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黒路さんへ

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 7月28日(金)10時08分36秒
  プランターでの野菜作りの歌への評を頂きありがとうございました。

「見摘む」には気付きませんでした。生育を見てその過程を楽しむ意で
詠んだものです。従って「見たる」の方が良いですね。

次の歌の「明るく渡す」も渡す事が明るいのですから、具体的に数を
表示した方が良いですね。

いつも適切な評をありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。
 

黒路様へ

 投稿者:  投稿日:2017年 7月28日(金)06時06分48秒
  こんにちは。

大雨が大変だったとの事で、お疲れ様でした。

今回沢山のコメントを頂けて驚いた反面、嬉しく思いました。

考え過ぎは歌らしさを無くすし、同じ言葉を繰り返しても時にはくどくなったり、敢えて避けると説明っぽくなったり、

しかし時には字余りしてでも表現すべきものもあったり…

これまでの添削やご意見で頂いた事を参考にはしたものの「そういう表現もあるのか」と思ったり

「ここはちょっと説明的だったかな」と我ながら考えたり。

色々な方が表現してくださって何だか目移りしてしまうような心地でした。

黒路様に添削頂いたように「が→の」「は→に」「や→は」と変えると、確かに「に」は繰り返しになりますが

雰囲気が纏まって大変参考になりました。

黒路様や皆様が表現してくださった一つ一つが、自分と違う色を持っていて今回詠んだこの歌は幸せものだと思います。


有り難うございました。


棗 拝
 

青芽さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月28日(金)01時28分57秒
  いや~~、それにしても今日もほんとに暑い一日でしたね^^;
あまりの暑さに僕はちょっと体調が優れないのですが、みなさんもどうぞ夏バテなどにはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね。

さてさて、そんな夏の暑さ真っ盛りのこの頃ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも感想など書かせてもらいますね。

>ベランダにプランター置き茄子胡瓜朝ごと見つむ微笑む頬の

うんうん、青芽さんのこの歌も、ベランダでの家庭菜園を詠ってほんとに魅力ある一首ですよね。
「プランター」が歌の中の小物として良いアクセントになっていて、一首に素敵な個性を生み出しているように感じます。

最近は園芸用の肥料なども良いものが増えてきたので、ベランダでの野菜栽培もけっこう上手くいくものですよね。
ベランダのプランターとは言え、自分の家で育てた野菜というのはやはり格別な味がするのでしょう。

そうですね、そんな自家栽培の野菜の成長を楽しみに見つめる主体(あるいはその家族)の姿が目に浮かんでくるようですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

ただまあ、「見つむ」は「見摘む」で見て摘むの意味でしょうか?
うん、ここはちょっとくどい言い方になってしまっているようにも感じるので…

ベランダにプランター置き茄子胡瓜朝ごとに摘む微笑む頬の

ベランダにプランター置き茄子胡瓜朝ごと見たる微笑む頬の

そうですね、こんな感じで助詞の「に」を補って「摘む」のみにするか、あるいは「見たる」で見るという行為のみに限定するのもひとつの手かも知れませんね^^
「摘む」という行為がある以上、「見る」は言わなくても当然、見て摘む意味になると思いますし、逆に「見たる」とすれば野菜の成長の様子を確認して喜ぶ様子を上手く表現できるようにも思いますので。

でもほんと、日常の中に小さな喜びを見つけて詠うという短歌の得意分野を見事に活かした素敵な一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)



>食べきれぬ程に生りたり茄子胡瓜お隣さんへ明るく渡す

こちらの歌も先の歌と同じくベランダでの家庭菜園を詠った一首ですね^^
「生りたり」は「なりたり」と読むのかな。
食べきれないほどに採れた野菜をお隣さんにもお分けする近所づきあいの人間味が感じられて、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

ただまあ、あえて言うのなら結句の「明るく渡す」はちょっと説明っぽさを感じなくもないかな。
そうですね、ここはたとえば…

食べきれぬ程に生りたり茄子胡瓜五つ六つをお隣さんへ

うん、こんな感じで数字を入れてみても具体性が出て面白いのかも知れませんね^^
もとの語句だと、ちょっとすべての動作を言葉で言い過ぎな感じがしますので。

でもほんと、野菜や土(肥料)のリアルな生活の匂いが感じられる魅力ある一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、ほんとに体調を崩しやすい時期ですが青芽さんも暑さに負けないでお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

みなさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月28日(金)01時24分8秒
  今日はちょっと諸用で吉野、川上村方面に出かけてきたのですが、途中から大雨が降って大変な目に遭いました^^;
帰ってから知ったのですが吉野方面では大雨警報も出ていたようですね。
帰りは山の中の道を避けて、遠回りでも広い道を選んで正解だったかな。

さてさて、話題になっている棗さんの歌ですが、みなさんそれぞれの感想が出て僕もいろいろと勉強させてもらいました^^

>人の死が数多に在ったその場所は今や小さき石碑が佇む

うんうん、そうですか、この歌は京都の池田屋跡を詠ったものなのですね。
池田屋跡は僕も何度か訪れていてこの歌に詠われている石碑も見たことがありますよ。
たしかに、歴史の舞台がただの石碑のみになってしまっているのを見ると少し寂しいものがありますよね。
(池田屋跡の場合、知らないと見過ごしてしまうような小さな石碑ですし^^;)

その上で、個人的にはこの歌の「今や」の「や」が強調されすぎていてちょっと芝居がかった大げささを感じてしまうので…

人の死の数多に在ったその場所に今は小さき石碑たたずむ

そうですね、「に」の繰り返しは少し気になりますが、こんな感じとかでまとめてみてもいいのかなと感じました。
二句目はあるいはbinsiさんの「在りたり」のように文語にするのも引き締まっていい(池田屋事件を詠ったものだとするなら過去回想で「在りし」かな?)かも知れませんね。

まあ、いろいろな意見が出て迷ってしまうかも知れませんが、歌の答えはひとつではないのでこれもまたご自身で推敲されるときの参考までにと言うことで(笑)

あと、池田屋事件と言えば幕末繋がりで沙羅さんの歌の司馬遼太郎記念館の竜馬の顔も面白いですね^^
僕は実際には見たことがないのですが、ネットで検索してみたところたしかに竜馬の顔っぽいと言えば竜馬の顔に見えるかも…

竜馬を一躍国民の英雄にしたのが司馬さんの「竜馬がゆく」でしたし、そう言う意味では竜馬の霊がシミになって司馬遼太郎記念館の壁に現れても不思議は無いのかも知れませんね。

ではでは、これもひとつの参考までにと言うことで♪
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 7月27日(木)23時28分41秒
  田園を一つ挟みし向かい側 古今を分かつ心地なりけり  

棗さんへ

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月27日(木)19時20分2秒
  自分の歌を投稿しにきたら、棗さんの歌があって、棗さんの歌は黒路さんが添削されたばかりな

ので黒路さんの添削は先になるでしょうと思ったので、軽い気持ちで書かせていただきました。私ならこう

するという改作案で添削ではありませんのでその程度に考えてください。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 7月27日(木)15時19分58秒
  皆様、ご意見有り難うございます。

自分の歌にこんなにご意見頂けて大変嬉しく思っています。

私が今回詠んだ歌は池田屋の事を筆頭に詠んだものであります。

歴史的に取り上げられた池田屋事変、沢山の人が無くなった歴史の跡さえも今では小さな石がポツンとあるだけ…

今回のテーマを見て、其が残念で哀しい気持ちを表したかった。

そういう場所は沢山あるんですが、時代というものに歴史が遺されにくくなっている。

其がただ…言い様のない虚しさを運んで来るんです。

みなみ様の倒置「佇む今や」も一つの手段だと勉強になりました。

ただ倒置にするなら「佇むのみで」と名残を遺すのもありかと改めて思ったりもしました。

そして此方で嘗て添削ご意見頂いた「字余りしてでも書くべき」という考え方もありだなと悩みました。

沙羅様のご意見も私自身、上記のような気持ちで読んでいましたから何が正解とか無いのも然り。

このまま詠むなら「今や佇む」、倒置するなら「佇むのみで」と変えるのも良し…

しかし考え過ぎても詠めなくなると前回教わりましたので(^_^;)

binsi様のように言葉使いを変えたらまた一味違う歌に纏まるなぁと、大変勉強になりました。

考え過ぎても説明的になってしまうし、似たような言葉を重ねても味がなくなり…なかなか難しい処です。

しかし助詞一つ、言葉使い一つ、方法一つで大分印象が変わりますね。

今回沢山ご意見頂けて本当に良かったです。

未熟者ですが、色々自分らしい歌が詠めるよう精進致します。


本当に有り難うございました!



棗 拝
 

(無題)

 投稿者:binsi  投稿日:2017年 7月27日(木)10時32分52秒
  人の死が数多に在ったその場所は今や小さき石碑が佇む(棗さん)

人の死のあまた在りたるその場所に今や小さき石碑たたずむ

 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 7月27日(木)08時48分20秒
  我が庭のうす紅色の朝顔も憶良の詠みし秋の七草

これがかの緋扇なるや万葉の種を授かり我が庭に咲く
 

棗さんの歌

 投稿者:沙羅  投稿日:2017年 7月26日(水)13時10分9秒
  別の感想を書いてみますね・

人の死が数多に在ったその場所は今や小さき石碑が佇む(棗さん)


みなみさんの案
人の死が数多に在ったその場所は小さき石碑たたずむ今や

「今や」は「たたずむ」の前に置くのは普通です。
それを倒置して最後に持ってくると、この歌で一番詠いたかったのは今という印象を受けます。「たたずんでいるんです それは今です!」という感じです。

棗さんの歌では普通に石碑が主人公の印象です。

だからどちらが棗さんの言いたかったことになるのかという観点で表現を選べばいいと思います。

またみなみさんの案で石碑のあとの助詞は省略されているので、棗さんの歌でも

人の死が数多に在ったその場所は今や小さき石碑佇む

石碑のあとの助詞を省略し字余りを解決する方法もあると思います。
元歌で「が」が二つあるのは音感上少し煩わしいので、その解決にもなりますね。

どれが一番いいということでなく好みで選べばいいと思います。
 

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 7月26日(水)11時02分23秒
  箱根路を越え来て見しはあの海か実朝公に思いを寄せる  

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 7月26日(水)09時21分3秒
  ひたすらにわが道行けり定家卿紅旗征戎わがことにあらず  

棗さんへ

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月26日(水)07時48分6秒
  人の死が数多に在ったその場所は今や小さき石碑が佇む(棗)

下の句を倒置すれば結句の字余りが解消されるかと。

人の死が数多に在ったその場所は小さき石碑たたずむ今や
 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 7月26日(水)06時11分42秒
  みそひともじがよにうたうわかとえばじだいをこえておもいはいまも  

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 7月25日(火)23時52分6秒
  人の死が数多に在ったその場所は今や小さき石碑が佇む  

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 7月25日(火)17時49分26秒
  雨に濡れビルの谷間の芭蕉庵隅田の川の畔にぞ立つ  

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 7月25日(火)17時44分40秒
編集済
  一葉が反物抱え質屋へと急ぐまぼろし本郷菊坂
 

お題『歴史』

 投稿者:沙羅  投稿日:2017年 7月24日(月)15時43分42秒
編集済
  ああ確かに龍馬の顔が浮かびたり司馬遼太郎記念館の壁に

東大阪市にある司馬遼太郎記念館のコンクリート打ち放しの壁の天井のあたりに坂本龍馬の顔のようなシミがあると評判になりました。
見たら本当にそれらしく見えました。
 

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 7月24日(月)10時35分10秒
編集済
  仲麻呂の眺めし月を吾も観る時空を超えて心かよふか

点と線結びて成るか歴史書は前提として先ず客観視

古戦場いくさの後に碑の建ちぬ双方称へる人のうれしき



 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 7月24日(月)08時49分47秒
  興亡は朧ろとなりて吾が脳にクレオパトラと楊貴妃の貌  

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 7月24日(月)00時50分55秒
  憧れの志士がいた町その片隅で思うようには生きられず

我想ふ方々の遺志学ぶにはその本読みてただ進むのみ

 

★お題は『歴史』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月24日(月)00時00分6秒
  ★今回のお題は『歴史』、期限は七月三十日(日)です★

「源平合戦」「清少納言」など、歴史という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞ、ご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m
 

黒路さま

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 7月22日(土)13時14分9秒
  私の歌をお讀み取りくださってありがとうございます。
初めは、赤きトマトを熱き血潮としたかったのですが、この場合、「茜さす」は不似合になりますね、それにお題の野菜を忘れてはいけないと、トマトに替えてみました。
実際、陽に映える赤いトマトは生命の象徴のようにも思われますので。
こもごもな思いがこみ上げて、思うようには詠めませんでしたが、暖かいコメントいただき とてもうれしいです。
 

歴史

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月21日(金)20時31分13秒
編集済
  墨汁が無限にひろがる流し台、払拭できない黒い歴史は

おそるおそるきみは見ている肩越しに私のなかの真っ黒な海を

逃れても追いかけてくる黒い蝶 そうです悪いのは私です

二首目と三首目は一首目の歌から発想を広げた歌。連作をつくろうとすると、前の歌との関連を考えてしまう
ので、今回は別々につくりました。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 7月21日(金)12時59分52秒
  古の都は今や朽ち果てん木は無く土無くコンクリート


 

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月21日(金)04時02分7秒
  そうですね。和歌には飛躍は使われていませんね。伝統的な和歌の手法、言葉遊びと現代短歌の

手法である飛躍の両方をうまく取り入れて自分の歌を創られている現代短歌の歌人もいらっしゃ

いますね。古典の勉強も大切ですね。
 

みなみさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月20日(木)23時38分23秒
編集済
  「松茸(待つだけ)」の歌は僕は面白くていいと思いますよ^^
まあ、「松茸」と「待つだけ」が掛詞になっている(秋と飽きも掛詞ですね)ことに気づく人がどれだけいるかは分かりませんが、これぐらい距離を離して作者本人と一部の人にしか分からないぐらいの遊び心にしておいたほうが現代短歌としては無難なのかも知れませんね。
(そもそも和歌の掛詞も予備知識なしで読んでどれほどの人が読みとれるか微妙なように思いますし…)

その上で、現代短歌らしい飛躍の技法などを用いたりと、掛詞や序詞だけに頼らないもうひと工夫を入れられれば充分に成功する可能性があるように思います。

まあ、そのあたりは僕自身もまだまだ試行錯誤中なのですが、これもまたひとつの参考までにと言うことで♪
 

さくらさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月20日(木)23時28分47秒
  いや~~、夏なので当然ですがそれにしても今日もほんとに暑い一日でしたね^^;
夜になってもまだ気温がいっこうに下がってこないのにはさすがに参ってしまいますが…

さてさて、そんな茹だるような暑い夜ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>茜さす赤きトマトを凍らせて息子(きみ)に捧げむ永久の命を

うんうん、さくらさんのこの歌、亡くなられた息子さんを想う母の愛情がなんとも切ない一首ですよね。
あらためて息子さんのご冥福をお祈りいたします。

歌の内容としては、凍らせたトマトのように息子さんにもいつまでも失われない永久の命を捧げたいとの願いを詠った一首だと思いますが、息子さんを亡くされたさくらさんの心もまた凍ったトマトのように凍えているようにも読めて切なく感じました。

同時に、「赤きトマト」からは人間の瑞々しい血肉のようなものも連想されて、肉体を凍らせてでもこの世に残っていて欲しいとの母親としての切ない想いや、あるいは願望もあるのかなと、そんな深読みもしてしまいました。

この助動詞「む」は「~しよう」という実現を望む意味ですね。
個人的には字余りでも「たし」のほうが意味として適切かとも思いましたが、ここは願望の「たし」でなくもっと強く実現を望む意味であえて「む」を選ばれたのかも知れませんね。

「与えむ」とせず「捧げむ」とされたのも、すでに亡くなってしまっている息子さんだからこそなのでしょう。

そうですね、「息子(きみ)に捧げむ」がトマトを捧げると永遠の命を捧げるの両方に懸かっている構成も歌の魅力となっていますし、事情を知らない人が読んでも充分作者の主想に近づける愛情溢れる素敵な一首に仕上がっていると思いますよ。

ではでは、ほんとに毎日暑い日が続きますが、さくらさんも熱中症などにはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

みなみ様へ

 投稿者:  投稿日:2017年 7月20日(木)15時38分52秒
  こんにちは、みなみ様。

コメント有り難うございました*

語順を変えただけで印象がまた違って見えますね、これも短歌の楽しい処だなぁと思います。

私の歌だと家の縁側とか庭みたいな場所で夕立の遠雷を聴きながら胡瓜かじってるようなイメージですが

みなみ様の歌だと畑作業の合間などに胡瓜などかじっていたら遠雷が聞こえ始めた、それに夏を感じた…というようなイメージを受けました。

なんだか昔を思い出して、懐かしくなりました(^ ^)


私の歌、見てくださって有り難うございました*


棗 拝
 

れきし

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 7月20日(木)00時46分43秒
  てつどうのれきしでかたるじけんじこしもやまじけんこくてつかいこ  

棗さんへ

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月20日(木)00時27分36秒
  遠雷響く空の下 塩と胡瓜を口にする小さな夏(棗)

この歌に魅かれました。語順を代えるのもアリかと。

小さな夏 塩と胡瓜を口にする遠雷光る畑の空に(みなみ)
 

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月20日(木)00時00分43秒
編集済
  お忙しい中、返信をありがとうございます。そうなんですか。和歌の世界を知らなかったので、

掛詞を使った歌を読んで、一首に二通りの意味があるなんてすばらしいと感動しました。

火 -- 恋・思ひ

「かくとだに えやは伊吹のさしも草さしも知らじな 燃ゆる思ひを」

和歌の掛詞を現代短歌に使うには、かな使いの問題を感じます。「思ひ」と旧仮名にすれば

「火」と掛詞になりますが、「思い」と新仮名にすると「火」と掛詞にならないのでは?

私は自分の歌に旧仮名を使わないのでどうしたらよいのか?

和歌の序詞、掛詞面白いですね。前回の「野菜」で私がつくった歌はダジャレですね。「松茸」

と「待つだけ」そんなのは和歌にはないですね。
 

みなみさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月19日(水)23時12分42秒
  掛詞については、枕詞のような決まりはないですよ。
むしろ、個性を重視する現代短歌では自分自身で工夫した新しい掛詞を作らないと評価されないと思います。
ただ、夕夏さんなども苦労されていますが、現代短歌はこの手の言葉遊びは敬遠されてなかなか評価してもらえないので、もしみなみさんに特別な拘りがないのでしたらあまりお勧めはしませんが^^;

たぶん、現代は短歌の中に「なぞなぞ」のようなものが入ることで、一首の解釈に謎解きで時間がかかる面倒くささを嫌うのでしょうね。
また、序詞もそうですが、掛詞などを使うとどうしてもダジャレ感が出てしまって歌の格調さや情緒が失われやすいのも、現代短歌で好まれない理由のようにも思います。

実際、僕も自分で序詞に挑戦していたときは気づかなかったのですが、歌会などで他の人がよく似たことをされているのを見ると「ダジャレっぽいなあ」と思ってしまったりもしますので(笑)

まあでも、いろいろなことに挑戦した経験は確実に自身の歌の幅を広げてくれて将来の力に繋がるはずですので、みなみさんが掛詞を勉強されること自体はけっして無駄だとは思いませんけど。
うん、これもひとつの参考までにと言うことで♪
 

黒路さま 質問

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月19日(水)19時24分55秒
編集済
  現代短歌の掛詞について

掛詞は枕詞と同様に使える語彙が決まっているのでしょうか? 自分で勝手に作ってもよいのでしょうか?

「恋」の掛詞は「火」ですが、「火」を「鯉」に代えてもよいのでしょうか? 「葉」の掛詞は「言の葉」

ですが「言の葉」を「歯」に代えてもよいのでしょうか? 現代短歌では掛詞は使われているのでしょうか?
 

無題

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 7月19日(水)19時24分12秒
編集済
  呆け止まる薬と信じ母は飲む我は薬を願いと名付けた  

お題『歴史』

 投稿者:沙羅  投稿日:2017年 7月19日(水)10時55分13秒
  思い出を人は語れど中国の大連はすでに故郷にあらず

李香蘭と呼ばれし人は語りたり中国人として生きし日々

清朝の夢をつないで傀儡師の糸引くままに踊る皇帝

玉座には蟋蟀飼ひしちさき箱皇帝溥儀の夢は消え去り
 

お題「歴史」

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 7月18日(火)12時16分14秒
編集済
  渡月橋風流というよりたとえればディズニーランドの喧噪に似て

「初夏やくさめの声も姦しく」落柿舎で投ずはじめての句

結局は賢く生きた女性たち祇王も祇女も佛御前も

鎧着てこの急坂を登りしか俊寛僧都捕縛の武者は

源三位頼政公の墓の前歌詠む武者をすこしうらやむ

平等院造りものなる心地してもしかでてくる松平健

五右衛門が絶景かなと叫びしを納得しつつ三門降りる

振りむいてわが身を観よと諭すごと阿弥陀如来のまなざし優し

 

黒路さま

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 7月18日(火)12時00分27秒
編集済
   ご批評ありがとうございます。
掲出歌の「相性これに勝るものなく」は僕の歌を修正いただいたもので
確かに「ノーベル賞だ発見者には」では「やっつけ」感満載でした。
とにかく、観たものを感じたものを定型におさめるという練習をしています。
しかし、格調がなかったりしてはダメですね。 こうした俗っぽい言い方とか、ダジャレとかだと。

それは、併せて読ませていただいた、穂村氏との話でも勉強させていただきました。

先日の歌会で「君は少し勉強が足りません」と真正面から言われてしまい、落ち込みました。
落ち込んでばかりもいられないので、山崎方代さんではなく、窪田章一郎先生の歌をあらためて
読んで味わうことを始めました。これが、勉強なのかどうかわかりませんが。

こんな時はひとまず前衛短歌ではなく、近代短歌もう一度帰ろうと思っています。

お目にとめていただきありがとうございました。


 

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 7月18日(火)10時38分18秒
編集済
  古刹なる境内に建つ碑の風化の文字に歴史去来す  碑=いしぶみ  

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 7月18日(火)01時14分14秒
  こんばんは。それはサプライズでしたね。片思いですが私も穂村先生の大ファンです。序詞の歌を創っていて和歌の世界を知りました。文語が苦手な私には読むだけでもハードですが、少しずつ勉強したいと思います。  

みなさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月17日(月)23時57分45秒
  今日は大阪天満橋の「エル・おおさか」で行われた短歌イベント「現代歌人集会春季大会in大阪」に行ってきました^^
僕も大ファンの穂村弘さんがメインの講演をされるとのことで一番前の隅っこの席に座って開演を待っていたのですが、開演間際になんと僕の隣の席に穂村さんが座られてその隣の席に大辻隆弘さんも座られていて、とんでもなく緊張してしまいました(苦笑)

僕は以前、穂村さんの関西の講座に何度か参加させてもらったことがあるので軽くご挨拶などはしたことはあったのですが、さすがに数時間も隣に座ってたまにお話などをしたりするのは緊張で生きた心地がしませんでした^^;
まあでも、ラッキーと言えばほんとうにラッキーな経験でしたが(笑)


ちなみに、今回の大会はテーマが「調べの変容」についてだったのですが、現代の若い歌人たちの歌は前衛短歌などの「調べ」を学んだりした試行錯誤の結果としてではなく、単に作者にとっての「なんかいい」と言う天性の判断だけで自身の歌の「調べ」を決めているのではないかとの考察などがありました。
そしてそんな現代短歌の流れを受け入れながらも、どこかで前衛短歌などを学んだ末の「調べ」であってほしい、との願望を持っていることなども語られました(僕の記憶違いな部分もあるかも知れませんが^^;)。

他にも、かつて、口語短歌では散文的になってしまうので最後を終止形で終わってはいけない(ゆるせない)、との刷り込み、あるいは願望があったこと…
作者が自由にコントロール出来るものは詠わない(虚構を詠わない)との刷り込みがあったことなどをあげて、それらを侵した現代の短歌を「冒涜的感受性」と名付けてさまざまな考察がなされました。

また、歌に「~さ」や「~だぜ」と言った作者にとって気持ちのいい言葉を使ってしまう「他人の快楽性の気持ち悪さ」についての考察、でもそれがただ気持ち悪いだけではないこともまた事実であることなども語られました。

まあ、実際にはもっと複雑で高尚なたくさんの内容が語られていたのですが、僕の頭で理解出来たのはこんなところでしょうか(笑)

こんな僕が勝手に解釈しただけの、僕自身も上手くまとめられない内容を抜き出して書いてもみなさんを混乱させるだけかも知れませんが、これもまた短歌を勉強されるときのひとつの参考になればと言うことで^^

ではでは、今夜はこの辺で♪
 

ハリマオさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月17日(月)00時53分0秒
  いや~~、今夜もほんとに蒸し暑いですねえ~~^^;
僕は明日はちょっと大阪方面まで短歌のイベント大会に行ってくる予定(ヘルニアになってから初めて電車に乗ります)なのですが、こんなに暑いと夜眠れなくて夏バテで途中で倒れてしまうかも(笑)
まあ、会場に着きさえすれば冷房も効いていて涼しそうですが…

さてさて、そんな蒸し暑い連休の夜ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想書かせてもらいますね。

>豚カツと千切りキャベツの山盛りは相性これに勝るものなく

うんうん、ハリマオさんのこの歌も、豚カツと千切りキャベツの組み合わせの最強っぷりを詠ってほんとに素敵な一首ですよね。
そうですか、ハリマオさんも豚カツのキャベツがお好きなのですね。
僕もトンカツ屋さんにはよく行くのですが、いつもお代わり自由のキャベツを追加してもらうほどにトンカツとキャベツの組み合わせは好きだったりします。

そうですね、そんな食の楽しさを感じさせてくれるほんとに魅力ある一首ですし、この歌についてもこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
「豚カツ」と「千切りキャベツ」という字面も立っていて良いですし、変に気取らない自然体なところも好感が持てるように感じます。

ただまあ、あえて言うのなら、やはり二句目の字余りですが、ここは助詞を省略しても意味的には問題ないのではないでしょうか。
その上で、三句目の助詞を「は」にしてしまうとちょっと理屈っぽさが出てしまうようにも感じるので…

豚カツと千切りキャベツ山盛りの相性これに勝るものなく

うん、ここはたとえばこんな感じで、三句目のほうを「の」で下の句に繋げてみてもいいのかも知れませんね^^
こうすることで二句の助詞の省略の勢いと三句の「の」の滑らかさで、「調べ(リズム)」にも勢いがついて一首がさらに引き立つようにも思いますので。

でもほんと、「食」という人間の欲求に対して素直に向き合った姿勢が気持ちいい素敵な一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、ほんとに暑い日が続きますが、ハリマオさんも熱中症にはくれぐれも気をつけて素敵な祝日をお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 7月17日(月)00時45分56秒
  かたりべのかたることばのしんいをさがしひらくこもんじょさがすもじ  

★前回の投稿作品★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月17日(月)00時02分29秒
  前回のお題『野菜』に、みなさまから投稿していただいた作品です。
Yahoo!トピック終了にともない、これからはこちらで投稿作品の発表をさせていただきますね。

★前回の投稿作品★
お題『野菜』(敬称略)



夏バテに茄子に胡瓜にとろろ芋ネバネバ野菜に弾く夏

茄子を見て亡き人々を思い出す今年は牛を作りましょう

遠雷響く空の下 塩と胡瓜を口にする小さな夏

青々と実りし野菜へ口づけて思うは祖父母の夏の畑(ハタ)

初盆は行けませんよと想う夜 野菜片手に祖母との思い出

野菜畑の畦道に遥か故郷の祖父母の麦わら帽子を見た気がした

日が射して野菜畑に映える赤 熟したトマトの眩しさよ

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バッカス

トマトマトははごはんにのせトマトたべくだものとまとヤサイトマト

ドラキュラよ我の血液すいたまへ酸味甘味と小さな種を

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ハリマオ

豚カツと千切りキャベツの山盛りは相性これに勝るものなく

ときどきは嘘臭くおもう実篤のなかよしこよしかぼちゃの絵とか

このごろはキャベツの千切り上手くなり山をなしてる冷蔵庫のなか

とんかつにキャベツの千切りぴったりでノーベル賞だ発見者には

オムライスなかのピーマン香りたち安らぎ覚える遅い昼食

ただでさえ野菜を摂らぬ俺なれど時々欲しいほうれん草は

レタスの葉バリバリ食べて栄養はこれで足りると呑みにでる夕

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さくら

茜さす赤きトマトを凍らせて息子(きみ)に捧げむ永久の命を

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青芽

ベランダにプランター置き茄子胡瓜朝ごと見つむ微笑む頬の

食べきれぬ程に生りたり茄子胡瓜お隣さんへ明るく渡す

ファミレスで野菜サラダの中にあるハムのピンクの美しき色

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みなみ

(メロンよりスイカが安いから買おう)そんな気持ちで付き合えません

里山に夏を織りなす紫の匂える茄子の小さき花よ

雨、雨、雨、萎れた野菜いつまでも洗濯物の乾かぬ窓辺

ジャガイモのぽろぽろ崩る煮え過ぎて割れてしまった私の恋は

放置して腐ったトマトもうダメだ、けど捨てられぬ恋どうしよう

「生姜焼き」生姜ないからつくれない、しょうがないからあきらめた恋

お蔵入りした歌たちよ栄養になれよと食べるオクラのサラダ

松茸のご飯は冷めて秋の夜、もう飽きました待つだけの恋

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沙羅

日々伸びるキュウリの苗は劇的な細胞分裂その裡に秘む

鍋の湯は青紫に染りたり色艶のよき茄子を茹でれば

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雨女

人知れず泣きたいときはみじん切り涙の理由(ワケ)は玉葱のせい

赤が好き八等分したトマト二個千切りキャベツと肩を並べる

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夕夏

なまやさいなやましきほどなまやさしくだものよりもとうどのまして

ゆでたまごたべるがごとくみずなすにしおふりたべるあじがしゅんなり

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祐一

わたくしは肉は食べぬとトルストイ菜食主義者偉人が多し

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おこたん

茄子カボチャオクラパプリカ夏野菜キーマカレーに添えた一皿

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歴史

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 7月17日(月)00時00分21秒
  ★今回のお題は『歴史』、期限は七月三十日(日)です★

「源平合戦」「清少納言」など、歴史という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m
 

お題

 投稿者:おこたん  投稿日:2017年 7月16日(日)23時42分12秒
  茄子カボチャオクラパプリカ夏野菜キーマカレーに添えた一皿
 

お題

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 7月16日(日)22時16分3秒
  ドラキュラよ我の血液すいたまへ酸味甘味と小さな種を  

黒路様へ

 投稿者:  投稿日:2017年 7月16日(日)19時35分34秒
  こんにちは、お返事有難うございました。

いつの間にやら蝉時雨、すっかり夏な雰囲気ですね。

最近は野菜ロッカーを見るのが楽しみです、今日は茄子を買いました。

今回はお題が野菜で、少ないですが歌を詠めて良かったです。

でも改めてよく見たら前に投稿した野菜畑の畦道の歌が「の」が続いてしまっていて。

我ながら未熟、と苦笑いしてしまいました。



日が射して野菜畑に映える赤 熟したトマトの眩しさよ
 

お題「野菜」…付け合わせのレギュラーメンバー

 投稿者:雨女  投稿日:2017年 7月16日(日)15時27分37秒
編集済
  赤が好き八等分したトマト二個千切りキャベツと肩を並べる  

お題

 投稿者:ハリマオ  投稿日:2017年 7月16日(日)10時31分46秒
編集済
  ときどきは嘘臭くおもう実篤のなかよしこよしかぼちゃの絵とか

このごろはキャベツの千切り上手くなり山をなしてる冷蔵庫のなか

とんかつにキャベツの千切りぴったりでノーベル賞だ発見者には

オムライスなかのピーマン香りたち安らぎ覚える遅い昼食

ただでさえ野菜を摂らぬ俺なれど時々欲しいほうれん草は

レタスの葉バリバリ食べて栄養はこれで足りると呑みにでる夕
 

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