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お題

 投稿者:祐一  投稿日:2017年 3月31日(金)11時47分4秒
編集済
  世の中はほとんど運で通ってる天災などには黙ることしか  

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 3月31日(金)11時19分22秒
編集済
  天丼の下を注文す野菜など海老はひとつで飯ひろく見え  

五首連作 「天」

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 3月31日(金)06時47分27秒
編集済
  ひさかたの都の春は花ひらく桜のようにパッとはじまる

静心なくサクサクと通り過ぐチラ見しただけ今年の桜

ひさかたの夜桜(よざくら)愛でる暇なんてなくてサクサク春はサクサク

天飛ぶや「あべのハルカス」日本一「ランドマーク」をかるーく抜いた

天飛ぶや軽い歌ならつくれるが「あべのハルカス」手がとどかない


一首~三首は古今集 紀友則の歌から想起しました。
ひさかたの光のどけき春の日に静心(しづごころ)なく花の散るらむ
 

黒路さんへ

 投稿者:祐一  投稿日:2017年 3月31日(金)05時44分32秒
  私の歌を取り上げて下さって、有難うございます。確かに、「ただ一つ」と「孤独」は、かぶりますね。勉強になります。  

祐一さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月31日(金)01時09分21秒
  いや~~、今日は厚着をしていると汗ばむようなお天気で、大阪でもとうとう桜の開花が宣言されたようですね^^
次の日曜あたりはまだお花見には少し早そうですが、ぽつぽつと開花した桜を見て歩くのもまた楽しいかも知れませんね。

さてさて、そんな春らしさも増してきたこの頃ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>見上げると真暗き空にただ一つ孤独な月が青く光れり

うんうん、祐一さんのこの歌も、真っ暗な空の孤独な月を詠ってほんとに素敵な雰囲気の一首ですよね。
雲に覆われた星ひとつない夜空に、青い月だけがひっそりと光っている…
そんなイメージが広がってきて、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

ただまあ、あえて言うのなら、「ただ一つ」と「孤独」は同じような意味なので、ここはたとえば三句目を「われに似た」とかにしてみても面白いかも知れませんね。

見上げれば真暗き空にわれに似た孤独な月が青く光れり

うん、こんな感じとかで^^
こうすることで、歌の中に主体の姿も現れて来て、一首に重厚さが増すようにも思いますので。
あと、初句は「見上げれば」としたほうが締まっていいかとも思います。

でもほんと、夜空の月に孤独を見て取った祐一さんらしい感性の素敵な一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)



>自販機でコーラを買いて帰り行く自転車こぐを月が見ている

うんうん、こちらの歌も、自販機でコーラを買って帰る自身を月が見ていると感じ取った、月の擬人化が魅力の一首ですよね。
歩いて帰るのではなく自転車で帰るとの部分に個性と雰囲気のある魅力を感じますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

ただまあ、あえて言うのなら「自転車こぐを」の表現はちょっと性急過ぎるような気もしますけど。
そうですねえ、ここはたとえば…

自販機でコーラを買いて帰り行く自転車の背を月が見ている

うん、こんな感じとかでまとめてみるのもひとつの手かも知れませんね^^
こぐと言わなくても自転車に乗って帰る時点でこいでいることは充分伝わると思いますので。

でもほんと、まさに「詠み手の顔が見えてくる」ような良い意味での生活匂のする魅力の一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)



>公園のベンチに一人腰かけりゃ緑のそよ風もうすぐ五月

こちらの歌は、公園のベンチでのひと時を詠った一首ですね^^
「もうすぐ五月」ということは、四月の終わり頃の歌ですが、春から初夏に移り変わる時期のそよ風の心地よさを感じさせてくれて、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

「腰掛けりゃ」の表現は意見の分かれるところかも知れませんが、ここも僕は作者の個性として面白く読ませてもらいました。
ただまあ、あえて言うのなら四句目の字余りですけど、ここは同じような意味でも…

公園のベンチに一人腰かけりゃ木々のそよ風もうすぐ五月

うん、こんな感じとかで緑の中を吹くそよ風を表現してみるのもひとつの手かも知れませんね^^
でもまあ、「緑のそよ風」の四句目はこの歌の中の一番の個性ですし、そこをあえて字余りで強調するというのもこれはこれで面白いようにも思いますけど。

そうですね、そんな祐一さんの生活の一こまを緑のそよ風を通して詠った季節感がほんとに素敵ですし、これもまたひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、週末に掛けては少しお天気も崩れて寒くなるそうですが、祐一さんも油断して風邪など引かないようにくれぐれも気をつけてくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 3月30日(木)20時32分34秒
  紅薔薇を髪に挿したるカルメンの歌のみ聞こゆ天井桟敷

天鵞絨(びろーど)の赤いドレスで逝きし妹(こ)はカメラ目線の三歳のまま
 

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 3月29日(水)08時01分1秒
  返信をありがとうございました。メタファー=隠喩という解釈でよいのですね。先日の歌会はプロの方とアマチュアの参加者が同じ題で歌を作り批評し合ったのですが、自分の歌をプロの方の歌と比べると差が歴然で勉強になりました。また連作を投稿しますのでよろしくお願いします。  

みなみさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月29日(水)00時55分7秒
  そうですか、みなみさんは歌会でご自身の歌の批評を受けてこられたのですね^^
みなみさんの歌は単純な内容のものもあれば、複雑な歌もあるので、一概には「単純」とも「難しい」とも言えないと思いますよ。
まあでも、しっかりとした読み手の評を受けていろいろと勉強になったようでなによりでした(笑)

さてさて、ご質問の件ですが、「メタファー」は隠喩の意味ですね。
まあ、僕は短歌の歌会や批評などでこの言葉を聞いたことはありませんが、好んで使われる方もいらっしゃるのでしょうね^^
(「隠喩」という言葉は普通に使われますけど)

比喩には「~のごとく」とか「~のように」という直喩と、「ごとく」などを使わずに喩えとする「隠喩(メタファー)」があります。

>束の間の旅だったとは液晶の白い夜空のペーパームーン

束の間の旅=ほんの短い間の恋
液晶の白い夜空のペーパームーン=偽物の世界の偽物の恋

みなみさんのこの歌は、おっしゃるとおり「隠喩(メタファー)」が使用されている歌と言えるでしょうね。
ただ、歌としては一首のうちの上の句と下の句の両方に比喩を用いてはちょっと手応えのない抽象的な内容になってしまうので、どちらか一方のみにしておいたほうがいいかも知れませんね。

束の間の恋だったとは液晶の白い夜空のペーパームーン

うん、上の句をこんな感じにすれば下の句の隠喩が恋を喩えていることがはっきりとして、結果的に下の句のメタファーがより一層活きてくるようにも思いますので^^
「偽物の世界の偽物の恋」という二重の喩えも正直なところ分かりにくい喩えですが、最近の現代短歌ではこれぐらいひねくれたほうが好まれることも多いのでこれはこれで良いようにも思います。
(まあ、僕個人としてはそういう現代短歌の「流行」をあまり好んではいなかったりもしますが・笑)

まあ、これもひとつの参考までにと言うことで。
ではでは、また時間を見つけて他のみなさんの歌にも感想など書かせてもらいますね(^・^)
今夜はこの辺で~~♪
 

binsiさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月29日(水)00時52分5秒
  >媒酌のつとめ果せし灯の下にほのかに匂ふ桜湯を飲む
        媒酌・仲人 晩酌・夕食ころの酒

この歌は仲人をされたときの一首だったのですね^^;
「媒酌」と「晩酌」を勘違いしていました(大汗。。
申し訳ありませんです。

binsiさんが仲人をされた結婚式だとすると、新郎の実家などで行われた昔風の結婚式の思い出の歌でしょうか^^
最近は式場などでの洋風の結婚式が増えてきましたが、こういう和風の昔ながらの結婚式も風情があっていいものですよね。
うん、そんな仲人をされたときの思い出を、「桜湯」を通してほんとに素敵に表現されている一首だと思います。

ではでは、桜の花も各地で開花してきましたが、夜などはまだまだ冷える日も多いですので、binsiさんもどうぞ風邪など引かれないようにくれぐても気をつけてくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 3月28日(火)20時04分55秒
  天(あま)という名前をつけし愛猫をお題の字を見て偲ぶ夜なり


 

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 3月28日(火)09時52分55秒
  嬰児の早々に逝き悲しむを天命といふは無惨きはまる  嬰児=みどりご  

お題

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月27日(月)18時47分26秒
  暮石屋に天竺と書かれた石ひとつ誰が買うのか思って五年  

★前回の投稿作品★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月27日(月)00時02分36秒
  前回のお題『緑』に、みなさまから投稿していただいた作品です。
Yahoo!トピック終了にともない、これからはこちらで投稿作品の発表をさせていただきますね。

★前回の投稿作品★
お題『緑』(敬称略)

祐一

ポカポカの日差しを浴びてひさびさに田を行く我に緑が痛し

太陽の日差しが木々に差し込んで木々の緑が輝いている

公園のベンチに一人腰かけりゃ緑のそよ風もうすぐ五月

緑萌ゆる若葉の頃に思い出す遠きあの日の始めての口づけ

若き娘は若葉のごとく新鮮で見ているだけで元気が出てくる
      娘→こ

緑の葉日差しを浴びて嬉しそう自らの色輝き放ち

疲れたね私の緑目にいいよ木々の葉我にささやいている

紺碧の空に誘われ田を行けば緑緑にそよ風ぞ吹く

生きてると色んなことがありますよ山の中で寝島に流され

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バッカス

妻に問うミトコンドリアとは何とミドリムシだとポツリつぶやく

ガム一枚なれど名前は多々ありき口の恋人 ミドリの吐息

客間にて茶は出てきたが人が来ず畳の淵の緑を擦る

一寸の芋虫パセリを食む日々は緑のひかり歳をとりゆく

雪積もりひと冬のとき層となる春日よ吾の今を剥ぎとれ

棺桶に冬放り込んで荼毘にふす種火となる季よ勢いをませ

病む季節おわりを迎え光射す暖立ち昇り雲影おとす

能面の半分ひらく唇に寒押し込んで冬を殺める

生もなく死もなく吾は空に住む季節の真中漂うことなく

牡丹餅がキチリと並ばぬ重箱にしがみつく冬指で剥ぎ取る

春分けるとき来たれども靴の底まだ深々と寒さを踏み行く

雪解けの田圃に集う白鳥は我蔑みながら土食い進む

雪しろがゆるり流れし富良野川水皺の中震える柳よ

新緑に着替えて木々は笑いだす春風迎えふるえるように

パンの耳の焦げた破片が床に散るわたしの海馬に残ることなく

みどり降る上富良野町という町がある寂しさ積もる町わたしの町

ひと気ない図書館のよこのオンコの木季節しらずに煤けて緑

刻とまりソファーに散らばる服のむれハンカチひとつわれはさがせず

-------------------------------------
夕夏

もしひとがいなけりゃちきゅううつすそらからみればみどりのほしならむ

あおによしならのみやこはあかあおみどりひかりとかげにつつまれて

くろうまをあおあおをみどりというにほんごにあいつうじるかんせい

ひざしあびひましにふえるあおいかげくさきめぶきてちじょうをおおう

-------------------------------------
さくら

大仏も欝におわさむ早春の身に纏いつく緑青の錆
緑青→ろくしょう

流されて廃墟と化した被災地に羊放たれ雑草を食む

かじかんだ心ひらけと多摩川の芽吹きの土手を風の吹きくる

艶やかに緑湛えし寒椿われも生きむか掌(たなごころ)上げ

しんとして木は語らずも新緑に染まりゆくほど坐っておりぬ

-------------------------------------
青芽

縁側に緑茶啜りつ庭に咲く黄の水仙に和むこころの

一日の野菜摂取を示しつつサプリメントのCМ何度も

最上川水滔滔と流れをり新緑の気を腹の底まで

喧噪の街を抜け来て新緑の木立のなかに深呼吸せる

-------------------------------------
おら

ゴタゴタでめくり忘れたカレンダーふと気が付けば緑目に入る

-------------------------------------
結花

熱々の真緑の茶の真ん中で溶けてく氷の叫びを聞いて

-------------------------------------
 

★お題は『天』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月27日(月)00時02分5秒
  ★今回のお題は『天』、期限は四月九日(日)です★

「天使」「天麩羅」など、天という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m

PS.今回もお題、二巡目です(^・^)
 

日常の中で

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月26日(日)13時46分29秒
編集済
  パンの耳の焦げた破片が床に散るわたしの海馬に残ることなく
みどり降る上富良野町という町がある寂しさ積もる町わたしの町
ひと気ない図書館のよこのオンコの木季節しらずに煤けて緑
刻とまりソファーに散らばる服のむれハンカチひとつわれはさがせず

 

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 3月25日(土)18時04分11秒
編集済
  桜も咲きはじめたようです。来週鎌倉に行くので見られそうです。プロの先生から講評をいただける歌会に行ってきました。私の歌は単純過ぎるといわれると思いましたが意外にも難しい歌といわれました。結社の方も参加されていたと思いますが、参加作品のレベルが高かったです。私の歌にプロの先生の票は入りませんでした。ちがうところで切って読まれ、それはちがうと言いたかったですが、著名な先生なので言えませんでした。

しばらく前に投稿した歌に添削をありがとうございました。
一首目は私自身の体験です。一人暮らしのOLをしていた時、安月給で正月に食べ物が買えないことがあったのです。言い回しが大げさだし、歌のつくりが単純過ぎましたね。

ペーパームーン直訳すると紙の月。パソコンの液晶の空に浮かんだ紙の月のように、本物ではない恋だったという失恋の歌です。

束の間の旅=ほんの短い間の恋

液晶の白い夜空のペーパームーン=偽物の世界の偽物の恋

この歌は歌全体がメタファーになっていると言えるでしょうか?

「メタファー」というのがよくわからないのですが、ご説明いただけるとありがたいです。

スペースの使い方は、まだよくわかっていません。また試みてみます。
質問ばかりですみません。返信はお暇な時でかまいませんので。
また新しい歌を投稿します。よろしくお願いします。
サザンの「月」は私も調べましたが、桑田さんはソロの歌をサザンのライブで歌うことがあるようなので、広義で「サザンの月」と使ってもよいかと。
 

さくら様へ

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月25日(土)15時43分30秒
  笑う木の話を聞いたことがありまして。幹をコチョバスと枝先を振って笑うそうです。それは木が風を呼ぶのかも知れません。タイミングよく風が吹くのかも知れません。
分かりませんが、人々はその木を笑う木と呼ぶ。という話です。あやふやな記憶ですが思い出し、このような歌を詠みました。風が吹くのでわなく迎えるにしてみました。
お題の件、忘れていました。緑でしたよね。
それにしても さくら様、素敵な歌、お詠みになりますね。
楽しみにしています。
 

バッカスさま

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 3月25日(土)08時06分22秒
  >新緑に着替えて木々は笑いだす、、、

とてもおもしろい表現ですね~! ほんと、これからは緑を大いに享受したいですね。

あの~、バッカスさんはどうして「お題」としないで、ときどき「無題」となさるのですか?
ちゃんと「緑」を詠っていらっしゃるのに。(おせっかいですね、))^o^(
 

媒酌

 投稿者:binsiメール  投稿日:2017年 3月25日(土)07時41分57秒
編集済
  媒酌のつとめ果せし灯の下にほのかに匂ふ桜湯を飲む
          ※呑むは飲むと訂正致しました感謝
        媒酌・仲人 晩酌・夕食ころの酒
 

みなみさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月25日(土)00時33分20秒
  いや~~、東京ではとうとう桜が開花したようで、来週には各地でお花見が出来るかも知れませんね^^
僕はちょっと椎間板ヘルニアの調子がまた少し悪化してきたのであまり遠出は出来そうにないのですが、また近くの公園などに写真撮影にでも行ってみたいものです。

さてさて、そんな桜の花も少しずつ開花しだしたこの頃ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも感想など書かせてもらいますね。

>生と死の境目を見た貧しさに食べ物買えぬ正月ありき

うんうん、みなみさんのこの歌は、食べ物も買えない正月の貧しさを、「生と死の境目を見た」と表現した感性が魅力の一首ですね。
さすがに、みなみさんご自身がそこまで辛い環境にあるとは思えませんが、これはテレビなどで見た情景を詠ってのものでしょうか。

そうですね、自身の状況を詠った場合なら結句の「ありき」の切迫感の無さが気になってしまいますが、テレビなどで観た他の人の状況として詠っている場合なら適度な距離感も出ていて、一歩離れた場所からの社会の無情さに心を痛める感じがよく表現されていると思いますよ。

ただまあ、あえて言うのなら「食べ物(も)買えぬ」の助詞の省略がちょっと歌の甘さとして出てしまってるようには感じるので…

生と死の境目を見た食べ物も買えぬ貧しき正月のあり

うん、ここはたとえばこんな感じとかでまとめてみてもいいのかも知れませんね^^
微妙な違いに過ぎないかも知れませんが、助詞を省略することで素人っぽさが出てしまう場合もありますので。

でもほんと、世の中にはこんな貧しさの中で生活している人もいるという現実を直視した力のある一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで。



>束の間の旅だったとは液晶の白い夜空のペーパームーン

こちらの歌は、一転して液晶の中の白い夜空の月の下を旅した、束の間の幻想を詠って素敵な一首ですね。

「ペーパームーン」は、アメリカの映画のタイトルとしても有名なようですが、この歌の場合は映画とは関係のない、本物ではない「まやかし」の意味と解釈したほうがいいのかな?
あるいは、パソコンの液晶の前でうとうとと眠ってしまったのかも知れませんね。
「~だったとは」の表現はみなみさんの歌でよく出てきますが、これはまあ僕はひとつの個性として尊重したいと思います。

そうですね、そんな一時の幻想の旅を詠って魅力ある一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
ただまあ、「ペーパームーン」がどうしても映画のタイトルと重なってこの歌の内容だとまぎらわしいので…

束の間の旅だったとは液晶の白い夜空のまやかしの月【ペーパームーン】

うん、ここはたとえばこんな感じで「まやかしの月」としてルビで「ペーパームーン」と読ませてもいいのかも知れませんね^^
自分では当然理解されると思っている表現が読み手には意外に理解されないこともけっこうありますので。

でもほんと、幻想的で不思議な魅力の一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)



>絡みつくノルマを逃れダイブする黄昏時にサザンの「月」に

うんうん、こちらの歌も仕事などのノルマからの逃避行を魅力的な表現で詠って、ほんとに素敵な一首のように思いますよ。

とくに「絡みつくノルマ」との表現が個性的で、「ダイブする」の大胆さも単に逃げ出す消極性とは違った自由への逃避行のような魅力を感じます。

ただ、「サザン」はサザンオールスターズのことだと思いますが、調べてみたところ「月」は桑田佳祐さんのソロの歌で、サザンオールスターズの歌では無いようなので、この結句はちょっと正確性に欠けるかも知れませんね。
う~~ん、ここはたとえば…

絡みつくノルマを逃れダイブする 桑田の歌う「月」の世界に

そうですねえ、たとえばこんな感じとかでまとめてみるのもひとつの手なのかな^^
(みなみさんのもとの歌の場合だとスペースは必要ないかと思いますが、こちらの場合は桑田佳祐さんがダイブして歌う意味にも取れてしまうので、スペースで区切ってもいいかと思います。)

でもほんと、歌自体は個性的でみなみさんの歌の中でもかなり高く評価できる一首だと思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)



>太陽は月に変りぬ全部嫌い爪の先まで愛したきみの

こちらの歌も、ネガティブな感情を個性的な表現で詠って、ほんとに素敵な一首に仕上がっていると思いますよ。
意味的には、日中の太陽が夜になって月に変わったように、かつては爪の先までも愛したきみのすべてが嫌いになった…と言ったところでしょうか。

そうですね、筋を付けすぎない言い回しも効果的に活きていると思いますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

その上で、ご質問にもあった「スペース」での区切りですが、この歌の場合は意図的にぷつりぷつりと切った言い回しの「調べ(リズム)」を活かすために、表記を区切ってみてもいいのかも知れませんね。

太陽は月に変りぬ 全部嫌い、爪の先まで愛したきみの

うん、たとえばこんな感じとかで読点も交えてみるとか^^
このあたりは何が正解ということもないですし人によっても判断は分かれると思いますが、あまりやり過ぎない程度にいろいろと工夫してみてもいいように思います。

でもほんと、読み手を引きつける個性のある面白い内容で素敵な一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、今日はまた夕方から少し気温が下がってきましたが、みなみさんも風邪など引かれないようにくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

(無題)

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月24日(金)21時45分56秒
  新緑に着替えて木々は笑いだす春風迎えふるえるように

さくらさんの本歌取りとまでいきません  です。
 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 3月24日(金)10時10分33秒
  しんとして木は語らずも新緑に染まりゆくほど坐っておりぬ

 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 3月24日(金)09時54分17秒
  ひざしあびひましにふえるあおいかげくさきめぶきてちじょうをおおう  

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 3月24日(金)09時51分53秒
編集済
  喧噪の街を抜け来て新緑の木立のなかに深呼吸せる

 

お題

 投稿者:祐一  投稿日:2017年 3月23日(木)07時08分11秒
  生きてると色んなことがありますよ山の中で寝島に流され  

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月22日(水)19時30分42秒
編集済
  雪しろがゆるり流れし富良野川水皺の中震える柳よ  

(無題)

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月21日(火)20時57分32秒
編集済
  雪解けの田圃に集う白鳥は我蔑みながら土食い進む
 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 3月21日(火)19時52分37秒
  かじかんだ心ひらけと多摩川の芽吹きの土手を風の吹きくる

艶やかに緑湛えし寒椿われも生きむか掌(たなごころ)上げ
 

お題

 投稿者:結花  投稿日:2017年 3月21日(火)19時18分14秒
  熱々の真緑の茶の真ん中で溶けてく氷の叫びを聞いて
 

黒路様 夕夏様

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月21日(火)05時50分14秒
  御回答ありがとうございます。  

バッカス さんへ

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 3月21日(火)01時40分38秒
  一生を山懐で生きる意味我知ること拒み歳を重ねる
「懐」が肝のような気がしますので「山」に十勝岳をあてると
生きる意味知ること拒み歳重ね永久に十勝岳に育まれ
「山懐」を「十勝岳に育まれ」に置き換えるくらいしか思いつきませんでした。
固有名詞を入れる必要性が感じられないので、入れるならと語順を入れ替え音数も無理に合わせてみました。
元歌のままで良いと思いますけど?
 

バッカスさんへ追伸(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月21日(火)01時07分15秒
  >3.判らん奴などほっといて、自分が判ればそれでいい。なのか。

これについては、難しい問題ですね^^;
そもそも読み手それぞれの解読力の問題もありますし…

ただ、理解されるために簡易な表現で詠うというのはやはりちょっと違うと思いますし、自分一人が判ればいいというのもやはり違うと思います。
「自分の歌の読者に誰を想定するか」、「誰に読んでほしいか」などを考えながら、その上で自分の表現したい歌を探っていくしかないのかも知れませんね。

少なくとも、僕は優れた読み手に理解される歌を目指す努力は必要なように思いますので。
自分の歌を誰にも理解してもらえないというのも寂しいですしね^^

まあ、最近は僕も年を取ってきて丸くなったのか、結果として自分が楽しければそれでいいという詠い方も、それはそれでいいようにも思いますけど(笑)

ではでは、(ほんとに)今夜はこの辺で♪
 

バッカスさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月21日(火)00時40分53秒
編集済
  ご質問の件ですが、僕は誰も知らないような地名や固有名詞なども積極的に歌に入れたほうがよいと普段から感じています^^
山の名前に限らず、町や村などの地名、あるいは花の名前などもそうですね。

短歌としての表現だけで見た場合でも山を単に「山」と詠うよりも、「十勝岳」としたほうが遙かに歌に具体性が生まれて魅力的だと思いますよ。

まあ、現在短歌では意外な着眼点や発想で詠った「個性」が何よりも重視される風潮にあるので、土地の風土などを詠った地味な歌はどちらかと言うと軽視されがちではありますが^^;

今は亡き万葉研究家の犬養孝さんは「万葉集の歌は歴史と風土を抜きにしては理解できない」とよくおっしゃっていましたが、最近の現在短歌にはこの「歴史と風土」が大きく欠けてきているようにも思います。

かつて、土地の名が名歌として詠われることによって「歌枕」となり、人々に知られるようなったように、現代歌人も誰も知らないような地名でもどんどん歌に詠み込んで新たな「歌枕」を作り出して欲しいものですね。

まあ、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、バッカスさんたち他のみなさんの歌にも、またじかんを見つけて感想書かせてもらいますね~~
今夜はこの辺で♪
 

binsiさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月21日(火)00時11分58秒
編集済
  いや~~、三月も半ばを過ぎて、さすがに日差しの温かい日が増えてきましたね^^
この三連休はよいお天気でしたし、みなさんもどこかへお出かけなどされて楽しい時間を過ごされたでしょうか。

さてさて、そんな春本番も間近のこの頃ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想など書かせてもらいますね。

>地を這ひて咲きし小菊の一枝を挿せば厨に香り立ち来る

うんうん、binsiさんのこの歌も、厨に挿した一輪の小菊の香りを詠ってほんとに素敵な一首ですよね。
小菊は添え木をしないと地面を這うように横に広がって咲くことも多いようですね。
僕も去年の秋に春日大社の万葉植物園にノジギクを見に行ってきたのですが、地面を覆い尽くすように一面に咲いた花がほんとに綺麗でした。

そうですね、そんな一輪の花の存在が厨の中に示す存在感を香りを通して見事に表現されていますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。

次の桜湯の歌でもそうですが、上の句の時間から下の句の時間への経過という、二つの世界を一首の中に詠うことで、歌に重層さが生まれているのも魅力のように思います^^

うん、「立ち来る」の「来る」も、それまで厨に存在しなかった香りの来訪を感じさせてくれますし、静かな表現の中にも強い個性の一首に仕上がっていると言えるのではないでしょうか。



>媒酌のつとめ果せし灯の下にほのかに匂ふ桜湯を呑む
      ※灯の下(もと)

うんうん、こちらの歌も、先の歌と同じく何気ない日常の中にも存在する詩的な時間を感じさせてくれてほんとに素敵な一首ですよね。
この晩酌は亡きご主人さんの相手をされたときのことでしょうか。
晩酌の相手をする時間と、桜湯を楽しむ時間の、対照的でありながらもそのどちらもが主体にとっての素敵な時間として読みとれるのも魅力的ですよね。

「桜湯」は塩漬にした桜の花に熱湯を注いだ飲物とのことで、婚礼の席などで飲まれることも多いのだとか…

そうですね、そんな風流さも感じられる桜湯を詠って静かな魅力の一首ですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思いますよ。
ただまあ、細かなことですが結句の「呑む」の表記は「飲む」のほうがいいかも知れませんね。

媒酌のつとめ果せし灯の下にほのかに匂ふ桜湯を飲む

うん、こんな感じで^^
これもどこまで真実なのかは分かりませんが、調べてみたところ「呑む」は主に個体を呑み込むときに使う表記で、液体を飲むときには「飲む」のほうを使うのが正解なのだそうです。

他にもお酒の場合などでがぶが呑む時に限って「呑む」を使うそうですが、桜湯はさすがにがぶがぶは飲まないと思いますので。

でもほんと、晩酌の二人の時間と、桜湯を飲む一人の時間の対比も魅力の素敵な一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、季節の変わり目で体調を崩しやすい時期ですが、binsiさんもどうぞお身体を大切にしてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

黒路様 皆様にお伺いします

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月20日(月)23時14分50秒
編集済
  一生を山懐で生きる意味我知ること拒み歳を重ねる
一生を山懐で生きる意味我問い持たぬ十勝の山に

  山は十勝岳です。でさが十勝岳としてどれ程の人が場所や名前を知っているでしょうか。ならば、「やま」と書いて正解なのか。
流れて早し最上川、最上川を私は何処にありどんな川かしりません。ここは川の形状を書くべきなのか。
小学生の一首に
うちのねこ ばくといいます こねこです のびをすると ほそくなります
この歌は内容より、リズムが良い点で優れていると思います。
そこで
1.まず誰もが知らないだろうと思われる場所名は避けるべきか。
2.名も知らぬ場所でもリズムが良ければいれるべきか。
3.判らん奴などほっといて、自分が判ればそれでいい。なのか。

私が詠んだ短歌を見て妻は「なに書いてるのか判らん」といいます。老若男女誰がみても「ほー」と言わせる歌とはどのような歌なのか。何を考えながら詠めば宜しいのでしょうか。

皆様の考えを教えて下さい。
 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 3月20日(月)15時12分11秒
  くろうまをあおあおをみどりというにほんごにあいつうじるかんせい  

黒路さま

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 3月20日(月)06時55分12秒
  お忙しい中、返信をありがとうございました。
自作に「悲しい」と使いましたが、稚拙な感じもして、そのまま過ぎると思い、別の形容詞に代えました。黒路さんの説明でよくわかりました。
 

★お題は『緑』★

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月20日(月)00時02分19秒
  ★今回のお題は『緑』、期限は三月二十六日(日)です★

「新緑」「緑茶」など、緑という言葉から連想するものなら何でもけっこうです。
お題の言葉を含んでいなくても構いません。

題詠の期間は一つのお題につき二週間です。
みなさんが気持ちよく参加できるよう、どうぞご協力のほどをよろしくお願いしますねm(_ _)m
 

(無題)

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月19日(日)22時13分19秒
編集済
  牡丹餅がキチリと並ばぬ重箱にしがみつく冬指で剥ぎ取る
春分けるとき来たれども靴の底まだ深々と寒さを踏み行く
 

みなみさん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月19日(日)21時34分19秒
  ご質問の件ですが、「寂し」や「悲し」などの感情を表す形容詞の使用は、とくに制限はないですよ^^
ただ、歌によってはその時々で別の言葉や表現を用いてそれらの感情を表したほうが効果的なこともあるので、一概には言えないでしょうね。

とくに口語調の現代短歌などでは「寂しい」とか言われるとはっきりと言い過ぎな感じも受けてしまうので、それを言わずに感じさせる工夫が好まれたりもするようです。

たとえば前後に個性的な表現や発見のある歌の場合にはそれほど気にはなりませんが、「寂しい」や「悲しい」気持ちだけが主想の歌でそのまま「寂しい」と表現してしまうと「それを言わずに表現したほうがいい」との批評を受けることが多いです(笑)

ですので、結論としては、使うこと自体はまったく問題はないけれどもそれを言わずに表現できないか推敲してみる、と言ったところでしょうね。

まあ、これもひとつの参考までにと言うことで。
ではでは、またみなさんの歌にも感想書かせてもらいますね~~♪
 

黒路さんへ 質問

 投稿者:みなみ  投稿日:2017年 3月18日(土)18時20分55秒
編集済
  「嬉しい 悲しい 楽しい 寂しい 懐かしい」などの感情形容詞は短歌にそのまま使わない方がよいでしょうか? 以下の作例がありますが。

奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋は悲しき(古今集)

白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ(若山牧水)

故郷の訛り懐かし停車場の人ごみの中にそを聞きに行く(石川啄木)

秋雨は別れに倚(よ)りしそのかみの柱のごとくなつかしきかな(与謝野晶子)

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君(与謝野晶子)

稲刈りて淋しく晴るる秋の野に黄菊はあまた眼をひらきたり(若山牧水)

秋の日はさびし切なし部屋の棚あらゆる花をもて飾れども(与謝野晶子)
 

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 3月18日(土)17時56分35秒
  最上川水滔滔と流れをり新緑の気を腹の底まで  新緑には早い時季ですが、先取りで・・  

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月18日(土)12時39分27秒
編集済
  雪積もりひと冬のとき層となる春日よ吾の今を剥ぎとれ
棺桶に冬放り込んで荼毘にふす種火となる季よ勢いをませ
病む季節おわりを迎え光射す暖立ち昇り雲影おとす
能面の半分ひらく唇に寒押し込んで冬を殺める
生もなく死もなく吾は空に住む季節の真中漂うことなく




 

黒路さんへ

 投稿者:祐一  投稿日:2017年 3月18日(土)01時21分47秒
  私の歌を取り上げてくださって有難うございます。いろいろ詳しい説明有難うございました。
勉強になります。
 

祐一さん、こんばんは~~(^・^)

 投稿者:黒路よしひろ  投稿日:2017年 3月18日(土)01時08分25秒
  いや~~、温かくなったかと思ったらまた急に寒くなったりと、なかなか本格的な春の陽気にはなってくれませんね^^;
僕もせっかく良くなりかけていた椎間板ヘルニアがこの寒さでまた痛み出してきたりと、季節のように一進一退を繰り返しています(笑)

さてさて、そんな季節の変わり目の落ち着かない日々ですが、今夜もまたこちらのみなさんの歌にも少しだけでも感想書かせてもらいますね。

>平手では勝てないからと駒落ちの飛車香落ちと戦ってみる
    平手→ひらて     飛車香落ち→ひしゃきょうおち

うんうん、祐一さんのこの歌も、ハリマオさんの歌と同じく将棋の駒を詠われてほんとに素敵な一首ですよね。
僕は将棋についてはよく知らないのですが、「平手」は同じ条件での勝負で、「駒落ち」はハンデをつけての勝負だそうですね。
「飛車香落ち」だと、上手側の飛車と左の香車を落としてハンデとしたものだとか。

(僕は将棋に詳しくないので)最初、祐一さんと相手のどちらがハンデをもらったのか分からなかったのですが、「飛車香落ちと戦う」とあるのでこれは祐一さんのほうがハンデをもらったわけですね。
なるほどなるほど。

そうですね、そんな自身の弱さを歌にする潔さも面白いですし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に詠めていると思いますよ。
趣味である将棋の世界の専門用語を入れることで、人生への執着のようなものを感じさせている部分のも好感が持てますし。
ただまあ、あえて言うのならちょっとそのまま過ぎて個性としては弱い気もするので…

平手ではついに勝てずに駒落ちの飛車香落ちと戦ってみる

うん、ここはたとえば二句目をこんな感じとかにして、この歌に至るまでの連敗の経緯をもう少し強く感じさせる表現にしてみても面白いかも知れませんね^^
こうすることで歌にさらに広がりも生まれるようにも思いますので。

でもまあ、ここへ至るまでの実際の経緯はどうだったのか分かりませんし、将棋という趣味の世界を専門用語を交えて面白く詠ったほんとに素敵な一首に仕上がっていると思いますので、これもひとつの参考までにと言うことで(笑)



>暗闇に最後にパッと輝きて落ちてしまった線香花火

うんうん、こちらの歌も線香花火の最後の瞬間を詠って、静かな魅力が素敵な一首ですよね。

「暗闇に」は暗闇の中にの意味であると同時に、線香花火の落ちてゆく場所でもあるわけですね。
このあたりにも何気ない深さを感じます。
また、「消えてしまった」ではなく「落ちてしまった」とした部分の表現にも地味ながら素敵な個性を感じますよ。

そうですね、そんな最後の刹那に輝いて落ちていった線香花火の光がなんとも言えない切なさを感じさせてくれますし、この歌についてもほんとにこのままで充分素敵に仕上がっていると思います。
ただまあ、あえて言うのなら表現としてはまだ少し弱い気もするので…

暗闇に(最後にパッと輝きて)落ちてしまった線香花火

うん、ここはたとえば現代歌壇の流行風にこんな感じとかでパーレンをつけて、表現の多重性を入れてみたりしても面白いのかも知れませんね^^
こうすることで「暗闇に」と「落ちてしまった」の繋がりもさらに活きてくるようにも思いますので。

でもまあ、これだともとの歌の祐一さんらしい素朴さは薄れてしまいますし、もとのままでも線香花火の切ない雰囲気がよく現れているほんとに素敵な一首だと思いますので、これもまたひとつの参考までにと言うことで(笑)

ではでは、季節の変わり目で気温の変化の激しい時期ですが、祐一さんも体調管理にはくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね~~
今夜もこの辺で♪
 

お題(緑)

 投稿者:おら  投稿日:2017年 3月16日(木)09時36分19秒
編集済
  ゴタゴタでめくり忘れたカレンダーふと気が付けば緑目に入る
 

人生

 投稿者:バッカス  投稿日:2017年 3月15日(水)20時55分8秒
編集済
  一寸の芋虫パセリを食む日々は緑のひかり歳をとりゆく  

お題

 投稿者:青芽  投稿日:2017年 3月15日(水)15時59分30秒
  縁側に緑茶啜りつ庭に咲く黄の水仙に和むこころの

一日の野菜摂取を示しつつサプリメントのCМ何度も

 

お題

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 3月15日(水)09時29分4秒
編集済
  大仏も欝におわさむ早春の身に纏いつく緑青の錆

緑青→ろくしょう

流されて廃墟と化した被災地に羊放たれ雑草を食む
 

お題

 投稿者:夕夏  投稿日:2017年 3月14日(火)06時37分25秒
  もしひとがいなけりゃちきゅううつすそらからみればみどりのほしならむ
あおによしならのみやこはあかあおみどりひかりとかげにつつまれて
 

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