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日本語が面白い(17)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 9月10日(日)11時24分50秒
         「日 本 語 が 面 白 い」(17)

[1]続・「狂乱と半狂乱」
昨月号で、「狂乱」と「半狂乱」の違いが分からず、なぜ「半狂乱」という言葉があるのかという疑問を皆さんに投げかけました。早速、Tさん(横浜市)、Oさん(横浜市)、Kさん(佐倉市)、Wさん(沼津市)、Sさん(横浜市)、Iさん(佐賀県)など多くの皆さんから意見が寄せられました。皆さんの意見にはニュアンスの違いはありますが、おおむね次のようなことです。
《①「狂乱」は常に心が狂っている人の状態。②「半狂乱」はいつもは正常な考え方をする人が、突然の異常事態に直面し、一時的に言動が狂うこと。③「狂乱する」という動詞はあるが、「半狂乱する」という動詞はない、④「狂乱」は集団や社会現象に使われるが「半狂乱」は個人の場合に限る、⑤半狂乱の「半」は「半分」の意味ではなく、「半ば(なかば)」の意味で、「ほとんど」の意味がある》。
いずれも正解でしょう。でも、「半」の語源は依然として不明です。わが国で今から40年ほど昔、年率10%を越えるインフレがありましたが、その当時「狂乱物価」という流行語が生まれました。一過性のインフレでしたが、確かに「半狂乱物価」という言葉はありませんでしたね。

[2]「七(7)」は「しち」か「なな」か
(これは、柳瀬尚紀(翻訳家)著「日本語は天才である」(新潮文庫)の興味ある一部を採り上げ、私が編集し直したものです)。
日本語には「音読み」と「訓読み」の二つがあり、前者は漢字本来の読み、後者は日本独自の読みですね。ところが、同じ文字でも、音読み・訓読みのルールは一定ではありません。その代表的なものが「数字」です。1~10までの数字のうち、主として2つの読み方が混在するのは、「一(1)」(「いち」と「ひと」)、「四(4)」(「し」と「よん」)、「七(7)」(「しち」と「なな」)、「九(9)」(「く」と「きゅう」)でしょう。(ひい、ふー、みー、よう…という読み方を除く)
標記の「日本語は天才である」では、そのうち「七(7)」を採り上げて、本の「第七章」は「第しち章」か「第なな章」かと…。著者の分類によると、「しち」と「なな」は次のように分かれています。
『しち』=「七回忌」「七月」「七並べ」「七人の侍」「七福神」「伊豆七島」「北斗七星」「荒野の七人」
『なな』=「七色」「七重八重」「七草」「七癖」「七転び八起き」「七光り」「環七」「七不思議」

著者(柳瀬さん)が「七は『しち』か『なな』か」に拘るようになったきっかけは「将棋」だそうです。彼は将棋の大ファンで将棋評論家でもあり、羽生善治名人(現在は王座・棋聖)とも親交があります。その羽生さんが平成8(1996)年に将棋界の七つのタイトルを独占した大事件のとき、新聞・テレビはこぞって「ななかんおう」とはやし立てました。柳瀬さんは、「冠」を「かんむり」と訓読みする場合は「なな」でいいが、「かん」と音読みする場合は「しちかんおう」と発音すべきだと考えたのです。しかしメディアは「ななかんおう」の大合唱。大きな違和感を覚えたそうです。
さらに続けます。「一段落」は「いちだんらく」で「ひとだんらく」ではない。「一目惚れ」は「ひとめ」で「いちもく」ではない、反対に「一目置く」は「いちもく」で「ひとめ」ではない、「一足違い」は「ひとあし」で、「一足飛び」は「いっそく」である(これは「音・訓」のルールどおり)。

《ここからは古賀の創作です》
わが国の憲法の中でもっとも有名な憲法第9条は「きゅう条」と読むのが普通で、「く条」と読む人はいないでしょう。もし「くじょう」と読んだら「苦情」が来るかもしれません(つまらないシャレですみません)。一方、ベートーベンの有名な交響曲第9番(「歓喜の詩」、年末の定番)は「第く番」と呼ぶのが一般的で、「第きゅう番」とは普通呼びません。愛称も「だいく」で、「だいきゅう」ではありませんね。「条」も「番」も同じ音読みなのに、なぜ「きゅう」と「く」に分かれるのでしょうか。ベートーベンの「第九」と同じくらいに有名な交響曲に「第4番」(「田園」)がありますが、これは「第よん番」と読み、「第し番」とはいいません。このように、ベートーベンの交響曲の中でも、数字の読み方がバラバラであることが不思議ですね。
一方、「4丁目」や「4番地」はそれぞれ「よんちょうめ」「よんばんち」と呼ぶのが普通ですが、これは「し」が「死」を連想させ、縁起が悪いからでしょう。ところが、京都の整然とした区画では「条」がありますが、「四条」は「よんじょう」ではなく「しじょう」と読みますね。古都・京都では「死(し)」をあまり意識しない文化があるのでしょうか。

[3]「取材時○歳」と「撮影時○歳」の謎
テレビのコマーシャルで、芸能人、学者、通行人などに自分の体験や意見を述べさせ、その姿や様子を撮影してよく放送しますね。サプリメント関連商品のコマーシャルに多いようです。「私はもう5年も飲んでいますが、見違えるように元気になりました」「3年前に飲み始める前は1晩に4~5回もトイレに起きていましたが、今はたった1,2回になりました」などなど。
サプリメントのコマーシャルでは「年齢」が重要な要素ですから、ほとんどの場合、写真(動画)に「取材時○歳」と書いてありますが、私はあれは「ごまかし」だと思います。広辞苑によると、「取材」とは「ある物事・事件から作品・記事などの材料を得ること」と解説してあり、あくまでも客観的なデータを蒐集することが目的のはず。しかしコマーシャルの場合、芸能人・学者・通行人であれ、相手を特定してあり、「出演料」も支払われ、コメントも「こう発言してください」と前もって決められているはずですから、もはや「取材」ではないのです。「取材」とは「新たな客観的情報を得ること」のはずですから。
公正取引委員会は、なぜこのような「ごまかし」のコマーシャルを黙認するのでしょうか。
特にサプリメント商品のコマーシャルでは、あの大企業のサントリーや大正製薬、味の素などを含めてほとんど「取材時○歳」と書いてありますが、あれははっきり言って「ゴマカシ、デタラメ」です。正しくは「撮影時○歳」と書くべきです。ごく例外的に「撮影時○歳」と表記してある商品コマーシャルを見ると、私は担当者の「日本語力の強さ」と、会社の「良心」を高く評価します。

《おまけ》 恐れながらあなたの日本語力を試すテスト(23)です。
問。「その危険性は『いやがうえにも』増えた」などといいますが、これを漢字にすると…。
①否が上にも ②弥が上にも ③嫌が上にも
正解は②(弥) 「弥」とは「ますます」の意味。「弥が上にも」のほかに「弥(いや)増す」などがあります。「いやおうなし」や「いやでも」の場合は「否」と書きます。

                            平成29年9月11日 古賀幸治
 
 

「日本語が面白い(16)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 8月10日(木)17時39分21秒
         「日 本 語 が 面 白 い」(16)

[1]「狂乱」と「半狂乱」
「半狂乱」という言葉がありますね。「事故で大怪我をしたわが子を、母親は半狂乱になって抱き抱えた」などです。「半狂乱」ですから、「狂乱」の半分くらいの狂おしい行動のはずです。しかし、実際の表現を読むと、「狂乱」よりむしろ「半狂乱」の方が「狂おしさ」が激しいようにも見えます。

手許の「広辞苑」(岩波書店)や「国語辞典」(三省堂)には「狂乱」の項目がありますが、「半狂乱」は載っていません。そう考えると「半狂乱」は正式な日本語ではないのでしょうか。広辞苑によると、「狂乱」とは「心が狂い乱れて常態を失うこと」と解説してあります。一方、インターネットの文字情報によると、「半狂乱」とは「精神的に常軌を逸し、それが異常な行動となって表れる状態をいう」とし、例として「彼の妻が浮気現場に半狂乱で乗り込んで来た」を挙げています。
このように考えると、「狂乱」も「半狂乱」もほとんど同じ意味に取れますが、なぜ「狂乱」のほかに、「半分」を意味する「半狂乱」という言葉があるのか、私にはまったく理解できません。その意味やいきさつを知っている人は是非私に教えてください。この欄で匿名で紹介します。

[2]「忖度」(そんたく)
「忖度(する)」という今まであまり聞き慣れない言葉が、最近の新聞やテレビなどマスコミに連日のように出てきます。今年の「流行語大賞」の最有力候補に挙がっているそうです。いうまでもなく、「森友学園」(大阪市)への国有地の超安値払い下げ、そして「加計学園」(岡山市)への獣医学部の早期認可問題で、文部科学省などの官庁が、安倍さん(昭恵夫人を含めて)の「考え」を思い図って、その趣旨に沿うような行政判断を行ったと思われることです。

まず、読み方が不思議ですね。「度」は「支度(したく)」の例がありますから「たく」と読んでも不思議ではありませんが、「忖」という文字は私は今まで見たことも聞いたこともありません。手許の「大人の国語力事典」(青春出版社)では、「忖」には「寸」があることから『すんたく』ではない、とわざわざ断っているくらいです。
広辞苑で調べたところでは、「忖度」とは「他人の心中を推し量ること。推察」と解説してあり、三省堂「国語辞典」でも「推し量ること、推測」とあります。いずれにせよ、お役人が我が身の保全のために、「お偉いさん」の意に沿うような行政判断を行うことです。「超安定政権」として国際的にも信頼感の高い安倍政権が、このような重要政策と無関係なことで「脇の甘さ」が原因で崩壊しなければいいですが。

[3]「麻雀」はスズメの焼き鳥?
(またまた日経新聞のコラム「遊遊・漢字学」からの転用です。一部削除や私の追加があります)
《5月10日から16日まで、愛鳥週間だった。世の中にはいろいろな鳥がいるが、私にもっともなじみ深い鳥はスズメだ。「雀」の文字は《小》と《隹》(とり)からできていて、文字通り「小さな鳥」という意味を表す漢字である。そしてこの文字は、実際の鳥を表す他に「麻雀」というゲーム名に使われているから、私などは学生時代からこの漢字との付き合いが深かった。
麻雀は中国で発明された遊びだが、その起源については諸説ある。その中で一般的に言われている話では、唐代に遊ばれた「彩選」というゲームがルーツとされ、それが種々の変化を経て、明代中期に「馬吊」(マーチャオ)という名前になった。ここまでで麻雀の基本形がほぼできあがり、やがて清代初期に現在の麻雀の形態と内容が完成したらしい。
ところでこのゲームの名前に「雀」という漢字が使われるのは、「索子」(ソーズ)というマークが竹をモチーフとしていることからの連想と考えられ、また一説にはレンガ状の牌(パイ)をかき混ぜる音が、竹藪に群がるスズメの鳴き声のように聞こえるからだ、ともいう。
かくしてスズメがゲームの名称と密接な関連をもつようになったのだが、しかし今の中国でマージャンのことを「麻雀」と書くのは香港など南方だけで、大多数の地域では「麻将」と書く。そして中国の標準語で「麻雀」と書けば、それはゲームの名前ではなく「スズメ」という鳥を表すのが普通である。
来日したばかりの中国人や観光客は、日本の街角のいたるところ「麻雀」と書かれた看板があるのを見て、日本人はそんなにスズメの焼き鳥が好きなのだろうか、と不思議に思うそうだ》。
(古賀評)今どき、日本にスズメの焼き鳥などありませんよね。

[4]いずれが「あやめ」か「かきつばた」
「菖蒲(あやめ)」と「かきつばた(定まった漢字はない)」は、実際にどっちがどっちか区別がつきにくいことから、両方とも美しくて選択に迷う時に使う褒め言葉です。
「源平盛衰記」に出てくる話で、武将の源頼政が、天皇から評判の美女・菖蒲前(あやめのまえ)を賜る時のこと、天皇は菖蒲前にそっくりな美女ふたりに同じ衣服を着せ、三人並ばせてこの中から菖蒲前を当ててみよ、見事に引き当てたらそちにとらそう、と頼政の眼を試しました。困り果てた頼政は得意の歌で次のように詠んだ。「五月雨(さみだれ)に沼の石がき水越えていずれかあやめ引きぞわずらふ」。これを聞いた天皇は感心して、自ら菖蒲前の手を取って頼政に賜った、という故事から出たものです。
この話が謡曲や浄瑠璃に使われていくうちに、あやめもかきつばたも、よく似た花で区別がつきにくいことから「いずれがあやめかかきつばた」となったのだそうです。

《おまけ》 恐れながらあなたの日本語力を試すテスト(22)です。
問1。「いっすいの夢」という故事がありますが、これを漢字で書くとどちらが正しいでしょうか。
①「一炊」、②「一睡」
正解は①「一炊」。昔、中国の盧生という青年が、栄華を極めた自分の一生を夢に見たが、目が覚めてみると、粟飯を炊いているほんの短い時間だったという故事に由来します。栄枯盛衰のはかなさのたとえとして用いられる言葉。「夢=睡眠」からの誤解が多いのでしょう。

問2。「そんな褒め言葉は『がいこうじれい』に過ぎない」といいますが、これを漢字にすると。
①「外交辞礼」、②「外交辞令」
正解は②「辞令」。外交に「礼儀」はつきものだけに「辞礼」としてしまいそうですが誤り。「辞令」とは、応対の時に使われる言葉のこと。「外交辞令」のほか「社交辞令」などと言います。

                    平成29年8月11日  古賀幸治
 

日本語が面白い(15)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 7月10日(月)18時18分42秒
           「日 本 語 が 面 白 い」  (15)

[1]「元号」…今は日本だけ (6月11日づけ日本経済新聞を要約・再編集)
平成天皇が「生前退位」(私は今も「存命譲位」が正しい表現だと思っています)されることが法律で決まりました。中でも注目されるのが「元号」(和暦)の変更です。
「元号」は紀元前の中国で使い始めました。為政者の交替や政治の心機一転を図る時などに改めるのが特徴で、日本のほか朝鮮半島やベトナムなど東アジアに広がりました。しかし近代化の影響などで、本家の中国は1912年に滅んだ清朝を最後に使われなくなり、今も維持しているのは日本だけ。日本の元号は西暦645年の「大化」(あの「大化の改新」)に始まり、1989年の「平成」まで247を数えます。最も長く続いたのが「昭和」で64年、近世以前では室町時代の「応永」が35年です。改元には面白いエピソードがあります。江戸時代の「明和9年」に大火災や大水害があり、「めいわくねん」は「迷惑年」と読めるため縁起が悪いとして、「安永」に改元したのです。まるで落語の世界ですね。
ところで、日本には「昭和・平成」など元号のほかに神武天皇即位(BC622年)を「紀元1年」とする年号の数え方がありますね(実際は、ほとんど使われない)。これに似た数え方をする国もあります。たとえばイスラム教国の多くで、預言者ムハンマドがメッカからメディナに拠点を移した「聖遷(ヒジュラ)」の622年を元年とするイスラム暦を使い、台湾には中華民国成立(1912年)を元年とする「民国紀元」があります。歴史学者N氏は「日常生活で使われているものを含めれば、大半の国や地域では西暦以外も併用している」と指摘しています。
日本では明治以降、天皇一代に元号1つの「一世一元」を採用しています。しかし今回は存命中の譲位ですから、従来の改元(元号の改正)とはいろいろな面で異なります。まず、「譲位」(現天皇の退位と新天皇の就位)の日付けがあらかじめ決まっている(新聞報道によると2つの案があり、いずれにせよ事前に発表される)こと、加えて改元の数ヶ月前に新元号を公表し、周知期間を設ける方針です。この件でもっとも神経をとがらせているのが、官庁・金融機関と印刷業界などです。銀行などは、賃貸借契約などを年号表示しており、お役所の申請書や許可書なども生年月日などは、明治・大正・昭和・平成のうち○をつける仕組みですね。いずれにせよ、新しい年号を入れた様式の印刷が大至急必要になります。

ところで、あなたは年号を表すとき、西暦を使いますか、それとも元号(和暦)で言いますか。私の世代では、生年、就職年、結婚年、東京オリンピックの年などほとんど元号(和暦)で表現します。それは「昭和」が64年間も続いたからでしょう。しかしそれ以降(平成時代)は西暦で表すことが多いですね。新聞でも「09年」など西暦表示が多いのです。「西暦」と「元号」が混在しているのが現在のわが国の状況ですが、大型書店(横浜・有隣堂)で調べたところでは、カレンダーも手帳もすべて「西暦」表示で、「元号」(平成)表示は一例もありませんでした。今後は「西暦」表示が中心になり、「西暦表示一本化論」が表面化するかも知れませんね。

[2]「極めつけ」それとも「極めつき」?
あなたは「極めつけ」と「極めつき」、どちらが正しいと思いますか。正解は「極めつき」。「極め」とは、もともと書画・刀剣・骨董品などについている「極め書き(きわめがき)」という鑑定の証明書のことです。桐の箱の裏側に書かれていたり、極札という札が入っている場合もあります。この「極め」がついている、つまり「極めつき」のものは、確かなものとして値が上がることから、「定評のあるもの、高い評価を受けているもの」という意味となり、美術品以外にも「極めつきの店」「極めつきの演技」など、広く使われるようになったのです。
しかし、NHK放送文化研究所の調査では、62%の人が「極めつけ」を使うと答えています。言葉の元となった「極め」が何かを知らない人多くなっているからかも知れません。また最近では、「極めつけにデザートまで食べてしまった」とか、「仕事で遅くなり極めつけに雨まで降ってきた」という悪い意味での使い方も出てきたようです。「極限に達する」という意味の「極める」からの連想でこのような使い方をするのかも知れませんね。

[3]「高」と「髙」は違う文字
新横綱・稀勢の里の弟・弟子で、今回見事に大関昇進を果たした「たかやす関」は「髙安」(本名も同じ)、すでに半世紀以上も私が熱狂する阪神タイガースの昨年の新人王「たかやま選手」も「髙山」です。「高」と「髙」は違う文字であることをご存じですか。私が勝手に命名したところでは、その形から「高」は「口(くち)たか」、「髙」は「はしごたか」といいます。画数も違い、「高」は10画、「髙」は11画です。
大相撲やプロ野球のライブ放送の表示(取組表や打順表など)で「髙」と「高」を間違えることはありませんが、テレビの字幕や翌日の新聞などでは、しばしば「髙」を「高」と表示しています。テレビや新聞の関係者は「たか」が二種類あることを知らないのでしょうか。
苗字や名前ではそれ以外でも間違いやすい文字が多くあります。その代表格は「わたなべ」姓でしょう。「渡辺」「渡邊」「渡邉」「渡部」「渡鍋」…など実に20種ほどあるそうです。「さいとう」姓も、「斉藤」「斎藤」「齊籐」「齋藤」の4つがあります。私の友人知人には多くの「わたなべ」さんや「さいとう」さんがいますが、誰がどの字か覚えられません。多分、間違った漢字で送信しています。この場を借りてお詫びします。「國」と「国」、「廣」と「広」、「眞」と「真」なども異文字です。
私は現役の社会保険労務士ですが、厚生年金などで、たとえば「齋藤さん」が「斉藤」と間違って登録されている場合、いざ年金受給を申請するとき別人と認定されて、「氏名変更届」など厄介な手続きが必要になることがありますから要注意です。

《おまけ》 恐れながらあなたの日本語力を試すテスト(21)です。
問1。「気むずかし屋の彼が珍しく『相好』を崩した」などといいますが、その本来の読みは?
①そうこう ②そうごう
正解は②(そうごう) 「表情を崩して、にこにこする」ことを「相好(そうごう)を崩(くず)す」という。「相好」は元来は仏教用語で、仏の容貌を形づくるさまざまな優れた特徴を指す「三二相(そう)八十種好(ごう)」という言葉から転じて「顔つき」「容姿」の意味に使われるようになった。

問2。「秘策が『こうをそうする』」などといいますが、これを漢字で書くと?
①「効を奏する」 ②「功を奏する」
正解は②(功) 「功を奏する」は、もともとは「事の成功を君主に申し上げる」の意味。ここから「目的どおりに物事を成し遂げる」の意味に使われるようになった。
                       平成29年7月11日  古賀幸治
 

日本語が面白い(14)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 6月10日(土)15時45分26秒
                     「日 本 語 が 面 白 い」(14)

[1]「おめでとうございました」??
「お早うございました」という人はいませんね。でも、「ありがとうございました」と過去形でいう人は多いです。このことを私が話題にすると、過去のことでお礼をいう場合には「ありがとうございました」といい、現在のことで謝意を表すときは「ありがとうございます」という、と主張する人が多いですが、必ずしもそうではないと私は思います。何かのプレゼントを宅配便などで送られてきたとき(過去)には電話で「有り難うございました」といい、いま目の前でプレゼントをいただいたとき(現在)は「ありがとうございます」と使い分けするのでしょうか。私は過去のことも現在のことも「ありがとうございます」と言うことにしています。
私は英語が不得手ですが、英語で「I thanked you」とは決して言わないと思います。もし英語でそう言ったら「あのときは感謝したが、今はそうではない」という意味になりかねません。フランス語で「Merci」、ドイツ語で「Danke」にも過去形はあるのでしょうか。
次に「おめでとうございます」について。過去に起きたことでお祝いをいうとき「おめでとうございました」というのは不自然で、ましてや今起きたことでお祝いの言葉をかけるときも「おめでとうございました」というのも奇妙な表現です。もう5年以上も前に、NHKの超長寿番組「のど自慢」で、合格者(鐘3つ)に対して司会者(アナウンサー)が「おめでとうございました」と言ったときには私は本当に驚きました。文法的には誤りではないかもしれませんが、常識としては不自然ですね。

[2]「登竜門」
「鯉のぼり」の季節は終わりましたが、これにまつわる話題を一つ。これは4月30日づけ日経新聞のコラム「遊遊・漢字学」(筆者は漢字学者・阿辻哲次さん)の転載(前半部分を省略)です。
《中華文明の中心地だった黄河中流域には淡水魚しかいないので、中国では鯉が珍重された。中華料理の宴席で鯉の丸揚げに甘酢をかけたものがよく登場するのはそのためで、それ以外にも中国では鯉はめでたい魚とされてきた。
中でも代表的な話が「登竜門」である。黄河上流にある三門峡は昔から黄河最大の難所で、船ですら難渋する激流だから、ほとんどの魚は登れなかった。しかし鯉だけはそれができた。こうしてこの滝を越えた鯉はそのことで神通力を獲得し、やがて龍に変身するという伝説ができ、その渓谷はやがて「龍門」と呼ばれるようになった。
鯉が「龍門を登」って龍になることから、非常な難関を突破して大きな躍進の機会を得ることを「登竜門」という。日本で五月の節句に空を舞う鯉のぼりには、男の子がすくすくと成長して立派に「龍門を登れる」ようにとの願いが込められているのだが、ただ最近のマンションのベランダ用に作られた小さな鯉のぼりでは、あまり大きな龍になれそうにないのが、ちょっと可哀想だ》
「登竜門」と「鯉のぼり」には重要な共通点があったのですね。

[3]「じゅ」と「じ」、「しゅ」と「し」
あなたは「新宿」をどう呼んでいますか? 「しんじゅく」? それとも「しんじく」? 同じく「下宿」は「げしゅく」? それとも「げしく」? 「手術」は「しゅじゅつ」? それとも「しじゅつ」?
このような言葉の場合、「じゅ」を「じ」、「じゅく」を「じく」、「しゅ」を「し」などと呼ぶことが多いですね。私もほとんど無意識にそう呼んでいます。
このような発音を「拗音(ようおん)」というそうですが、拗音そのものが必ずしも発音しやすいものではありません。また、発音の地域差や個人差など、さまざまな要因がからんで、こうした現象が起きると考えられています。

こうした実態を考慮して、日本国営放送(別名「NHK」)では、「じゅ」「しゅ」を含む言葉の中でも特に発音しにくいものは「じ」「し」に近い発音をしてもいいことにしています。「下宿」(げしく)、「原宿」(はらじく)、「宿題」(しくだい)、「学習塾」(がくしゅうじく)などの語が含まれます。ただし、「出典」と「失点」、「手術」と「史実」のように「しゅ」「じゅ」をそれぞれ「し」「じ」と発音すると別の言葉に聞き取られるおそれがあるものは「しゅ」「じゅ」とはっきり発音しなければならないことにしているそうです。

[4]続・「エスカレーター、片方立ち・他方歩き」
(このテーマについては、今年1月号で取り上げましたので、その続編です)
私は5月中旬に、姉の一周忌に参列するため佐賀行きました。途中、昔の職場の旧友4人に会うため大阪でワンストップしました。出発地の横浜ではエスカレーターはほぼ全員が「左立ち・右歩き」でしたが、大阪ではほとんどの人が東京・横浜とは反対の「右立ち・左歩き」でした。そして到着地の福岡では多くの人が東京・横浜と同じ「左立ち・右歩き」でした。1日のうちにエスカレータの二種類の乗り方を順繰りに体験したのです。
このエスカレーターのことについて、5月13日づけ日経新聞のコラム「春秋」に面白いエッセーが載りましたので、要約して転載します。

《先ごろ華々しく開業した「GINZA SIX」はいま東京で人がいちばん集まる場所だろう。銀座で最大という商業施設だが、その広いフロアも客でぎっしり。ラッシュアワーの雑踏みたいだ。エスカレーターにも鈴なりの人である。見事に左側1列で…。
「どうか2列でご利用ください!」。従業員が声をからすが、誰も聞く耳をもたない。こんなに混んでいるのだから、どう考えたって2列の方が効率的だ。なのに、急いでいる人のために片側を空けておくというルールは強固なようである。係員が叫べども叫べども、客は頑として片側空けを崩さない。奇観というべきか。
地域により国により、空けるのが右か左かの違いはあっても世界に広がったこの風習の成り立ちは定かでないという。ただ日本で普及したのはさほど昔ではないらしい。1993年の朝日新聞には、英国の例を挙げて片側空けを勧める投書が載っている。これぞ先進国のスマートなマナーとされる時期もあったわけだ。
それも今は昔。エスカレーターを歩くのはそもそも危険だと鉄道会社は呼びかける。よし、2列主義を実践しようと某日、かの銀座新名所で地下2階から6階まで、右側に立ってみた。すると後ろに1人、2人、3人…。なーんだ、誰かやれば習慣は変わるじゃないか。いやいや、顔をよく見ると、追い越そうとしても追い越せず舌打ちしていた!?!?》

《追記》今回は紙面の関係で「あなたの日本語力を試すテスト」はお休みです。ホッとした?
                   平成29年6月11日  古賀幸治
 

日本語が面白い(13)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 5月11日(木)07時35分52秒
        「日 本 語 が 面 白 い」(13)

[1]なぜ「漢字」と呼ぶのか?
私は、「漢字」は中国の「漢王朝」の時代(紀元前3世紀~紀元後3世紀)に考案され、普及したものとばかり思っていました。ところが、意外や意外…そうではないのです。3月12日づけの日経新聞コラム「遊遊・漢字学」(筆者は漢字学者・阿辻哲次さん)を要約・加筆して転載します。

《漢字はいうまでもなく中国で生まれた文字である。そして日本では非常に早い時期に中国から受け入れ、さらに漢字からひらがなとカタカナを作って、それらをまじえて日本語を書く独特の表記形態を開発したのだが、それでは中国で生まれた「日」「経」「新」「聞」などの文字を、いったいなぜ「漢字」と呼ぶのだろうか。
「漢」という字は古代中国の王朝名に使われており、その「漢王朝」の時代に作られた文字だから「漢字」というのだと思っている人が多いが、それは大きな誤解である。
いま私たちが見ることができるもっとも古い漢字は、紀元前1300年あたりから使われていた「甲骨文字」である。一方、劉邦(のちの漢王朝の初代皇帝・高祖)が宿敵・項羽を倒して、秦の始皇帝が統一した中国を再統一したのは紀元前202年のことだから、漢王朝ができる1000年以上も前から漢字は使われていた。
だから「漢字」の「漢」が王朝の名前に由来するものではないのは明らかだが、それでは「漢」とはいったい何かというと、それは実は民族の名前なのだ。漢字の故郷である中国は、合計56の民族から構成される多民族国家であり、国内で使われている言語は決して一種類ではない。例えば北朝鮮と中国との国境で中国側にいる人々は中国の国民だが民族としては朝鮮族が多く、彼らは日常的に朝鮮語を話す。同じように内モンゴル自治区に暮らすモンゴル族の人々も国籍は中国人だが、日常的にはモンゴル語を話す。
このような多民族多言語国家に暮らす人々の中でもっとも多いのが漢民族で、実に人口の95%を占めている。この漢民族が話す言語を「漢語」といい、その「漢語」を書くための文字を「漢字」というわけだ》。

[2]「声を荒らげる」
文字で書くと「声を荒らげる」ですが、あなたはこれを「あらげる」と読んでいますか、それとも「あららげる」と読んでいますか。実は「あららげる」が本来の読み方です。「あらげる」も江戸時代には用例があり、現在の辞書でも「あらげる」を載せるのもありますが、そのほとんどは「あららげる」の変化した語と説明しています。しかし、平成22年の文化庁の調査では、「声をあららげる」という本来の言い方を使うと答えた人は11%あまりで、80%の人は「声をあらげる」を使うと答えています。全国的に「あらげる」が多数派になっているようです。

「あららげる」の由来は、まず「荒い」に「らか」という状態を表す接尾語がついて、態度などが荒い状態を意味する「荒らか(あららか)」という言葉ができました。「高い」に「らか」がついて「高らか」になるのと同じです。この「荒らか」に接尾語「げる」がついて「荒らげる」という動詞ができました。これに対して、「あらげる」はどこからでてきたのでしょうか。「荒らか」という言葉を使わなくなったため、「荒い」に直接「げる」がつけられるようになったのかも知れません。また「荒らげる」の漢字の送りがなを勘違いし、「荒(あ)らげる」と読み間違えたのではないかととも考えられます。放送では今のところ「荒(らら)げる」を使いますが、もし「あらげる」と読むのであれば、送りがなて「荒げる」と書かなければならないでしょう。
なお、「広辞苑」では、「荒らぐ(あららぐ)」の項で「あららげる」と表示しています。

[3]続・「九分九厘」&「五分五分」
昨月号で、実現の可能性が非常に高いことを「九分九厘(くぶくりん)」というのはおかしい、同じく実力などが拮抗している状態を「五分五分(ごぶごぶ)」というのも理解できないと私の疑問を皆さんに投げかけました。広辞苑によると、「割」は「10分の1」、「分」は「割」の10分の1、「厘」は「割」の100分の1ですから、「九分九厘」は9.9%で10%にも満たず、「五分五分」は5%対5%を意味し、日本語として理解できない…と。

これに対し、Tさん(佐賀)、Hさん(香港)、Oさん(横浜)、Sさん(横浜)などから意見が寄せられました。これらの人の意見には多少の違いがありますが、集約すると、次のようになります。
《(1)「分」には「十分(充分)」という意味や、「分(わ)かつ」の意味があり、それに対する割合を示しているのではないか。例えば「腹八分目」は、満腹(腹十分)に対して二分ほどの余力がある。(2)割・分・厘とは違った「尺貫法」ではないか。(3)「五分五分」も、「十分」を満額として、能力を分け合っていることを示している…など》
いずれによ、「割・分・厘」と「分」は違う次元の単位ということでしょう。どれも説得力がありますが、これだけでは「九分九厘」の「厘」は説明できませんね。ただ、「厘」を「分」の10分の1だと考えれば納得できないこともありませんが。

似たような言葉に「五十歩百歩」(ごじっぽ・ひゃっぽ)があります。孟子の言葉「五十歩をもって百歩を笑う」から来ています。戦場にあって、怖くて五十歩逃げた者が百歩逃げた者を臆病だといって笑うのと同じように、自分をかえりみないで人の行動を批判したり蔑(さげす)んだりすることをいいます。50歩と100歩は2倍の差があるのに、孟子は同じような事だと言っているのです。

《おまけ》 恐れながら、あなたの日本語力を試すテスト(20)です。
問題。「なさぬ仲」という言葉がありますが、正しい使い方はどちらでしょうか。
①彼女は後妻なので、その子とは「なさぬ仲」である。
②二人は親しく付き会ううちに「なさぬ仲」となった。

正解は①。「なさぬ仲」は「生さぬ仲」と書きます。「生んでいない仲」、つまり、血のつながりのない間柄という意味(広辞苑で確認)。「道ならぬ仲」など、「仲」には恋愛関係を表すものが多いせいか、②のような誤用をしてしまう人が跡を絶ちません(私も)。

                 平成29年5月11日  古賀 幸治
 

「日本語が面白い」(12)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 4月10日(月)17時31分44秒
          「日 本 語 が 面 白 い」(12)

[1]「九分九厘」&「五分五分」の不思議
私たちは、物事や願望がほぼ間違いなく成就することを「九分九厘,(くぶくりん)間違いない」などといいますね。なぜ「九割九分」ではないのでしょうか。
何でも気になると夜も眠れない私は「広辞苑」で詳しく調べてみました。広辞苑によると、「割」とは「10分の1」の率と書いてあり、「分」とは「1割の10分の1」、「厘」とは「1割の100分の1」と解説してあります。つまり、「割」は10%、「分」は1%、「厘」は0.1%を意味しています。それは野球の場合、打率が例えば「.321」と書けば「3割2分1厘」のことで、打数1000に対して321本の率で安打を放つことですね。この理屈によると「九分九厘」は9.9%、つまり10%(10分の1)にも満たない低い確率のことで、おかしな言葉ですね。確率がほぼ100%に近いのでれば、「九割九分(くわりくぶ)」が正しいのではないでしょうか。

別の言葉を取り上げてみると、例えば実力や成功率が拮抗している場合に「五分五分(ごぶごぶ)」という表現をしますね。「A君とB君の実力の差は五分五分だね」などです。上記の理論でいうと、「五分五分」とは「5%対5%」ということですから、これも意味が通じません。
なぜ「九割九分」や「五割五割」ではなく「九分九厘」や「五分五分」というのか、その由来を知っている人は是非メールで私に教えてください。この欄でも紹介します。

[2]「暮れなずむ」
「♪暮れなずむ町の 光と影の中♪」…海援隊のヒット曲の有名な一節ですが、これはどんな光景を表しているのでしょうか。これを「日が暮れた」ことと勘違いして、「すっかり暮れなずんでしまった」とか、「日がくれなずむまで待った」などという人がいますが、これは誤った表現です。
「暮れなずむ」とは、実は「日が暮れそうでなかなか暮れないでいる状態」のことを言います。つまり、「あくまでも、まだ暮れていない」のです。聞き慣れない「なずむ」という言葉が意味を分かりにくくしているのかも知れませんね。
「なずむ」は古事記や万葉集にもでてくる古語で、「はかばかしく進まないこと」を表します。漢字では「泥む」と書き、泥がぬかるんで前進できない状態から、「物事が滞る」という意味になりました。この「暮れなずむ」には、夕焼けなど秋のイメージがあるのかも知れませんが、「秋の日はつるべ落とし」ともいいますから、むしろ日足の長い春にぴったりの言葉です。

もうひとつ、「♪暮れそうで暮れないたそがれどきは♪」という歌もあります。「たそがれ」も夕暮れのことですが、古くは「誰彼」と書き、「誰(たれ)ぞ?彼は」と、夕暮れになって人の見分けがつきにくい時間帯を指した言葉です。これもイメージの豊かな言葉ですね。

[3]「昭恵氏」
安倍晋三夫妻が、森友学園との癒着(離反?)問題で大揺れしており、最悪の場合は安倍さんは退陣に追い込まれかねません。連日のように新聞などで報道されていますが、その陰の主役は安倍晋三首相夫人の「昭恵」さんです。昭恵さんは「飲み屋」を開業するなど日頃の奔放な言動が話題になっていますが、今回の森友学園をめぐるトラブルは彼女の「奔放な性格」を遙かに飛び越えて、日本中を騒動に巻き込んでいます。

いや、今日の話題はそのような政治のことではありません。新聞やテレビでは、彼女のことを「安倍首相夫人昭恵さん」や「安倍昭恵氏」と書いたり呼んだりしていますが、「昭恵氏」と書いた新聞やテレビの字幕を読んだとき、私は「えっ!」と驚いてしまいました。最近では女性に対しても「氏」の尊称を使うことに私は以前から大きな違和感をもっていましたが、まさか「姓」にではなく「名前」にまで「氏」を使うことなど考えもしなかったからです。
「氏」は「うじ」とも読むように「姓」に対する尊称のはず。「名前」につける尊称ではないのです。広辞苑で調べていても、「血族の系統を表示するためにとなえる名。嫁した女の実家の姓氏に添えて敬意を表す語」と解説してあり、決して名前につける尊称ではありません。私がそのことで考え込んでいたとき、私以上に日本語にうるさいHさん(我孫子市)からメールが入りました。
《最近の報道で気がかりな表現があります。それは、例の森友学園問題のニュースで気づいたことです。安倍昭恵夫人のことを、NHKまでがしばしば「昭恵氏」と表現しているのです。ファースト・ネーム(名前)に「氏」を使うのは、ハッキリ言って間違いだと思います。「氏」はファミリー・ネーム(姓)につける敬称だと思うのですが…》
そして更に《私も、よせばいいのに、「昭恵氏」表現に対する疑問をNHKの相談窓口に照会しました。それに対する回答返信メールが届きましたので、転送します》
以下はNHKからの回答。《安倍昭恵氏の表現についてお問い合わせいただきました。ニュースで安倍昭恵氏を取り上げる場合、夫である安倍総理大臣にも触れることが多く、苗字(みょうじ)を何度も読み上げると、却って伝わりづらくなるのではないかといったことも考え、苗字をつけずにお伝えすることが多くなっています。字幕などでは「安倍昭恵氏」と標記することもあります。ニュースの表現については、ご指摘の趣旨も踏まえ、よりふさわしく、かつ伝わりやすい表現を模索してまいりますので、今後もNHKの報道に対するご理解とご支援をお願いいたします》
(古賀評)何とも歯切れが悪く、回答にもなっていないような気がしますがね。

《おまけ》 恐れながらあなたの日本語力を試すテスト(19)です。
問題1。「酒池肉林」の意味はどれが正しい?
①多くの酒と料理、②多くの酒と女

正解は①(酒と料理) 「肉林」を女性の体だと誤解している人が多いようです。女性の体が林のように居並ぶさまは壮観でしょうが、「肉林」にはそのような意味はありません。ここでいう「肉」とはご馳走としての肉のことです。

問題2。「どろじあい」を漢字でかくと、どちらが正しい?
①泥試合、②泥仕合

正解は②(仕合) 泥にまみれて争うこと。転じて互いの失敗や欠点を暴露し合う醜い争い。

                 平成29年4月11日  古賀幸治
 

「ほの字会」懇親会

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 3月29日(水)14時28分19秒
           「ほの字会」懇親会のご案内

Spring has come !
ようやく春の訪れです。私たち老体にとっては厳しく寒い冬でしたが、間もなく本格的な春の到来です。桜も、もうすぐ満開です。
「ほの字会」の皆さん、寒かった冬をものともせず、無事に生き延びていますか。

さて、わが「ほの字会」の定例懇親会を次のように開催します。
今年度中に全員が80歳の大台を超えるのを機会に、今回をもって「最終回」とします。最終回ということは、仲間とはもう会えないことになるかも知れません。
是非、全員の皆さんのご参加を期待しております。

(1)日 時
    5月25日(木) 12:00(正午)~約2時間半

(2)場 所
    高田牧舎(個室) 「ほの字会」で予約ずみ
    03-3202-2376

(3)会 費
  5000円(参加者数により多少の変化があるが、5000円以内に収まる見込み)

(4)出欠のご連絡
  4月25日ごろまでに、次のいずれかの方法でご連絡ください。
  あとで変更(参加→欠席、欠席→参加)でも構いませんから、できるだけ早く

  電話&ファックス 045-481-2988
  ケータイ     090-6516-5028
    メール          yykoga333@nifty.com

            平成29年3月29日  今回世話役  古賀幸治
 

日本語が面白い(11)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 3月10日(金)16時14分17秒
           「日 本 語 が 面 白 い」(11)

[1]ロシアの略称「露」、昔は「魯」だった
国の名前を表現するとき、たとえばアメリカ合衆国を「米国」、イギリスを「英国」、フランスを「仏国」などと漢字表示しますね。発音はともかくとして、新聞などでは多くこの表示をします。スペースの節約という意味もあるのでしょうか。
ロシアの漢字略称でよく目にするのは「露」ですが、かつて「魯」と表記していた時代がありました。1855年に日本とロシアの間で結ばれたのは「日魯通好条約」ですが、現在の歴史教科書では「日露和親条約」(日露通好条約)となっています。なぜ「魯」が「露」に取って代わったのでしょうか。その背景にはロシア側からの強い抗議があったそうです。1935年の古い文献では、「『魯』の字は『おろかもの』の意味があるといふので、ロシア政府からわが国に抗議して来た。その後は『魯』のかはりに『露』の字をあてるやうになった」とあります。また別の文献では、1872(明治4)年ごろロシアから「魯というのは魯鈍の魯であって、字が悪いから「露」の字に変えろ」という依頼があったと述べています。ちなみに東京外国語学校(現在の「東京外語大」の前身)の「魯学科」が「露学科」に名称を変えたのは条約の後の1877(明治10)年です。

漢和辞典で「魯」を調べると、確かに「おろか、にぶい」という意味が書かれていますが、日本ではロシア側が気にするほど「魯」に悪いイメージはなかったようです。水産最大手「マルハニチロホールディング」の前身である「ニチロ」の旧社名は最近の1989(平成1)年まで「日魯漁業」でした。旧日魯漁業が設立された1914(大正3)年はすでに「露」が使われていたころでしたが、「露」では「はかないツユ」に通じて縁起が悪いとする一方、「日魯」を縦に並べれば2つの「日」が「魚」を挟み、「毎日毎日魚が獲れる」という意味になって縁起がいい、という発想で社名には「露」ではなく「魯」が採用されたそうです。面白いですね。
なお、日経新聞では1991年12月の「ソ連」の崩壊後、ロシアの略称を漢字の「露」ではなく、カタカナの「ロ」で統一しています。各新聞における現在の略称表記は「露」=毎日・読売・産経、「ロ」=朝日・日経に分かれています。

[2]「19年ぶりに日本人横綱誕生」は誤報?
今年の初場所で稀勢の里が見事に優勝を果たし、念願の横綱昇進を果たしました。私はかつて大関・魁皇(私と同じ九州出身で、本名は「古賀」)の熱狂的なファンでしたが、彼は3回も優勝しながら、とうとう横綱にはなりませんでした。その引退後は私は稀勢の里の大ファンに変身しましたので、「初優勝+横綱昇進」には興奮しました。私が稀勢の里のファンになった理由は3つあります。まず愚直なまでの「正攻法」、次はいかにもお相撲さんらしく勝っても負けても表情に出さない重厚な人柄、もう一つは中学卒業と同時に入門した生粋のお相撲さん(大学卒のお相撲さんをみると、「あいつ大学で何を学んだだろう」と思ってしまう)。
新聞・テレビでも連日大々的に報道し、まさに「稀勢の里フィーバー」でした。このことについて、Hさん(我孫子市)から、「エッ!」と思う情報が寄せられましたのでご紹介します。
《「日本出身の横綱」の件、調べたところ次のようなことが分かりました。稀勢の里は若乃花以来19年ぶりの『日本出身の横綱』ですが、若乃花(66代)の次に横綱になった『日本人横綱』がいます。それは武蔵丸(67代)です。彼はハワイ出身ですが、大関時代に日本国籍を取得しており、横綱昇進時には既に『日本人』でした。武蔵丸以降の68代・朝青龍、69代・白鵬、70代・日馬富士、71代・鶴竜はともにモンゴル出身で、いずれも日本国籍を取得していません(つまり外国人です)。従って、稀勢の里は『若乃花以来19年ぶりの日本出身の横綱』であるとともに、『武蔵丸以来17年ぶりの日本人横綱』が正解です。稀勢の里の横綱が決まったときすべてのメディアが『若乃花以来19年ぶりに日本人横綱誕生』と報じましたが、『武蔵丸以来17年ぶりに日本人横綱誕生』という報道はありませんでした。当の武蔵丸(現在は武蔵川親方)に「そのことにどんな感想を抱いたか?」と質問した記者がいたそうです。親方いわく「俺は気にしないよ。そんなこと小さい、小さい」と実に度量の大きい感想だったとのことです》

[3]「回文」(その3) 「優秀作品」賞
①「世の中ね、顔かお金かなのよ」…「よのなかねかお『か』おかねかなのよ」
②「来てもよい頃だろ、来いよモテ期」…「きてもよいころ『だ』ろこいよもてき」
③「ダメ男子、モテ期が来ても死んだ目だ」…「だめだんしもてき『が』きてもしんだめだ」
④「仇、二度江戸に来たか」…「かたきにど『え』どにきたか」
⑤「ん、どうしよう…よし!うどん」…「んどうしよ『う』よしうどん」
⑥「イタリアではトマト派でありたい」…「いたりあではと『ま』とはでありたい」
⑦「夜、板橋に柴田いるよ」…「よるいたばし『に』しばたいるよ」
⑧「野茂のものは野茂のもの」…「のものもの『は』のものもの」
⑨「松茸摘みに来て奇跡的に見つけた妻」…「まつたけつみにきてき『せ』きてきにみつけたつま」
⑩「夜鳴くなよ、柴犬。居場所なくなるよ」…「よるなくなよしばい『ぬ』いばしよなくなるよ」

《おまけ》 恐れながらあなたの日本語力を試すテスト(19)です。
問題1。冬は「ひえしょう」の人にとって辛い季節ですが、これを漢字で書くとどちらが正しい?
①「冷え性」、②「冷え症」

正解は①(性) 手足が冷えやすい体質のこと。病気の一種として「冷え症」としがちですが、「冷え性」が正しい。
(追記)「広辞苑」(岩波書店)と「国語辞典」(三省堂)ではともに「冷え性」となっていますが、2月8日放送のNHK長寿番組「ガッテン!」では「冷え症」とあり、新聞の番組紹介でも「冷え症」と書いてありました。ここでは、どちらも正しいとしましょう。

問題2。「国やぶれて山河あり」という句がありますが、これを漢字で書くと?
①国敗れて山河あり、②国破れて山河あり

正解は②(破れて) 杜甫の有名な詩「春望」の冒頭の句。「破れて」は「滅びて」の意味で、一過性の「敗れる」よりも破滅的な状態を表します。

   平成29年3月11日(今日は東日本大震災からちょうど6年。犠牲者に合掌)
 

「日本語が面白い」(10)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 2月11日(土)09時08分35秒
         「日 本 語 が 面 白 い」(10)

[1]「生前退位」
天皇陛下の「生前退位」が、連日のように新聞、テレビで採り上げられています。ご高齢に加え数回の大手術で体力が衰え、これ以上の激務に耐えられないので、存命中に譲位したいと自ら申し出られ、国民の間で大きな関心を呼んでいます。大多数の国民は陛下のお考えに肯定的で、その理由は、民間人には定年があり、一定の年齢になれば引退して平穏な生活が送れるのに対し、陛下には定年がなく、一生激務に耐えなければならないのは問題が大きすぎるということのようです。先日ご逝去された三笠宮さま(今上天皇の叔父)は、現在の皇室典範が天皇の退位を認めていないことについて、「『死』以外に譲位の道を開かないことは憲法18条の『何人も、いかなる奴隷的拘束を受けない』という精神に反しないか」と疑問を示されたうえ、「退位の自由を認めないならば天皇はまったく鉄鎖に繋がれた内閣の奴隷」とさえ言っておられます。

いや、今回採り上げたのはそのことではありません。私は「生前退位」という言葉に違和感があるのです。まず「生前」。これは昨年6月号でも一度採り上げましたが、状況を時間の経過で表すとき、「入学前と入学後」「結婚前と結婚後」などは意味がはっきりしています。ところが、「生後」が「生後3か月」など生まれたあとのことを意味するのに対し、「生前」は「生まれる前」ではなく、「まだ生きている間」のことを表す不可解な日本語です。正しくは「生中」または「存命中」ではないでしょうか。
次に「退位」。これにも違和感があります。「退位」は単に「天皇の位を退く」という意味で、「その後のことは知らない」という投げやりの感じがします。正しくは、皇太子に「譲位」ではないでしょうか。つまり「生中譲位」(または「存命譲位」)が正しい日本語だと私は思います。天皇も意思表示の際、「退位」ではなく「譲位」という言葉を使われたそうです。天皇陛下が譲位されたのち「上皇」という呼称になるようですが、何だか1300年前の平安時代にタイムスリップしたようですね。

近年中に譲位が実現すると、いろいろな点で状況が変化します。まず、「年号」が変わります。世の中(官庁・民間とも)には数え切れないほどの書式(申請書・許可書など)があり、そのすべてには年号(今では「平成」)が印刷されており、印刷替えが必要です。書式によっては出生年などに「明治=M、大正=T、昭和=S、平成=H」と表現して、該当するものに○をつけることが多いので、新しい年号は、頭文字のアルファベットがM・T・S・H以外になるはずです。何という年号になるか、予測はまったく不可能です。まさか、国民の投票で決めるわけにもいかないし…。

今年1月15日づけ日本経済新聞「現代ことば考」(筆者は言語学者・井上史雄さん)に「年号」に関する興味ある記事がありましたので、大幅に省略して再掲します。
《平成の次の年号はどう決まるのだろう。明治=M、大正=T、昭和=S、平成=Hと略称する習慣があるから、次はこれ以外になるはず。将来を考えると江戸時代末期の文久=B、元治=G、慶應=Kも避ける方がいい。IとOは数字の1と0に紛れてしまう。以上でアルファベット26文字のうち9個が失格。アルファベットの中には日本語で使わない文字がある。LQVXの4個、パ行Pの年号も考えにくいから問題外。合計14文字使えないから、使えるアルファベットは12個に減る。西暦とは別の数え方をする国はアジアに多く、宗教と連動する。仏教暦、ペルシャ暦、イスラム暦、ユダヤ暦がある。そもそも年号は中国の皇帝が始めたが、中国・ベトナム・朝鮮半島では既にやめた。今の年号がいつかは終わり、1年の途中で変わるのは日本だけ。
西暦表示と年号表示。正月に大きな本屋で見たら手帳の表紙は西暦だけだった。カレンダーも西暦優勢。手許の年賀状を見ると、平成と西暦が勢力争いをしている。インターネットで検索してみると、「平成~年」より「20~年」が多い。かなり以前に追い越されていて、最近では西暦表示が圧倒的だ》
☆わが家(古賀)には合計5個のカレンダーがあり、いずれも「2017年」と表示され、「平成29年」の表示はゼロでした。カレンダー界からはすでに「年号」はほぼ駆逐されています。

[2]「太平洋」と「大西洋」
皆さんは今まで気づいていましたか。「太平洋」は「太」、一方の「大西洋」は「大」であることを…。同じ大海で、読みも同じ「たい」なのに、なぜ「太」と「大」と違うのでしょうか。
まず「太平洋」。太平洋は英語で「Pacific Ocean」ですね。単なる名称だと思いがちですが、よくよく「Pacific」のつづりを見ると、これは「Pace」(パーチェ)というラテン語で、「Peace」(平和)の語源です。つまり「パシフィック・オーシャン」は「太平(泰平)の洋(海)」を意味します。ラテン語が公用語であったヨーロッパ中世、マゼランの一行は、1522年に史上初の世界一周に成功しました。この時、彼は今の太平洋を「Mare Pacificum」と呼びました。ラテン語で「Mare」は「海」、「Pacificum」は「太平・泰平」ですから、文字通り「太平洋」ですね。
わが国では幕末期、「パシフィック・オーシャン」を訳して「太平洋」または「泰平洋」「太平海」などと書いていましたが、1873(明治6)年、文部省編「地理初歩」に「地球上には五個所の大洋あり、これを太平洋、大西洋、印度洋、南大洋、北大洋という」と書かれるに至って「太平洋」という書き方が定着しました。

対して「大西洋」。これは古代ローマで、大西洋を「Oceanus Occidentalis(西の大洋)」と読んだのが語源で、こちらも同じく文部省「地理初歩」によって「大西洋」という名称が定着しました。別の見方をすると、「太平洋」は「太平+洋」、「大西洋」は「大+西洋」ですかね。

[3]続・エスカレーター「左立ち・右歩き」vs「右立ち・左歩き」
昨月号で「エスカレーター、左立ち・右歩き vs 右立ち・左歩き」を取り上げたところ、予想以上に多くの皆さんから意見や情報をいただきました。大きく分けると、「否定派」と「賛成派」です。それぞれの代表的な意見・情報を取り上げます。
まず「否定派」。Nさん(技術者・横浜市)は「もともとエスカレーターは歩いて上るように設計されたものではない。広幅(2列)になっているのは多くの客がゆったり上がるためであって、歩くのは危険だから禁止すべき」という強硬派です。一方、Hさん(香港在住)からは意外な情報が寄せられました。「先日アメリカに行ったとき感心したのは、エスカレーターの真ん中にペンキでラインが入っていて、右側に「Stand」、左側に「Walk」とペンキではっきり書いてあり、初めて来た人でも一目で分かります」。これは明らかに一方を歩いて上ることを勧めていますね。

(今回は紙面の関係で「回文」と「日本語力テスト」はお休みです)

                                平成29年2月11日 古賀幸治
 

日本語が面白い(9)

 投稿者:古賀幸治  投稿日:2017年 1月11日(水)08時43分22秒
           「日 本 語 が 面 白 い」(9)

皆さま、明けましておめでとうございます。健康で幸せな年でありますように。

[1]エスカレーター 「左立ち・右歩き」vs「右立ち・左歩き」
皆さんもすでにご存じのように、エスカレーターの利用方法として「左立ち・右歩き」と「右立ち・左歩き」の2つがあり、関東地区では「左立ち」が、大阪では「右立ち」が定番です。急がない人が片方に立ち止まり、急ぐ人のために片方を空けるという考え方です。
わが国で初めてエスカレーターが登場したのは、1914(大正3)年、東京の三越呉服店(現在の日本橋三越)と、上野で開いた東京大正博覧会の会場でした。当時の写真には着物姿で1人づつ1列に並んで手すりにつかまっている姿が映っています。エスカレーターは1列だったのです。
それでは、エスカレーターが2列になり、片方に急がない人が立ち、反対側を急ぐ人が歩くようになったのはいつからでしょうか。
それは1967(昭和42)年、阪急梅田駅(大阪)で阪急電鉄が「左側をお空けください」と放送したのが始まりで、1970(昭和45)年の大阪万博にも引き継がれました。阪急の放送は1998(平成10)年に打ち切られましたが、市民の習慣は変わらないもので、今でも大阪だけでなく通勤圏の奈良、和歌山、兵庫県でも「右立ち・左歩き」です。一方、近接する京都はなぜか左立ちと右立ちが併存し、右に立ったり左に立ったり、場合によっては並んで立ちます。
東京など首都圏では、JR東京駅・新橋駅などで、自然発生的に「左立ち・右歩き」が一般的になり、やがて新幹線が全国的に網羅されるにしたがって、関西地区を除き、各地も首都圏と同じ「左立ち・右歩き」が広がりました。
それでは、世界各国ではどのようになっているのでしょうか。正確な統計はありませんが、「右立ち・左歩き」が圧倒的に多いそうです。主な国では次のようになっています。
「右立ち・左空け」…アメリカ・イギリス・フランス・中国 (+大阪)
「左立ち・右空け」…オーストリア・ニュージーランド・シンガポール (+東京)

私が最近体験したことを報告します。ある日、私は横浜駅周辺の長いエスカレーターに乗りました。朝の通勤時間帯ですから、エスカレーターはとても混んでいました。足に自信のある私はいつも通り右側を歩いて上り始めました。ところが途中に、70歳代とおぼしきジーサン(スーツ+ネクタイ)が1人だけ右側を占領し、歩く人をふさいでいました。私を先頭に10人以上の人たちが行き先をふさがれ前へ進めません。私は、彼の背中を軽くノックして左側に寄ることを求めました。ところが彼は体を振って拒否しました。私はもう一度同じことを繰り返しましたが、再び激しく拒否しました。当人の左側は完全に空いていますから、「嫌がらせ」であることは明白です。私の後ろを歩いて続く人たちも立ち止まるしかありません。私はよほど「アンタのような空気の読めない(KY)ジーサンがいるから、世の中の多くのお年寄りが嫌われるんだよ!」と言ってやろうと思いましたが、人格者(自称)の私は思いとどまりました。
確かに、交通機関によっては「右歩き」の自粛を呼びかけていることもありますが、ここ関東地区では、圧倒的多数の人が「左立ち・右歩き」を実践しています。この方法が、転倒などの多少の危険はあっても「合理的」と認めているからでしょう。このKYジーサンは「正義」を代弁しているつもりでしょうが、昨日も今日も明日もまた右側を独占し、多くの人に迷惑をかけていることでしょう。

[2]「株式会社」の読み
あなたは「株式会社」をどう読んでいますか。「かぶしき『か』いしゃ」?それとも「かぶしき『が』いしゃ」? 私は入社時代から「かぶしきかいしゃ」と読み、何の疑問ももっていませんでした。「かぶしき『が』いしゃ」と読む人がいると、なぜあの人は「か」が濁るかと不思議に思っていました。
ところが、ある時、必要があって広辞苑で調べてみると、何と!「かぶしき『が』いしゃ」とカナが振ってあって、私の常識が覆り、愕然としました。確かに、日本語では「ん」の次に「は」行が来る場合、「ば」と濁ることが多いですね。「日本橋=にほんばし」「新橋=しんばし」などがそうです。私は「は」行のことだけかと思っていましたが、他にも多くあるのですね。例えば相撲界。「大相撲=おおずもう」「横綱=よこづな」「大関=おおぜき」「前頭=まえがしら」、みんな濁っています。「か」「さ」「た」行にも濁ることが多いことを知りました。例えば「駄菓子=だがし」「青空=あおぞら」「友達=ともだち」などです。でも、「株式会社=かぶしき『が』いしゃ」は意外でした。
しかし一方では、「株式会社」を略して「KK」と表示することがありますね。例えば「株式会社リコー」は「KKリコー」とも言いますが、これは明らかに「『か』ぶしき『か』いしゃ」の略です。
[3]回文(その2)
今月から数回に分けて、秀逸な回文を紹介します。回文をいくつかのパターンに分けて、私が厳選して「賞」を授与します。もちろん賞状や賞金はありません。
(1)短文賞
①「新幹線沿線監視」…「しんかんせん『え』んせんかんし」  (注)『』は中心点
②「私、負けましたわ」…「わたしま『け』ましたわ」
③「食い逃げに行く」…「くいに『げ』にいく」
④「任天堂がうどん店に」…「にんてんどう『が』うどんてんに」
⑤「世の中バカなのよ」…「よのなか『ば』かなのよ」

(2)下ネタ賞 (下ネタの内、比較的「ジョウヒン」なものを集めました。「ゲヒン」なものもたくさんありますが、私の品性が疑われるので)
⑥「旦那もホモなんだ」…「だんなも『ほ』もなんだ」
⑦「イタリアでもホモでありたい」…「いたりあでも『ほ』もでありたい」
⑧「旦那といそいそ営なんだ」…「だんなといそ『い』そいとなんだ」
⑨「私とコナン、変なことしたわ」…「わたしとこなん『へ』んなことしたわ」
⑩「イブ、家でAV」…「いぶいえ『で』えいぶい」

《おまけ》 恐れながらあなたの日本語力を試すテスト(18)です。
問。年賀状などには、よく「頌春」と書きますが、正しい「読み」はどちらでしょうか。
①「こうしゅん」、②「しょうしゅん」
正解は②(しょう) 年賀状などの挨拶の言葉。「こうしゅん」は誤りで、「しょうしゅん」が正しい。

                    平成29年1月11日  古賀幸治
 

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