)01時28分57秒
  いや~~、それにしても今日もほんとに暑い一日でしたね^^;
あまりの暑さに僕はちょっと体調が優れないのですが、みなさんもどうぞ夏バテなどにはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね。

さてさて、そんな夏の暑さ真っ盛りのこの頃ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも感想など書かせてもらいますね。

>ベランダにプランター置き茄子胡瓜朝ごと見つむ微笑む頬の

うんうん、青芽さんのこの歌も、ベランダでの家庭菜園を詠ってほんとに魅力ある一首ですよね。
「プランター」が歌の中の小物として良いアクセントになっていて、一首に素敵な個性を生み出しているように感じます。

最近は園芸用の肥料なども良いものが増えてきたので、ベランダでの野菜栽培もけっこう上手くいくものですよね。
ベランダのプランターとは言え、自分の家で育てた野菜というのはやはり格別な味がするのでしょう。

そうですね、そんな自家栽培の野菜の成長を楽しみに見つめる主体(あるいはその家族)の姿が目に浮かんでくるようですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

ただまあ、「見つむ」は「見摘む」で見て摘むの意味でしょうか?
うん、ここはちょっとくどい言い方になってしまっているようにも感じるので…

ベランダにプランター置き茄子胡瓜朝ごとに摘む微笑む頬の

ベランダにプランター置き茄子胡瓜朝ごと見たる微笑む頬の

そうですね、こんな感じで助詞の「に」を補って「摘む」のみにするか、あるいは「見たる」で見るという行為のみに限定するのもひとつの手かも知れませんね^^
「摘む」という行為がある以上、「見る」は言わなくても当然、見て摘む意味になると思いますし、逆に「見たる」とすれば野菜の成長の様子を確認して喜ぶ様子を上手く表現できるようにも思いますので。

でもほんと、日常の中に小さな喜びを見つけて詠うという短歌の得意分野を見事に活かした素敵な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)



>食べきれぬ程に生りたり茄子胡瓜お隣さんへ明るく渡す

こちらの歌も先の歌と同じくベランダでの家庭菜園を詠った一首ですね^^
「生りたり」は「なりたり」と読むのかな。
食べきれないほどに採れた野菜をお隣さんにもお分けする近所づきあいの人間味が感じられて、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

ただまあ、あえて言うのなら結句の「明るく渡す」はちょっと説明っぽさを感じなくもないかな。
そうですね、ここはたとえば…

食べきれぬ程に生りたり茄子胡瓜五つ六つをお隣さんへ

うん、こんな感じで数字を入れてみても具体性が出て面白いのかも知れませんね^^
もとの語句だと、ちょっとすべての動作を言葉で言い過ぎな感じがしますので。

でもほんと、野菜や土(肥料)のリアルな生活の匂いが感じられる魅力ある一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、ほんとに体調を崩しやすい時期ですが青芽さんも暑さに負けないでお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

みなさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月28日(金)01時24分8秒
  今日はちょっと諸用で吉野、川上村方面に出かけてきたのですが、途中から大雨が降って大変な目に遭いました^^;
帰ってから知ったのですが吉野方面では大雨警報も出ていたようですね。
帰りは山の中の道を避けて、遠回りでも広い道を選んで正解だったかな。

さてさて、話題になっている棗さんの歌ですが、みなさんそれぞれの感想が出て僕もいろいろと勉強させてもらいました^^

>人の死が数多に在ったその場所は今や小さき石碑が佇む

うんうん、そうですか、この歌は京都の池田屋跡を詠ったものなのですね。
池田屋跡は僕も何度か訪れていてこの歌に詠われている石碑も見たことがありますよ。
たしかに、歴史の舞台がただの石碑のみになってしまっているのを見ると少し寂しいものがありますよね。
(池田屋跡の場合、知らないと見過ごしてしまうような小さな石碑ですし^^;)

その上で、個人的にはこの歌の「今や」の「や」が強調されすぎていてちょっと芝居がかった大げささを感じてしまうので…

人の死の数多に在ったその場所に今は小さき石碑たたずむ

そうですね、「に」の繰り返しは少し気になりますが、こんな感じとかでまとめてみてもいいのかなと感じました。
二句目はあるいはbinsiさんの「在りたり」のように文語にするのも引き締まっていい(池田屋事件を詠ったものだとするなら過去回想で「在りし」かな?)かも知れませんね。

まあ、いろいろな意見が出て迷ってしまうかも知れませんが、歌の答えはひとつではないのでこれもまたご自身で推敲されるときの参考までにと言うことで(笑)

あと、池田屋事件と言えば幕末繋がりで沙羅さんの歌の司馬遼太郎記念館の竜馬の顔も面白いですね^^
僕は実際には見たことがないのですが、ネットで検索してみたところたしかに竜馬の顔っぽいと言えば竜馬の顔に見えるかも…

竜馬を一躍国民の英雄にしたのが司馬さんの「竜馬がゆく」でしたし、そう言う意味では竜馬の霊がシミになって司馬遼太郎記念館の壁に現れても不思議は無いのかも知れませんね。

ではでは、これもひとつの参考までにと言うことで♪
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 7月27日(木)23時28分41秒
  田園を一つ挟みし向かい側 古今を分かつ心地なりけり  

棗さんへ

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月27日(木)19時20分2秒
  自分の歌を投稿しにきたら、棗さんの歌があって、棗さんの歌は黒路さんが添削されたばかりな

ので黒路さんの添削は先になるでしょうと思ったので、軽い気持ちで書かせていただきました。私ならこう

するという改作案で添削ではありませんのでその程度に考えてください。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 7月27日(木)15時19分58秒
  皆様、ご意見有り難うございます。

自分の歌にこんなにご意見頂けて大変嬉しく思っています。

私が今回詠んだ歌は池田屋の事を筆頭に詠んだものであります。

歴史的に取り上げられた池田屋事変、沢山の人が無くなった歴史の跡さえも今では小さな石がポツンとあるだけ…

今回のテーマを見て、其が残念で哀しい気持ちを表したかった。

そういう場所は沢山あるんですが、時代というものに歴史が遺されにくくなっている。

其がただ…言い様のない虚しさを運んで来るんです。

みなみ様の倒置「佇む今や」も一つの手段だと勉強になりました。

ただ倒置にするなら「佇むのみで」と名残を遺すのもありかと改めて思ったりもしました。

そして此方で嘗て添削ご意見頂いた「字余りしてでも書くべき」という考え方もありだなと悩みました。

沙羅様のご意見も私自身、上記のような気持ちで読んでいましたから何が正解とか無いのも然り。

このまま詠むなら「今や佇む」、倒置するなら「佇むのみで」と変えるのも良し…

しかし考え過ぎても詠めなくなると前回教わりましたので(^_^;)

binsi様のように言葉使いを変えたらまた一味違う歌に纏まるなぁと、大変勉強になりました。

考え過ぎても説明的になってしまうし、似たような言葉を重ねても味がなくなり…なかなか難しい処です。

しかし助詞一つ、言葉使い一つ、方法一つで大分印象が変わりますね。

今回沢山ご意見頂けて本当に良かったです。

未熟者ですが、色々自分らしい歌が詠めるよう精進致します。


本当に有り難うございました!



棗 拝
 

(無題)

 投稿者:binsi  投稿日:2017年 7月27日(木)10時32分52秒
  人の死が数多に在ったその場所は今や小さき石碑が佇む(棗さん)

人の死のあまた在りたるその場所に今や小さき石碑たたずむ

 

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